Chapter 15 初めの旅の終わり

 バルディのその言葉を聞いた時、アストはつい大きな声を出してしまう。


「そんな馬鹿な……。姉さんじゃない?!」

「当たり前です! 私には貴方のような弟はいません!」

「そんな……」


 目に見えて落胆するアストを見て、バルディは申し訳なさそうに言う。


「なんかフィリスの顔のせいで、要らぬ期待をさせちゃったみたいだね。すまないアスト君……」


 そのバルディの言葉にフィリスが怒り顔で答える。


「ちょっとバルディ! それはどういう意味ですか!」


 バルディはフィリスの怒りを笑顔で躱している。

 ――と、そこへ遅ればせながらリディアとリックルが追いついてきた。

 リディアはアストの姿を見て叫ぶ。


「お兄ちゃん!」


 アストはリディアの顔を見ると、力なく笑いかける。その様子に何かを察したリディアは、今度は小さな声で言った。


「お兄ちゃん?」

「リディア……」


 アストは力なく返す。リディアは今度こそ理解して傍にいるフィリスを見た。


「そこの黒髪の人がフィリスさんだよね? でも、お兄ちゃんのお姉さんじゃなかったんだね?」


 そのリディアの言葉にアストは頷く。


「そう、らしい……」

「……」


 フィリスはその新たな闖入者に、苛立ちを隠さない表情で言った。


「当たり前です! そっちの黒の部族も、私を知らないと言うわけではないでしょうね?!」


 リディアはその言葉に、少し首を傾げて答えた。


「何? どういう意味ですか?」

「……」


 リディアの答えに、とうとう頭に来たフィリスは、青筋を立てながら叫ぶ。


「だ、か、ら、私はボーファス帝国の天帝フィリガナムなんですって……!」

「はいはい、そこまでだよお姫様……。人前でソレを連呼しちゃダメです」


 そう言ってフィリスの言葉を遮ったのはバルディであった。


「む……」


 バルディのその言葉にフィリスはそう呟いて黙り込む。

 二人のやり取りを見て、リディアは改めてフィリスをまじまじと見つめる。


「え? あれ? でも……」


 リディアは少し冷や汗をかきつつフィリスを見つめる。フィリスはそれを詰まらなそうな表情でみる。

 その様子をしばらく見ていたバルディが笑いながら答える。


「まあ判らないよね……。普段天帝領に引き篭もっている癖に、皆に顔を知られようと思うこと自体おかしいんだし……」

「うぐ……」


 バルディのもっともな意見にフィリスは俯いて黙り込む。

 アスト達はその様子に、改めてフィリスの素性を理解した。


「それじゃあやっぱり天帝陛下?! そう言えば、子供のころ一度だけお目通りした記憶が……」

「むう?」


 リディアのその言葉に、フィリスはリディアをまじまじと見つめる。そして――、


「ごめんなさい……おぼえていません」

「ですよね……」


 リディアはそう言って肩を落とした。

 そのリディアを気にする様子もなくフィリスは言う。


「そもそも……そこに居る貴方は、見たところだいたい同い年でしょう?」

「「え?」」


 その言葉にアストとリディアの呟きが重なる。


「貴方は、年は大体十代後半……17~18と言ったところですか? だったら18である私と同じです……」

「「え?」」


 フィリスのその言葉に、再びアストとリディアの呟きが重なる。さすがに気になったのか、当のフィリスがその事を指摘する。


「なんです? さっきから……私が18であることに疑問でもありますか?」

「ああ……そう言えば現天帝陛下って、そのくらいの歳だったような……」


 リディアが冷や汗をかきながらそう呟く。


「でも……」


 リディアは改めてフィリスの顔を見る。

 ぶっちゃけ、明らかに十代の顔ではない――。子供もいそうな大人の女性に見える。

だからこそ、アストも目の前のフィリスを姉と勘違いしたのだ。


「18……」


 アストは少し驚いた顔で見る。

 姉さんはちょうど高校生の時に分かれたのだ。だからこそ、大人になった時の姉の顔を想像し、それだからこそフィリスを姉と勘違いしてしまった。

でも――、


「なんですか貴方たち……。私が18であることに疑問があるみたいですね?」


 二人の態度を見咎めたフィリスが、その額に青筋を立てる。

 その姿に慌ててリディアが答えた。――余計は一言を。


「い……いえ。なんていうか、とても大人っぽいですよね天帝陛下って!!」

「へえ……」


 フィリスはそう呟いて目を細めた。その表情のまま呟く。


「それは、私が『老け顔』だって意味ですか?」

「え?!」


 リディアは見事に地雷を踏み抜いた、地雷は爆発するものである。


「老け顔って言うな!!」


 いきなりフィリスがそう叫んだ。

 隣のバルディは腹を抱え笑いをこらえ、その場にうずくまっている。


「あ……いや……そんなこと」


 リディアはフィリスの突然の叫びに狼狽える。


「そうです!! 十代に見えないってよく言われます!!」


 フィリスは誰に言うでもなくその場で叫ぶ。


「私はまだ十代の乙女ですよ!! それを貴方達!! 奥さんだの、おばさんだの!!」

「いえ、さすがにそこまでは言ってません!!」


 リディアがあわてて訂正する。でもフィリスは聞いてもいない。


「若く見られるならいいですよ!! でも……本来の歳より5歳以上上に見られる私の気持ちになったことありますか!!」


 アストは、フィリスのその言葉に慌てて取り繕う。


「すみませんフィリスさん!! 妹が失礼なことを!!」


 アストの言葉に、一瞬冷静になった(ように見える)フィリスはアストに問う。


「それで……。貴方のお姉さんはお幾つですか?」

「あ……」


 フィリスはそのアストの態度で全てを察した。


「そんなに老けて見えますか……」

「あの……、その……。すみません」


 とうとうアストはその場に土下座をした。フィリスはそれを見てわなわなと震えた。


「老け顔って言うな……」


 ――そして、


「うわあ~~~ん!!」


 とうとうフィリスは泣き出した。


「なんというか……」


 そのフィリスを見たアストとリディアは、心の中ではっきりと思ってしまった。

『なんて面倒くさい人だ……』――と。


 ――と、不意それまで黙って様子を見ていたリックルが言葉を発する。


「なんだ……、そんな事が悲しいの?」


 フィリスはあっけらかんと言うリックルを睨み付ける。


「そんなこと……ですって?」

「そうだよ……」


 リックルは笑顔でフィリスの怒りを回避しつつ答える。


「あたしなんて、大人なのに子供によく間違えられて……、お酒を出してもらえなかったり……。最悪、迷子と間違われて探し回られたことがあるんだから……」

「……」


 そのリックルの言葉にその場に皆が黙り込む。皆は一様に心の中で思った。


(いや、それは当然だろう……。あんたはそう言う種族だし)


 皆が同じ突っ込みをしたことで、なんとか冷静に戻れたフィリスはとりあえず話を元に戻した。


「と……とにかく私はそこの貴方の姉ではありません……。すみませんが……」

「は……はい。理解できました」


 それまでのフィリスの態度を見て、アストは目の前の女性が姉である可能性を消した。

 ここまで取り乱す人ではなかったし、そもそも自分と同い年なのだ。


「すみませんでした。へんな勘違いをして……」

「いいえ……いいです。わかっていただければ……」


 ――と、不意にそれまで笑い転げていたバルディが口を開く。


「気にする必要ないよアスト君! 半分はこのひめさまの顔が原因だし!!」


 バルディはあえて地雷を自ら踏みに行った。


「バ~ル~ディ!!」


 と、そうしてその場で、笑いつつ逃げるバルディと、怒りながら追いかけるフィリスの、突然の追いかけっこが始まる。

 アスト達はそれを呆然と見るしかなかった。


「あのさ……」


 不意に船の橋げたに立っている水夫が声を出す。


「君たちの素性は知ったことじゃないが……。早くしないと置いていくぞ?」


 そう言ってジト目で追いかけっこをしているバルディ達を睨む


「う……、それは困ります。今行きます」


 フィリスはバルディの首根っこを掴んで船へと急いだ。


「話はこれまでです……急いでるんで、すみません」


 フィリスは橋げたを走りつつそうアスト達に言う。

 バルディの方はフィリスに引かれながらアストにむかって叫ぶ。


「まあ、今回の事でアスト君のお姉さんの顔も知れたし、見つけたらアークにでも報告するよ! じゃあな!!」

「本当ですか?! ありがとうございます!」


 アストはそう言って船の中へと去る二人を見送ったのである。



◆◇◆



 二人をのせた船はすぐに出港し沖へ進み見えなくなる。

 それを見送りつつアストはため息を付いた。


「結局、姉さんじゃなかった……」


 その言葉にリディアが答える。


「そうみたいだね……。これからどうする?」

「むう……」


 悩むアストにリディアが言う。


「もうお姉さんのことは諦める?」

「!!」


 アストは驚いた表情でリディアを見て――そして笑った。


「諦めるわけないだろ? とりあえず、フォーレーンに戻って次を考えよう」


 そのアストの笑顔を見てリディアは安心したように笑った。


「それでこそお兄ちゃんだよ!!」


 こうして、アスト達は一路フォーレーンへと戻ることとなった。

 ボーファスの大地から始まった一連の旅は、こうして一応の幕を閉じたのである。


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