Chapter 10 新たなる武器

 セルバート、それはカディルナの地でも有数の、様々な職人が集う職人の街である。

 特に武器職人は大陸最高峰の名匠が集い、カディルナ全土に武器を提供している。


 セルバートに到着したアスト達は早速、ローマンの工房を訪ねて街を廻った。


「ああローマンの工房なら、西区の外れだよ……」

「ありがとうございます」


 街人のその言葉に礼を返したアストは、早速ローマンの工房のある西区へと向かった。



◆◇◆



 西区にやってきたアスト達が、ローマンの工房を見つけるのはとても容易であった。

 なせなら、ローマンの工房は街でも最高峰の武器工房だったからである。

 アスト達はすぐにその工房を見つけることが出来た。


「すみません」


 工房の面玄関をくぐったアストが、工房の奥にそう呼びかける。すぐに反応が返ってくる。


「はい? 何の御用でしょうか?」

「あの……、ここがローマンさんの工房だと聞いてきたのですが?」

「はい、そうです。今師匠は不在ですが……」


 そう、ローマンの弟子らしき少年がアストに、申し訳なさそうな顔で答えた。


「不在なんですか? お帰りはいつぐらいなんでしょうか?」

「そ、それが…….」


その少年は言葉を濁す。アストは何かを感じて少年に問う。


「何かあったんですか?」

「……それが。今師匠は武器を造るのをやめてしまっていて、工房は休業状態なんです」

「え?!」


 それは、アストにとって困った事態である。新しい刀か手に入らないかもしれないからである。


「あの……、ローマンさんは今どこに?」

「師匠は今、近くの酒場で飲んでいるはずです」

「……」


 職人が昼から仕事もせず飲んでいるのは、明らかに異常事態であろう。

 アストはローマンを直接訪ねることにした。



◆◇◆



 アスト達は近くの酒場を数件訪ねて廻った。そして、その三軒目でローマンを見つけることが出来た。

 酒場の主人が言う。


「あそこで酒を飲んでるのがローマンだよ」

「ありがとうございます」


 アストは主人に礼を言ってから、ローマンらしき男の方を見る。

 それは、明らかに、髭面の酒飲みにしか見えない。


「貴方がローマンさんですか?」

「…….」


 アストがそう訪ねてもただ無視して酒を飲んでいるローマン。


「あの? ローマンさんですよね?」


 アストはさっきより強い口調で訪ねる。


「ふう……」


 ローマンらしき男は一息ため息をついてアストを見た。


「オレに何か用か?」


 ローマンに睨みつけられて、アストは少し息を飲む。

 しかし、すぐに気を取り直して言葉を返した。


「俺の名前はアストと言います。貴方の知り合いのグウィリムさんに紹介されてきたのですが……」

「なに? アスト? それにグウィリムだと?」

「はい」

「ならは、お前希少なる魔龍討伐士か?」

「はい、そうです」


 アストは懐から魔龍鋼の短剣を取り出して見せた。


「そうか、お前がアストか……」


 ローマンはそう言ってアストの顔をマジマジとみつめた。


「俺のことを知っているんですか?」

「……」


 ローマンはその問いには答えず、ただ吐き捨てるように言った。


「工房はもう閉める、武器はもう造ることはない……」

「え?!」


 いきなりの宣言にアスト達は驚く。アストは慌てて聞いた。


「な? なぜです?」

「意味がないからだ」

「意味がない?」


 ローマンは酒を一杯飲んでから言う。


「オレは死神じゃねえ……。そうならない為に武器を造ることを止めることにしたんだ!」

「死神?」

「そうだ」


 ローマンは苦しげな顔で語り始める。


「武器を造ってやった男の母親に言われたのさ……。息子が死んだのはお前のせいだ、お前は人を戦地に送り込む死神だとな……。その通りだ……、オレは武器を造ることに夢中になって、武器を提供した者の未来を考えなかった……。……オレは死神にはなりたくない」

「ローマンさん……」


 アスト達はそのローマンの言葉に黙り込む。

 ローマンの目は決意に満ちていて、これ以上返す言葉が出てこなかった。

 ――と、その時、酒場の端で飲んでいた客の話しがアストの耳に届いてくる。


「マジか?! ハーヴィスが陥落したって?」

「ああ、その周辺の村なんて酷いものらしいぜ?」


 アストは不吉なものを感じて、その客に問いかける。


「ハーヴィス周辺の村って……。アーロニーはどうなりました?」

「え?」


 いきなりの質問に狼狽る客。アストはさらに質問する。


「アーロニーはハーヴィスのすぐ南の村なんです。どうなったか知りませんか?」

「アーロニーは知らねえが、そこらの村は占拠されたか、滅ぼされてるぜ」

「!」


 その客の言葉に驚愕の表情をするアスト。リディア達も苦しげな顔でアストを見た。

 リディアはアストに言う。


「お兄ちゃん。ラギルスさん達、大丈夫かな?」

「それは、ラギルスさんほどの人がどうにかなるとは思えないが……」


 そのアストの答えにリックルが、厳しいと言葉を掛ける。


「ラギルス一人なら大丈夫だろうけど、ジェラと故郷の村人がいるからね……。不味いかも……」


 その言葉にリディアがアストに訴える。


「お兄ちゃん、ラギルスさん達が心配だよ……」

「うむ……」


 アストはしばらく考える。そして、決意した。


「みんな、デルバートへ戻ろう。何か情報が聞けるかもしれない」

「うん!」


 リディア達はアストの言葉に強く頷いた。

 そんなアスト達を引き止める者がいた。ローマンである。


「おい、お前たち。デルバートへ向かって、お前たちの仲間の危機を知ってどうするつもりだ?」

「そんなこと決まっています。助けに行きます」

「バカな」


 アストの答えにローマンは驚愕する。


「なんで、そんな危険を犯す。やめておけ……」

「……。危険だとわかっていますが、止めるつもりはありません。

なぜなら……」


 その次のアストの答えにローマンは目を見開く。


「……仲間が危機に陥ってる状況で、危険だなんだと言って躊躇う者は、希少なる魔龍討伐士にはいませんから」

「!」


 ローマンは狼狽えた表情て呟く。


「お前らも戦地に命を捨てに行くのか?」

「……」


 アストはその呟きに、決意に満ちた表情で反論する。


「捨てになんて行きませんよ。貴方が武器を提供した人達だってそうです」

「え?」

「彼らは、あなたの武器に導かれて戦地に行ったんじゃない。自分の意思で、貴方の武器を頼りにして、戦地に向かったんです」

「オレの武器を頼りに?」

「そうです。彼らにとって貴方の武器は命を守るための大切なものだったはずです」

「……」


 アストはローマンに笑いかける。


「貴方は死神ではありません。何より彼らの命を守った武器の製作者なんですから」

「オレは……」


 ローマンは俯いて考える。アスト達はローマンに背を向けて酒場を出た。


「待て!」


 不意に、アスト達に言葉が投げかけられる。それはローマンであった。


「ここで少し待っていろ! 勝手に旅立つなよ!」

「え?」


 いきなりの言葉に疑問符を飛ばすアスト達。

 ローマンは工房のある方へと走り去った。そして――、


「これを持っていけ」


 ふたたびアスト達の前に現れたローマンは一振りのボーファス刀を手にしていた。


「これは?」

「お前はアストなんだろ? あのゲルダの息子の……」

「え?! 父を知っているんですか?」

「ああ、ゲルダとは昔馴染みで、彼の息子の武器の製作を依頼されていたんだ」

「それって!」

「そうだ、この刀はお前のものだ……。遠慮なく持っていけ」


 そう言ってローマンは笑った。


「いいんですか?」

「武器は命を守るもの。そう言ったのはお前だろ? 戦地に向かう者にこそオレの武器は持っていってもらいたい」

「ローマンさん」

「さあ行け。そいつで仲間の命を救ってくれ。それこそオレの誇りになる」

「わかりました」


 ローマンから刀を受け取ったアストは、しっかりそれを手にして頷いた。

 こうして、アストは新たな愛刀を手にした。それこそ、それからのアストの困難を突破する武器となる。



◆◇◆



 そして、アスト達は一路デルバートへ向かって旅立つ。心の中に、言い知れぬ不安を抱きつつ――。


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