Chapter 9 嵐の予感

 大陸歴990年――。

 6月も中ほどとなったこの日、アスト達はズワルターを越え、デルバートへと至ろうとしていた。


 デルバートが目前となったその時、リックルがアストに話しかけてくる。


「アシュト! 交易都市であるデルバートには、討伐士組合の支部があるんだけど寄って行くかい?」

「そうなのか? それは、一応顔を出した方がいいかもしれないな」

「そうか。それじゃ、あたしが案内するよ!」

「ありがとう。リックルがいてくれてホント助かるよ」


 アストのその言葉に、リックルは頬を赤くして答えた。


「いや……改まってアシュトにそう言われると照れるな……」

「リックルはうちのパーティの要だからね。当たり前のことを言っただけだよ」


 リディアが笑ってリックルに言う。ますますリックルは赤くなった。


「もう……二人ともそこまで。おだてても何も出ないからね」


 そう言ってリックルは嬉しそうに笑う。

 それはとても平和な一瞬であった。その声が聞こえるまでは――。


「きゃあああああ!!」


 不意に絹を引き裂くような女性の悲鳴が聞こえてくる。

 アスト達は驚いて乗騎を止めた。


「この声は、まさか!!」

「あそこ!! 街道の向こう!!!!」


 アストの叫びにリディアが答える。アストはすぐにゲイルを走らせた。


「見て!!」


 しばらくゲイルを走らせると、リディアが前方を指さして叫んだ。そこに何やら人影が見えてきた。


「助けて!! 誰か!!」


 女性の悲痛な叫びが響いてくる。

 アストはその声の主を目でとらえた。その時、今まさに、女性が男にのしかかられているところであった。アストは躊躇わずに、狼上弓を手にして矢をつがえた。


 びゅん!


 風切り音と共に矢が飛翔する。そして、


「げ!!」


 その矢は、女性にのしかかる男に的確に命中し、男はうめき声をあげた。

 どこからか声が響く。


「何だ?! 俺達の邪魔をするのは?!」


 その声の主はすぐに見えてきた。

 街道の端に半ば横転して止まっている馬車を取り囲んでいる、革鎧を着た男たちの一人であった。


「デルバートの兵隊……ってわけじゃねえのか? だったら邪魔をするな!!」


 男たちは各自の武器を構えて、アストの方に向き直る。

 数本の矢が飛んだ。


「当たるか!!」


 アストは姿勢を低くしてゲイルを繰る。

 飛んできた矢は、アストに掠っただけで命中しなかった。

 アストは反撃とばかり矢を数本つがえて弓を引く。


「弓矢っていうのはこう扱うんだ!!」


 その言葉と共に、矢が数本飛翔する。

 それらの矢は的確に男たちの頭部に突き刺さった。


「糞!! まずい……。こうなったら、あれを出せ!!」

「?」


 男たちの焦ったその言葉に、アストは疑問符を飛ばす。

 すると――、


「行け!! 強化外骨格で迎撃するんだ!!」

「な?!」


 それは、色褪せてはいるが明らかに聖バリス教会の強化外骨格であった。


「ち……」


 アストは舌打ちすると腰の刀を抜いた。

 無論、それは刃が折れて短くなったものである。

 それを見たとたん、男たちが嘲笑った。


「なんだ? あいつ、あんな折れた剣でこいつに対抗するつもりかよ!! 馬鹿だぜ!!」


 アストはその嘲笑を正面から受け止めるように、一気に強化外骨格に向かって真っすぐ突っ込んでいく。

 それを迎撃するように強化外骨格が高速で駆ける。

 次の瞬間、両者正面から交錯した。


「ハハハハハ……は?」


 男たちの嘲笑が一瞬にして驚愕の言葉に変わる。

 強化外骨格は首を切り裂かれて、その場にどっと倒れたのである。あまりのことに言葉を失う男達。信じていた切り札が一瞬にして消えたことを知った男たちは、我先にと一斉に逃げ始める。

 もはや戦況は決していた。


「ふう……」


 アストは一言ため息を付いて馬車の方を見る。

 馬車の影からこちらを恐る恐る伺う人を見つけて、アストはなるべく優しげに笑いかけるのであった



◆◇◆



 それからしばらくの後、アスト達はデルバートの討伐士組合にいた。

 あの後捕らえた男達(当然のごとく野盗であったが……)を引き渡しに来たのである。

 討伐士組合デルバート支部の支部長トマスは笑って礼を言った。


「いや~すまん。とてもありがたい。今、この討伐士組合は人が出払っていてね、最近デルバートの近辺に出没する、こいつら野盗にはほとほと困っていたんだ」

「そうですね……。ただの野盗と言うわけでもななそうですが」

「分かるかい? こいつら変な武器を使ってくるだろう? どうやら、聖バリス教会から武器提供を受けているらしくてね……、兵隊さんですら手こずる厄介な相手だったんだ」

「やはり……聖バリス教会……」


 アストは顔をしかめて考え込む。トマスは暗い顔をして言う。


「現状、北端のランドニー、アルヴァン、ハーヴィスが持ちこたえてるから何とか平和は維持されてるけど、戦況は思わしくないようだね……。なにせ、敵さんは中部地方の突破に全軍の半近くを使ってるらしいから」


 その言葉を聞いて、まず顔が浮かんだのはラギルスとジェラであった。

 彼らはハ―ヴィスの近くの村に行っているはずなのだ。


(……でも、今は考えても仕方がない。無事であることを祈るくらいしか俺にはできない……)


 アストはそう思い直して討伐士組合を後にする。


(とにかく……今はセルバート……。そしてケイシューだ……)


 この後、アスト達はデルバートで一夜を過ごし、そのままセルバートへと向かい旅立った。



◆◇◆



 ――だが、その時、ちょうど討伐士組にある情報が舞い込んできていた。


 それは――。

 ハ―ヴィスが聖バリス教会統一使徒軍に落とされ、占領されたと言う最悪の報告であった。そして、最悪の話はそれに留まらなかった。

 ハ―ヴィスの周辺の集落のうち、聖バリス教会への帰順を断った集落が、ことごとく滅ぼされたと言う話であった。

 そして、その滅ぼされた集落の一つこそ――。


 ラギルスたちが居るはずのアーロニーだったのである。


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