Chapter 2 地底の街にて
「うわ~、すごいな……、ここまで精巧な細工物は見たことないよ」
リックルが、机の上の金属の『ある物体』を眺めつつそうつぶやいた。
それは、一個の弾丸。要はこの大陸には本来存在しないはずの、拳銃用9mm弾である。 無論、それは現実世界の地球の弾丸とも微妙に異なった部分がある。それは――、
「これが……、『
そのアストの呟きに、バルディが答える。
「そうだ、これこそ第一のセイアーレス大陸において生み出された、対狂神……そしてその眷属たる者共に対抗するための切り札だ」
「狂神……ですか。それがいまさら復活しようなどと、にわかには信じられませんね」
アストの隣で弾丸を眺めているマーマデュークがため息交じりに呟く。
その言葉を聞いて、バルディは苦笑いしつつ言った。
「まあ、信じられんだろうな……。実際に戦い、目にしたものでもなければ」
「それは、まさか……」
マーマデュークの質問に、バルディは頷く。
「俺と……そしてアークは、かつて奴らと相対し、そして何とか再封印した経験を持つ」
「人の手でどうにかなるモノなんですか?」
「いや、奴らに相対するには、それ専用の『武器』が必要になる。少なくとも、今君たちが持っている武器とは、根本的に異なるタイプの武器だ」
「異なる武器……ですか」
「まあ、それは今は関係ない。とりあえず、奴ら……。聖バリス教会の研究による『半神』が、狂神の眷属と同じ能力を持ち、この弾丸がそれの対抗になりうることだげ覚えておけばいい」
マーマデュークはそれを聞いてため息をつく。
「それで……緑の民に伝わる霊樹ですか」
マーマデュークはむつかしい顔をして腕を組む。そんな彼を見てバルディは言った。
「むつかしいことは理解している。でも必要なものだ」
その二人のやり取りにリディアが口を出す。
「バルディさん? もう一度始めからの話をまとめると。
要するに、『邪神迎撃弾』の在庫が少ない。これから聖バリス教会の半神がどれだけ、私たちの前に現れるのかわからないから、弾丸を補充したい。その製造には、緑の民が管理しているであろう、霊樹の素材が必要。……そういうことですよね?」
そのリディアの言葉に、バルディは頷いた。
「そうだ。製造自体は、このパトリアムの灰の民たちが行うが」
――そう、今アストたちは、カディルナ中部地方、ケイシューの北西の山岳地帯の地底都市パトリアムにいる。
ここは、灰の民――すなわちドワーフ族の都市であり、異邦人たちの各種装備を秘密裏に製造する『秘密の工房』であった。
「だから、これからアスト君たちは、マーマ―デューク君の案内のもと、緑の民の国へと向かってもらって、そこで霊樹の素材をもらえるよう交渉してきてもらいたいんだ」
「……まあ、案内に関しては別に問題はありませんが。霊樹の素材とは……」
マーマデュークがむつかしい顔でうなる。バルディが首を傾げつつ聞く。
「むつかしいか?」
「まあ、そうですね。緑の民の管理する霊樹はかなり貴重なもので、国によってはそもそも存在しない、一部の国でのみ栽培されているものです」
「君の国では?」
「私の国では、一応栽培されていました。だからこそ、私が案内役に選ばれたんでしょう。でも、その素材が得られるかどうかは、交渉次第になりますね。無論、むつかしい交渉になります」
「だが、これからを考えると、邪神迎撃弾は、一定の数を確保する必要がある」
「もちろん、それは理解しています。でも、果たしてあの、頭の固い……古い頭の長老たちが、許すかどうか」
マーマデュークはかつての故郷の、長であった長老の顔を思い出す。
いまいち、こちらの話を聞いてくれるような、柔軟な思考はしていないと断言出来た。
「むつかしいのですか?」
アストがマーマデュークに改めて聞く。マーマデュークは頷く。
「緑の民……、エルフ族においては、我々男は政治的なことに口を出すことはできません。それは女の領分ですからね。だから、直接的な交渉では、私はほぼ役には立たないでしょう。そして、それは異種族であっても、ほとんど同じような対応をしてきますから」
マーマデュークの言葉にリディアが答える。
「私たちが……交渉をするってことだね?」
それは、要するに『女である私たちが交渉する』という意味である。
「そうです。交渉はリディアさん……そして、リックルさんにお任せになります」
その言葉を聞いたリックルが笑って答える。
「それじゃ、大丈夫だよ! 口から生まれたパック族の力を見せてあげる」
そのリックルの言葉に、その場の皆が苦笑いした。
しばらく笑っていたアストは、改めてバルディに問いかける。
「では……改めて言いますけど。今からの俺たちの使命は、マーマデュークさんの案内でその故郷の国へと向かって、リディアたちの交渉で霊樹の素材を得られるようにする。
そういうことですね?」
アストの言葉にバルディはうなずく。
「そうだ。実際の輸送などの諸々は私たちが行う。交渉には時間がかかるだろうから、連絡は俺が直接お前たちのところへ飛んでいくから、特に問題はない」
アストはその言葉を聞いて深くうなずく。
この仕事を受けるということは、緑の民の住む土地であるカディルナ西部地方への旅を意味していた。
「わかりました。早速準備して向かいます」
アストは決意の表情でそう答える。その目は何かを振り切るかのように真剣で強いものであった。
(お兄ちゃん……、まだお姉さんの事……)
リディアは心配な表情をアストに向ける。
リディアには、今のアストの心の内が手に取るように理解できた。
(まだお兄ちゃんは、心の整理ができていない……。でも……だからこそ、一心に何かに打ち込んでいたいんだ)
リディアのその目は、いつまでもアストの横顔を見つめていた。
◆◇◆
大陸歴990年7月中旬――。
ちょうどアストたちがパトリアムを旅立ち、カディルナ西部地方への旅を始めたころ。そのカディルナ西部地方のマーマ―デュークの故郷、ヴァレディ王国で一つの事件が起こっていた。
「デュナン!!」
長い耳を持ち、獣の尾を持つエルフの弓兵が、同僚の弓兵に向かって叫ぶ。
呼ばれた方のエルフは、血しぶきをあげて事切れ、その場に倒れた。
「クソ!! なんてやつらだ!!」
同僚が死んだのを理解したそのエルフは悪態をつきながら、次の矢を弓につがえる。そして――、
ビュン!!
風切り音をあげて、同僚を殺した黒ずくめの一団に、弓の雨が降り注ぐ。
それは、木の元素精霊の加護をも宿した、強力で正確無比な矢の嵐。
それで、黒ずくめの一団は全滅――、
することもなく。こともなげに、飛翔する矢を切り落としていく。
(なんだこいつら!! なんで、こんな奴いらが!!)
エルフは悪態をつきながら後方へと足を向ける。
もはや、王国の弓兵部隊は総崩れになってしまっているからだ。たった、十数人の黒ずくめの集団の強襲によって。
それは、普通はありえない事態である。
彼ら王国弓兵部隊は、王国でも練度が高く精鋭部隊に位置している。それが、たった十数人の集団に翻弄され、数百の軍勢が壊滅したのである。それは、目の前の集団が、それほど強大であることを指し示すものであった。
黒ずくめのはるか後方の一人が、無言で手に付けている奇怪極まりない外見の手甲を天に挙げる。それに答えるように、黒ずくめの集団が高速で駆けた。
「クソ!! これが!!」
生き残りのエルフに黒ずくめが殺到する。
「これが!! 聖バリス教会!!」
その手の手甲――。
魔龍鋼の手甲に、深い歯のついたブレードが三本取り付けられたモノ。
――その刃が一閃される。
「特戦……!!」
エルフは『兵』まで言うことができなかった。
もはや、言葉を発する首がなかったからである。
聖バリス教会――。
敵の領域の奥の奥まで進攻し、敵軍を壊滅させる『強襲隠密兵』。
その脅威が、かの国へと向かうアストに牙をむこうとしていた。
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