Chapter 12 裏切りの獅子?
アンデールに辿り着いたアスト達は、早速ラギルスとジェラの落ち合い場所である、始まりの旅路亭へと向かった。そこは、ラギルスとジェラが正式な希少なる魔龍討伐士になることを決めた、始まりの酒場であった。
アストはバルディに問いかける。
「しかし、バルディさん達はあんなところで何をしていたんです? ジェラさんを助けていただいた事は、感謝しかありませんが」
「う〜ん……」
バルディは少し考えてから答えた。
「俺らの素性を知っているなら、だいたい想像は出来るんじゃないか?」
「それは……」
アストは軽く頷いて答えた。
「カディルナの現状を見て、ボーファスがどう動くべきか考える……とか?」
「まあ、その通りだな」
そのバルディの答えにリディアか驚く。
「それって、まさかボーファスが全狼軍で動くかもしれないってこと?」
「ああ、はっきり言うと、その通りだ」
「……」
リディアは呆然として黙り込む。
全狼軍が動くと言う事は、聖バリス教会圏諸国とボーファス帝国の戦争が始まると言う事だ。
「そこまでになっているんですか?」
「赤の民の暴挙が酷いと言うのは無論あるが、ただそれだけではボーファスは動かない。今は人類同士で戦争なんてしてる時じゃないんだ」
バルディの言葉にフィリスが付け加える。
「ですがこちらが旅で入手した情報から、赤の民の暴走がわかってきました」
「暴走?」
アストの問いにフィリスは無表情で答える。
「今はまだ言えません。確証がまだ取れていませんから」
フィリスの言葉にアスト達が考え込んでいると、不意に酒場の扉が開き、誰かが入ってきた。
アスト達は一斉にそちらを見る。そして、その顔は歓喜に変わった。
たまらずジェラが叫ぶ。
「ラギルス!」
「……」
そう、黙って酒場に入ってきたのはラギルスだったのである。
「ラギルス!」
ジェラは立ち上がってラギルスの元へと駆けて行く。アスト達もそれに続いた。
「?」
――と、不意にアストが顔をしかめる。それはラギルスから異様なほどの血の匂いを感じたからである。
アストはその時、言い様のない不安を感じた。
「ラギルスさん?」
「……」
ラギルスはジェラに抱きつかれても無表情で立っている。
「ラギルス! よかった! 生きてたんだね!」
ジェラはただ涙ながらにラギルスに語りかける。しかし、その目にはジェラが映っている様には見えなかった。
「ジェラさん! ラギルスさんの様子が何か変だ!」
「? なに言ってるんだ? ラギルスはラギルスだろ……」
そうジェラがアスト達を振り返ったその時、
「ジェラ……」
「なんだいラギルス」
「に……げろ……」
「え?」
次の瞬間、ラギルスの腰に挿した双剣が閃いた。
ガキン!
「ラギルスさん!」
アストの反応は早かった。腰の刀を引き抜いて、ラギルスとジェラの間に割って入って、双剣を受け止めたのである。
アストは叫ぶ。
「ラギルスさん! なんで?!」
「う……あ」
ラギルスは虚な表情でアストを見つめる。さらに二度双剣が閃く。
「クソ!」
ガキン! ガキン!
アストはそれをなんとか捌く。しかし、
(なんだ? ラギルスさんの双剣が前とは比べ物にならないほど重い。魔法剣でなければ、さっきので折れていた……。それに……)
アストはラギルスの斬撃から、異様なモノを感じとっていた。
(これは、ラギルスさんのいつもの双剣術じゃない。ただ力に任せるだけの無策の剣だ)
突然始まったアストとラギルスの戦いにジェラは呆然とする。
「ラギルス? なにして……」
ラギルスに近づこうとしたジェラをバルディが止めた。
「近づくな! これは、ヤバイ事になってるかもしれん!」
アストはラギルスの双剣を止めるため、仕方なくその腕を狙って刀を振るう。
「?!」
本来のラギルスなら双剣で軽く防がれるであろうその斬撃は、素通りでラギルスの腕に到達した。
……!
「な?!」
アストがその手答えの無さに驚愕する。本当なら今の斬撃でラギルスの片腕は使えなくなったはずだ。しかし
「ああ」
言葉にならない言葉を吐きながらラギルスは双剣を振るう。腕から血は出ているものの、ほとんど無傷のようであった。
その時、バルディは正確に素早く状況を理解しつつあった。
(まさか?! コイツ! あの技術の実験体にされたのか!)
今のラギルスの状態に、バルディははっきりとした見覚えがあったのである。
(だとすると。まさか、赤の民の目指すものは……。クソが! マジかよ!)
不意にバルディがラギルスに向かって手を突き出す。そして
「ヴァタールヴォウ……ソーディアン……」
バルディの周囲に魔力の短剣が無数に浮かぶ。バルディは指を鳴らして、それを一斉にラギルスに向けて飛ばした。
ザクザクザクザク!
ラギルスの胴に短剣が突き刺さる。それを見てジェラか悲鳴を上げた。
「バルディさん?」
「安心しろ! 今のそいつはこんなもんでは、かすり傷程度だ!」
ラギルスはニヤリと笑うと、酒場から一気に外へと踊りでる。アスト達は急いでそれを追った。
「……」
いつのまにかラギルスは近くの家屋の屋根に立っていた。ジェラが叫ぶ。
「ラギルス! なんで?! なにがあったの?!」
「……ジェラ」
ラギルスはただその一言を呟く。
そして――、
「アーロニー……」
確かにそう呟くと、人間とは思えない脚力で北東へ逃げ去ったのである。
アスト達はそれを呆然と見送るしか出来なかった。
◆◇◆
一件の後、旅立ちの準備をしながらバルディは語る。
「あの男はおそらく、聖バリス教会の新技術の実験体にされたんだ」
アスト達はそれを呆然とした表情で聞く。
「もし、俺の予想が正しいなら、アイツには物理攻撃は通用しない。効くのは魔法か、魔法剣ぐらいだろう」
「それで、あんなに手答えが無かったのか」
「ああ……」
アストはバルディに問う。
「ラギルスさんが受けた実験ってなんですか?」
「……」
バルディはしばらく黙り込む。そして、ため息をついてから言った。
「それは、本人達から聞くべきだな」
「え?」
バルディはアスト達を見つめながら宣言する。
「アーロニー……。あの男が消えゆく自我を振り絞って残した言葉。そこにおそらく、実験をした張本人がいるはずだ」
アスト達が次に目指す場所はこうしてきまった。
その先に大きな試練を匂わせながら――。
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