Chapter 11 獅子の涙

 アスト達がふたたびデルバートへと向かい旅立つよりしばらく前、ハーヴィスの南の街道を南下する黄の民の集団がいた。彼らは一様に疲れ切り、暗い表情で街道を歩いている。その中の一人が突然声を上げる。


「みろ! 聖バリスの連中が追いついてきたぞ!」

「!」


 その言葉に人々の表情は絶望に染まる。


「そんな……。アイツらここまで追ってくるのか……」

「ダメだ……。もう走れん……」


 そう口々に吐き捨てる黄の民達を叱咤する者がいた。


「まだだ、アイツが残した希望をすてるな!」

「しかし……ジェラ……」


 そう、黄の民達を叱咤した者はジェラだったのだ。ジェラは叫ぶ。


「皆! 森に入れ! ここはあたしが守る!」

「バカな! お前一人でどうにかできるもんか!」

「それでも、あたしは! アイツが、ラギルスが残した希望を捨てるわけにはないんだ!」

「ジェラ……」


 そんな事を言っている間にも、敵の騎兵がジェラ達の元へと追いついてくる。

 騎兵の隊長格が叫んだ。


「我等に逆らった異教徒ども! その罪をその命で償え!!」

「何を勝手な!」


 騎兵隊長の言葉にジェラが返す。黄の民の一人が叫ぶ。


「待ってくれ! もうオレ達には反抗する気力なんか無い」

「そうだ! 抵抗しないから命だけは……」


 その、黄の民の言葉を無表情で聞いた騎兵隊長は、絶望的な言葉を吐く。


「一度反抗したゴミを許すと思うか? かの聖ホラムド様の書にある、愚か者は愚かな行為を繰り返す。性根から愚かな異教徒どもには厳しくあたれと!」

「な?!」

「聖バリス神への反逆は死あるのみ! 救われたければ、初めから反抗などするな!」


 その騎兵隊長の言葉にジェラが舌打ちする。


「お前ら! 異教徒だからって、人間をなんだと思ってるんだ!」

「フン、異教徒は頭が悪い。それを正しく導くのが、我ら赤の民の仕事なのだ!」


 それは余りにも余りな言葉。ジェラは怒りで唇を噛んだ。

 ――と、その時、どこからか騎兵に向かって言葉が投げかけられる。


「……と、頭の悪いバカが何か言ってるぜw」

「なに?!」


 騎兵隊長は怒り顔で言葉の主を探す。すると――、


「バカが、俺はこっちだ……」


 それは騎兵隊長のすぐ足元であった。


「な?!」

「よう……。ナチュラルな差別主義は反吐が出るぜ?」

「貴様は?!」


 そこに――、騎兵隊長の足元にいたのは、銀の髪に赤い瞳の男であった。


「俺は、お前らの腐った正義の裁定者だ……」

「裁定者だと?」

「そうだ……。正義を振りかざし、弱者を虐めるクズである貴様らは……、正義じゃねえ……、そんな糞より劣るモノが正義であってたまるか!」

「言わせておけば!」


 男の言葉に、騎兵隊長が怒り顔で長槍を振るう。その一撃でその男は死ぬはずだった。


「テメエらは心底バカだな……。俺にそんなモノが通用すると思っている」

「な?!」


 男の姿が一瞬でかき消える。いつのまにか、男は騎兵隊長の頭上に浮かんでいた。


「魔法使いか?!」

「フン……」


 男は驚愕する騎兵達を、絶対零度の目で見下ろす。そして、吐き捨てるように宣言したのである。


「俺の名はバルディ……バルディ・ムーアだ……。今だけは、テメエらの、大罪の断罪者になってやる……。ありがたく思え……」


 その日、聖バリス教会統一使徒軍の、騎兵隊の一隊が地上から消滅した。



◆◇◆



 そのような事が起こった数日後、アスト達はデルバートへと辿り着いていた。

 早速、アスト達は討伐士組合に向かう。


「トマスさん!」

「あ! アスト君達? お帰り」


 呑気に笑いかけてくるトマスに、アストは詰め寄る。


「ハーヴィスが落ちたって本当ですか?」

「あ、ああ。それは本当だよ」


 トマスが暗い表情でそう言う。アストはさらに問い詰める。


「その近くにアーロニーって村があったのは知ってますか?」

「え? アーロニー?」

「そこにラギルスとジェラって、討伐士がいたはずなんですが……」

「あ〜、ラギルス? ジェラ? ジェラ?!」

「知っているんですか?!」

「あ、ああ、その娘なら……」


 ――と、不意に、アスト達に言葉が投げかけられる。


「よう……アスト」

「え?」


 アスト達が振り返ると、そこに見知った男女がいた。


「バルディさん! フィリスさん!」

「……」


 二人は少し暗い表情でアスト達を見つめる。


「なんで?」

「ああ……。ジェラってのはお前らの知り合いだったんだな」

「え!」


 バルディのその呟きにアストが驚く。


「ジェラなら……。組合に保護されているぜ」

「保護って、何かあったんですか?!」

「それは……、直接本人に聞いた方がいいか?」


 バルディのその言葉に、フィリスが返す。


「でも……今彼女は……」

「知り合いに吐き出した方がいい事もあるだろ……」

「……」


 フィリスはバルディの答えに黙り込む。

 アストはジェラに何か起こった事を感じとった。



◆◇◆



 アスト達は、バルディに導かれ、組合の一室へと向かう。

 そこに、ジェラが待っていた。


「ジェラさん!」


 アストが叫ぶ。

 当のジェラはベッドに横たわり、目を少し開いて、アスト達を迎えた。


「アスト、リディア、リックル……」

「大丈夫なんですか?!」

「……」


 その問いに答えたのはバルディである。


「彼女には特に怪我はないよ。今はちょっとした理由で安静にしてもらってるんだ」

「理由って?」


 バルディはリディアの疑問には答えない。アストはとりあえず、ジェラにラギルスの安否を聞いた。


「……」


 ジェラは黙って俯く。アスト達は嫌なモノを感じとった。


「ラギルスさんは……」


 アストが消え入りそうな言葉で呟く。ジェラはやっとアスト達の顔を見て話し始めた。


「村に聖バリスの騎兵隊が来て……、ラギルスは……あたしらと、村の連中を逃がすために村に残ったんだ……」

「な!」


 それはアストにとっては、予想出来た言葉であった。


「アイツ……村の男共と村に残って、他のものが逃げる時間稼ぎを……」

「それじゃラギルスさんはどうなったんですか?」

「わからない。わかるのは、村を襲った騎兵達が、あたしらを追ってきた……。その事だけだ……」

「それって!」


 ラギルスが敵を押し留めているなら、そいつらは追って来ないはずだ。それが追って来たと言う事は――。

 アストはあまりのことに言葉を失った。


「ラギルス……」


 ジェラはそう呟いて涙を流す。


「ジェラさん……」


 リディアが悲痛な表情でジェラを見る。アストははやる気持ちを押さえながら聞く。


「ジェラさん……、ラギルスさんと別れるとき何か言われませんでしたか?」

「ラギルスは……。もし二人が逸れるようなことがあったら、アンデールで落ち合おうって言っていた。でも……」


 ジェラは涙を流しながら気唇を噛む。

 事態が事態、ラギルスが助かって、アンデールに向かった可能性は――余りに低い。


「ジェラさん……」


 アストは拳を握り俯く。――と、その時、


「……う、ゲホ!」


 ジェラがいきなり嗚咽を漏らしたのである。


「ジェラさん!」


 いきなりのことに驚くアスト。

 リディアはジェラの表情を観察してから、バルディを見た。


「ちょっと、バルディさん! ジェラさんはまさか?!」

「リディア?! 何かわかったのか?」

「ジェラさん……。あなた……」


 リディアはジェラに向かって真剣な表情で言った。


「あなた……。ラギルスさんの子供を妊娠しているんじゃ……」

「な?!」


 アストは驚愕の表情でジェラを見る。ジェラは静かに頷いた。


「!!」


 その言葉にしばらく考えていたアストは、決意の表情でジェラを見る。


「いきましょう、アンデールに」

「アスト……」

「ラギルスさんがいるかもしれない」

「でも……」

「でもじゃないです。今はラギルスさんを信じて、アンデールで待ってみましょう」


 そのアストの言葉に、ジェラは顔を上げて頷いた。



◆◇◆



 丁度その頃、ズワルターの北の街道で旅人の一団が何者かに襲撃されていた。


「糞! 何なんだ?!」


 旅人の護衛が吐き捨てる。


「なんで、こっちの攻撃が効かない?!」


 それは、余りに一方的な殺戮。


「クソ、魔法を!」


 護衛が背後にいる魔法使いに呼びかけようとする。しかし、


「な?!」


 すでに魔法使いは襲撃者の凶刃に貫かれていた。


「バカな、コイツ、本当に人間か?」


 襲撃者はたった一人、それに護衛は全滅であった。

 さらには、襲撃者に向けた攻撃は当たっているはずなのに、手答えが全くないのだ。


「ば、化け物?」


 余りのことに、護衛の一人が呟く。

 襲撃者は無表情で旅人達を切り刻んでいく。いつしか、その場で動く者は、襲撃者一人になっていた。


「……」


 襲撃者は返り血を全身に浴びながら、空を見上げる。そして、ただ一人、誰かに語りかけるように呟いた。


「ジェラ……、助け……、ああ……」


 襲撃者は――ラギルスは、その瞳から一筋の涙を流した――。


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