Chapter 13 残された思い
大陸歴990年――。
6月も終わろうとしていたこの日、アスト達はデルバート、ズワルターを越えて、アーロニーへと至っていた。
アーロニーは先の聖バリス教会の襲撃を受け、滅びて廃村となっていたはずだった。しかし、その村からは、人の生活を匂わせる煙が上がっている。
「明らかに、誰かいるな……」
バルディが村の明らかに最近修理された様子の、防柵を見つめながら言った。
「誰かいますね。やはり、聖バリス教会……」
「だな」
アストのその言葉に同意するバルディ。アストは防柵を睨みながらバルディに問うた。
「どうやって潜入します?」
「ふむ……」
バルディは少し考えてから、笑顔で言った。
「ラギルスに招待されたんだから、普通に正面からでいいだろ」
「な?!」
バルディの、そのアッケラカンとした答えに、驚くアスト達。
バルディはそんな仲間たちを尻目に、一人でアーロニーへと向かって歩いて行った。
「バルディさん?!」
「止まれ! 誰だ貴様!」
アストが叫ぶのと、アーロニーから誰何の声が響くのは同時であった。
バルディは至って余裕がある表情で、アーロニーに向かい叫ぶ。
「ここにいる責任者に用があるんだがな。アンタの実験の件について、ラギルスに招待されて来た、と言えばだいたいは察してくれるはずだが?」
「なに?」
バルディの、その堂々とした態度に、防柵の向こうから統一使徒軍の兵士らしき男が顔を出す。
「チッ……。よくわからんが、一応司祭様に伺って来てやる、そこを動くな。下手なことをしたら、狙撃する」
「ハイハイ」
バルディは笑いながら兵士に手を振った。
アスト達は呆然とした表情でバルディの周囲に集まってくる。
「バルディさん? 何を考えてるんです?」
「はは! 大丈夫、俺の予想が確かなら、これでラギルスと、それに実験した奴に会えるはずだ」
しばらくすると、兵士が戻って来て言った。
「司祭様がお会いになるそうだ。ついて来い」
アスト達は統一使徒軍の兵士に回りを囲まれながら、村の中へと進む。
バルディが兵士に笑いかけて言った。
「武器は奪わないのか?」
「……」
兵士は心底不満そうにバルディを睨む。
「必要ない……と言われた。貴様らは何者だ?」
「それはそれは……」
兵士の答えにバルディは心の中で考えた。
(それほど、自分の実験体に自信があるって事か)
しばらく、焼けた村の中を進むと、村の中央広場に十数人の兵士と共に、綺麗な装飾のあるローブを着た髭面の初老の男が待っていた。
アスト達はその隣りに立つ者を見て叫ぶ。
「ラギルスさん!」
そう、それは確かにラギルスであった。そのアスト達の姿を見て、初老の男が笑う。
「この男の名はラギルスと言うのか」
「貴様!」
ジェラが怒り顔で男を睨む。
「ククク……。そう怒るな、下手なことをすれば、どうなるかわからんぞ?」
初老の男は余裕ある態度でジェラの怒りを受け止める。
バルディが早速問うた。
「アンタが実験の責任者か?」
「その通りだ、最も研究者の一人に過ぎぬが」
「なるほど、総責任者は別に居るのか」
「そうだ、私は、実戦で研究を検証するのが仕事だからな」
「アンタの名前は?」
「リカルドと言う。すぐ忘れるだろうが覚えておけ」
リカルドと名乗ったその男は、アスト達を見回し言った。
「逃げた実験体が帰って来たと思ったら、こんなに実験動物を連れてきてくれるとはな」
バルディは笑う。
「なんだ、ラギルスに逃げられていたのか? 管理がなってないな」
「お恥ずかしい話しだよ。しかし、結果はこの通りだ」
リカルドとバルディのやり取りに、アストが割り込む。
「お前! ラギルスさんに何をした!」
「ふふふ……。それは、我が実験の被験者になってもらっただけだ」
「実験?」
「そうだ……。半神化技術の……な」
「半神化?!」
リカルドの答えに驚くアスト達。ただバルディだけは驚いていなかった。
「やはり、そうか……。それでアンタ、ラギルスの……」
「そう、この男の死体を利用させてもらった」
アスト達はイヤな言葉を聞いて硬直した。
「死体だと?」
アストが呆然とした表情でリカルドに問うた。
「ああ、この男は死ぬまでに、こちらの兵士を100人ほども斬り殺しおったのでな、その被害を埋める為にも実験体にしたのだ。無論、ここまで強靭な実験体は滅多に手に入らん貴重なものだしな」
リカルドのその答えにジェラかその場に突っ伏す。リディアが慌てて介抱した。
バルディは顔を怒りで歪めながら問う。
「半神化技術……、アンタらは何の力に手を出したのか理解しているのか?」
「なにを今更。理解しているとも。半神化した実験体は、物理攻撃を無効化し、魔法、魔法武器の攻撃も70%近く防ぐ事ができる。さらに、死体を利用して強力な戦士を生み出す事ができるなら、これほど強力な技術はないだろう?」
「……違う。俺が言っているのは、そう言う意味じゃない。お前、知っててボケてるだろ」
「ククク……」
リカルドは不敵に笑う。
「てめえの代わりに、俺がてめえらの目指すものを語ってやろうか?」
「ほう?」
バルディの言葉にリカルドか笑いで答える。
「てめえらが目指すもの……それは」
バルディは一瞬考えてから語る。
その次の言葉は、アスト達には信じられない内容であった。
「この実験は、神格創造の前段階……。てめえのらは、かつてのヒューデアに代わる、神格を自分達で生み出すつもりだろう?」
「は……!」
その瞬間、リカルドが手を打って笑った。
「まさか。そこに至る知恵者がいたか! これはいい実験体になりそうだ!」
「それは、褒められたのか?」
「ああ、そうだとも! まさかここまで見抜くとは、貴様は何者だ?」
「そんなことはどうでもいい」
バルディはリカルドに向かって吐き捨てるように言った。リカルドは嬉しそうに語る。
「そう! お前の言葉通りだよ! 我等聖バリス教会は神格創造技術を手に入れつつある! 研究が進めは、創造された神格によって平和な世界が生まれるのだ!」
「まさか、そんなこと」
アストか呆然とした表情で言う。それに答えたのはバルディである。
「コイツらは本気だ。自分達で神を生んで魔龍アールゾヴァリダに対抗し、その後の大陸を支配するつもりなのさ」
「そんな……バカな事」
「ああ……バカな事さ、その研究の先に何が待つか理解してない」
バルディのその言葉にリカルドがあざ笑う。
「バカな事だと? 聖バリス教会の栄光以外に何があると言うんだ?」
「だからバカだって言うんだ……」
リカルドの言葉にバルディか吐き捨てるように言った。
その態度に苛ついたのかリカルドが言う。
「まあいい、話しはこれまでだ。いいあの世への手土産になったろう? それでは、早速実験に入ろうか?」
「何?!」
アストか皆を守るように前に出る。
リカルドは笑いながら、隣のラギルスに命令した。
「さあ、新しい命令システムの実験を始めようか。今度は暴走して、勝手に動く事のないようにな」
リカルドは一瞬で笑顔を消して命令した。
「実験体2506号! ……ラギルス! 奴らを殺せ!」
「……」
ラギルスは無言で、アストめがけて高速で駆けた。
「く!」
アストは刀を腰から抜き、ラギルスを迎撃する。両者間に魔力の火花が散った。
ガキキキキ!!
一瞬の鍔迫り合いのあとアストが後方に吹っ飛ぶ。なんとか、倒れず足から着地する。
(くそ! なんて怪力だ! まともに力比べなんてしてちゃダメだ!)
体勢を立て直したアストは一気にラギルスとの間合いを詰めた。両者間に斬撃の応酬が始まる。
ガキ! ガキン! ガキ! ガキ!
アストはラギルスの斬撃を受け流しつつ返す刀でラギルスの腕を斬りつける。そして
「ラギルスさん! すみません!」
そう叫んで威力を込めた一撃をラギルスの右腕に放ったのである。
カラン……
その場にラギルスの右手の剣が落ちる。ラギルスはとうとう右腕が使用不能となったのである。その光景を感心した様子てリカルドが見る。
「なかなかやるな、我が実験体をここまでおいつめるか?」
――と、その時、ラギルスに小さな異変が起きる。
「う、う、アスト……」
「ラギルスさん?!」
「俺……を……」
ラギルスが言葉を発したことにリカルドが驚く。
「まさか、まだ自我が残っているのか?! これは今までに無い事だぞ!」
そのリカルドの言葉を背後に、ラギルスがアストに訴えてくる。
「もう……抑え……られない……。頼む……アスト……」
「ラギルスさん?!」
「俺を……」
ラギルスのその姿を見てジェラか涙を流す。
「ラギルス……」
そして、ラギルスはそれまでとは違う、悲鳴のような声て叫んだのである。
「オレを殺せえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
次の瞬間、ラギルスの全身が爆発するように膨れあがったのである。
その時、初めてバルディが驚きの表情を見せる。
「まさか! 神格の闘争心が具現化するのか!」
リカルドもまた、今までに無い現象に驚きを隠せなかった。
「これは! すごいぞ! 実験体が進化するのか?!」
だが、それは進化と呼べるようなものではない、おぞましい光景であった。
ラギルスの全身が膨れ、筋肉が盛り上がり、頭部が獣のように変化する。さらに動物からタテガミがはえ、両腕は手首の先が巨大な刃に変わった。全身に剛毛が生え竜尾が尻から伸びた。
それは、まさしく直立する獅子の半竜獣人であった。
「すごいぞ! 実験は新たな段階に至った!」
そのリカルドの言葉にバルディが叫ぶ。
「バカをいうな! これは進化でも、新しい段階でもねえ! ラギルスに付与された神格が暴走してんだ!」
そのバルディの言葉をリカルドはあざ笑いながら受け流す。
「はは、心配せずとも、聖バリス神の威光によって、この力もまた我等のものとなる! 我等には聖バリス神かついて……」
リカルドは最後まで言葉を話すことは出来なかった。なぜなら、突然、変化したラギルスがリカルドを襲ったからである。
「な!」
あまりのことに、バルディ以外の全員が呆然とする。ラギルスはリカルドを頭から丸呑みして、腹に収めてしまったのである。
突然の事に、兵士達は阿鼻叫喚に包まれる。
「ラギルス……さん」
アスト達はあまりの光景に絶句してしまった。
ただ一人バルディは、真剣な表情でアストに語りかける。
「なあアスト。こうなった以上、ラギルスを救うには殺してやるしかない」
「でも……」
「アスト、わかっているんだろ? ラギルスかここまで俺達を導いた訳が……」
「それは……」
アストは苦し気な表情で吼え猛るラギルスを見つめる。
「俺達がアイツを止めてやるんだ」
「でも、俺達の攻撃は……」
その言葉に返すように、バルディが懐に手を入れる。そして、何かをとりだした。
「!!」
それは、一丁のリボルバー拳銃。それを、バルディはラギルスに向けた。
「え? でも拳銃では……」
そう、物理攻撃が効かない以上、銃はなんの意味も無いはずだ。しかし、バルディはそれをラギルスに向けたままアストに語る。
「なあアスト。想いは消えない。ラギルスの想いも、そして……」
バルディは静かにリボルバー拳銃の引き金を引いた。
「かつての英雄たちが命をもって残した想いがここにある!」
炸裂音と共に弾丸がラギルスに向けて飛翔する。
「いいか! 忘れるな!」
弾丸がラギルスの胴に命中し、その瞬間陣のようなものが展開していく。
「恐れず進め! 彼らの想いによって残された導きが俺達にはあるんだ!」
「!!」
アストは刀を手にラギルスを見る。
「それが、残された者の! 想いを託された者の使命なのだ!」
その瞬間、ラギルスが身に纏った防御の衣か消え去る。その弾丸は……『
かくて、アストがこれから乗り越えていくべき、最大の試練の片鱗は顕現した。
アストのそれまでで最大の、そして最も悲しい戦いが始まったのである。
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