Chapter 3 強き想い
大陸歴990年――。
ちょうど月が6月に入ったころ、アスト達は無事デンバートの城門をくぐることとなった。
そして、ちょうどそれと同時期、デンバートの近くの丘にある聖バリス教会拠点、プロスタン砦で一つの小さな動きがあったのである。
「おい……カッツ……。いつまでこのような作戦を続けるつもりだ?」
統一使徒軍ユーベル大隊の司令官であるカイゼル髭の大男・ユーベルが、そう言って副指令である鷲鼻の小男・カッツに不満を漏らす。
カッツは笑いもせずユーベルに問いかける。
「部下に何か言われましたかな?」
「ああ……、ちまちま攻撃して逃げるだけの毎日をいつまでやるのかと、直接嘆願されたよ……。はっきり言って私もそう思っていたから、私への直接嘆願も許した」
「それは……お優しいことで……」
「ふん……お世辞にも聞こえぬ、詰まらんことを申すなカッツ……」
ユーベルはカッツを睨み付ける。カッツはその目を気にも留めず言った。
「いつまで……と問われれば……、時の許す限り……と答えるしかありませんな……」
「それは、いつまでも……無限にと言う意味か?!」
ユーベルが怒り顔でカッツを問い詰める。カッツは無表情で……、
「別に無限にこのままとは申しませんよ……。本作戦をこのまま続ければ、敵の敵軍の兵は確実に疲弊します。なにせ奴らの兵の大半は、農地を持つ農家から徴用された者ですからな……」
そう答えた。
「我ら職業軍人が中心の部隊と違い、彼らは自分の農地を守らねばならない。だから、連続で戦争が起きれば、農地の管理もままならなくなる……。起こる不満はわが軍の比ではないでしょうな……」
「むう……」
「このまま上手く立ち回れば、しばらく後には敵の兵を1から2割にまで減らせるでしょう。あるいは間者を用いて、敵兵力の中心である農家を扇動し、暴動を起こすことも可能でしょうな……」
「そこまでか……」
「ええ……それからゆっくり王城を攻略すればよい……」
「むう……」
そのカッツの言葉に、ユーベルは感嘆した。
「確かに貴様の言う通りかカッツ……」
「どうやら理解していただけたようで、わたくしもうれしいです」
「うむ……、兵達の不満は俺が何とか抑えよう……。お前の好きにするがいい……」
「ありがたき幸せでございます……」
カッツは恭しくユーベルに頭を下げた。それを満足げにユーベルは眺める。
(ふふふ……わが指令は単純ですな……。結局、私にとってはデンバート攻略などうでもいい話なんですが……)
カッツは心の中で本心をぶちまける。結局、カッツにとって戦争は自分の趣味でしかない。 自分の命令で他人が動くのを見ると言う――。
実のところユーベルすらその対象でしかないのだ。
(まあ……私が戦場に出ることになって、ケガをすることにでもなったら嫌ですから……。適当なところで、部下を扇動して引き上げさせましょうか……)
カッツはそう心の中で一人ほくそ笑む。上官であるユーベルにその心が見えることはなかった。
◆◇◆
アスト達は、デンバートへと到着したその足でデンバート王エドガーに謁見を求めた。
エドガー王は、すでに討伐士組合から連絡を受けていたのか、すぐにアスト達との謁見の席を設けてくれた。その席で、エドガー王はデンバートの現状について語ってくれた。その内容は事前に情報収集したものとほとんど同じであったが、新情報もいくつか聞くことが出来た。
一つ目は敵の兵にある程度被害を与えても、敵戦力がまるで減っていないように見えると言うこと。
二つ目は敵の攻撃に疲弊して、デンバートの農家に不満が広がっている事実。
そして、三つ目は敵戦力の中でも特異な存在である強化甲殻兵の存在であった。
「強化甲殻兵……ですか?」
「その通りじゃ……。砦を攻めた我が国の兵は、大体その強力な戦力によって反撃され、撤退を余儀なくされておる」
「それは、どのようなものなのでしょうか?」
「ふむ……」
その質問に対し、エドガー王は隣に宮廷魔法使いを示す。
宮廷魔法使いは語り始めた。
「強化甲殻兵とは……、一見するとフルプレートメイルを纏った重装兵に見えます……が、その動きが明らかにフルプレーメイルの動きではないのです。明らかに魔法による強化を受け長竿武器を振るう彼らに、多くの兵が被害を受けていて、倒す手立てが見つかっていません」
「それは……、数はどのくらいなのですか?」
「多くはないですよ……。それと、通常兵数名がその強化甲殻兵に付き従っています。その数は、強化甲殻兵1人に付き、通常兵4人と言ったところでしょうか?」
「ふむ……」
アストはしばらく考えたのちに、宮廷魔法使いに質問をした。
「その強化甲殻兵に付き従っている兵士たちに、なにか特徴のようなモノはありませんでしたか? 何か大荷物を持っているとか……」
「ああ……よくわかりましたね……。その通常兵達は武装は軽装で、大荷物を背負っていたようです。戦闘の時も、後ろから弓を撃ってくる程度だったとか……」
「それは……」
アストがグウィリムの方を見る。
グウィリムは頷きでアストに返事をした。
「それはおそらく……。強化甲殻兵に付き従っている通常兵は、強化甲殻に何かトラブルがあった場合の補助役でしょうね」
アストがそう宮廷魔法使いに告げる。
――そう、これは現実世界の戦車に付き従う随伴歩兵などと同じ、戦車単独では対応できない細かい部分を随伴歩兵で対応する『タンクデザント』と同じ理屈なのだ。
「強化甲殻兵はそれ単独種で複数運用する技術がないか、トラブルが多いか、明確な弱点がある……。だから、随伴歩兵を連れているんですね」
「なるほど! 確かに、強力な強化甲殻兵に、わざわざ弱い通常兵を随伴させる理由は、それしか考えられない!!」
アストの指摘に宮廷魔法使いは手を打って答えた。
「強化甲殻兵の運用には随伴歩兵が必要……。ならばそこに付け入るスキがあるはずですよ」
「うむ……これはいいことを聞いた。その方向で対策を立ててみよう」
エドガー王は嬉しそうに配下の兵にいくつか指示を飛ばした。
宮廷魔法使いはアストに頭を下げる。
「これで、なんとか戦いを続けられそうです。ありがとうございます」
「はい……でも、農兵達に不満が溜まっているんですよね?」
「そうです……。でもそれは我々が何とかする問題なので、あなた方の手を煩わせる事はありません。あとは……」
「そうですね……。敵の物資……そして人員の補給経路の問題」
「そうです。それさえ解決すれば、敵も恐るるに足らないのですが……」
アストは頷いてエドガー王に進言する。
「では……そのことは我々に任せていただきたい。必ず、秘密を暴いて報告します」
「それはありがたい!! お願いしよう!」
そう言ってエドガー王は何度も頷いたのである。
◆◇◆
エドガー王との謁見を終えたアスト達は、さっそく敵拠点であるプロスタン砦へと向かう準備を始める。
しかし、その時に一人だけ浮かない顔をする者がいた。
「どうしたのソーニャ?」
リディアがソーニャに声をかける。
浮かない顔をしていたのは、ソーニャであったのだ。ソーニャはリディアにむかって呟く。
「私……」
「どうしたソーニャ?」
アストもまたソーニャに語り掛ける。
そのソーニャはしばらく考えた後、決意した表情で語った。
「私……王城に残ります……」
「え?!」
リディアがびっくりして聞き返す。ソーニャは答えた。
「この王城には治療士が少ない……。戦争で疲弊しているのはそれが理由でもある。だから……」
「まさか……その治療士に志願するってことか?」
「はいそうです……」
アストの言葉にソーニャははっきりとそう言った。
でもそれは要するに――。
「それって、デンバートに治療士として従軍するって意味だぞ? いいのか?」
「……」
アストの指摘に、ソーニャは黙って俯く。
実際に戦争中の国の治療士として働くと言うことは、戦場にも行くということで――。
「君の嫌いな殺し合いだぞ?」
「分かっています……」
アストの言葉に、強い意志のこもった目で返す。
「でも……だからこそ。私の力は振るうべきなんです! それが治療士というものですから!!」
その強く意志のこもった言葉にアスト達は黙ってしまった。
これは、もはや止めることはできない。――そう思えた。
――と、不意にそれまで黙っていたグウィリムが言葉を発する。
「ふむ……決めたか……。それがお前の決めた、お前の進む道なんじゃな?」
そのグウィリムの言葉にソーニャが強く頷く。
グウィリムは優しげな表情でソーニャに笑いかける。
「ならば……わしはせめてその行く先を見守ろう」
「グウィリム……」
そうアストが呟く。それに対しグウィリムは笑って告げた。
「すまんな……。お前たちとの旅は楽しかったが、今回はここまでのようじゃ……。わしもソーニャと共にここに残る」
それはグウィリムの突然の発言であった。
アスト達は戸惑った顔で二人を見る。
「大丈夫……せいぜいお前たちが帰ってくるまで、この城でゆっくり待っているさ……」
グウィリムはそう言ってアスト達に笑いかける。
でも、それがその通りにならなそうなのはアストでも想像できた。――おそらく戦争は近いうちに起こるだろうと――。
しかし、こうしてソーニャとグウィリムがパーティメンバーから外れることとなった。
アスト達には、せいぜい彼らの無事を祈るくらいしかできなかったのである。
◆◇◆
「ふう……」
リディアが何回目かのため息を付く。それをアストが聞きとがめる。
「どうした? リディア……。ため息ばかりだと幸せが逃げるぞ?」
「お兄ちゃん……」
リディアは少し陰りを帯びた目でアストを見る。
「お兄ちゃんは、ソーニャが心配じゃないの?」
「それは……まあ、グウィリムがついてるし。大丈夫だろ?」
そのアストの答えにリディアが答える。
「それはわかってるけど……。殺し合いが嫌いなソーニャがその最前線で働くなんて。彼女の精神にどれだけの傷を与えるか……」
「そうだな……」
アストはそう答えて――『でも……』と続ける。
「ソーニャは意志が強いからきっと大丈夫だと思う。それに……」
「それに……?」
アストのその言葉の続きを語ったのはリックルであった。
「あたしらが、敵軍の謎を解いてこの戦争を終わらせれば、もうソーニャは戦場で働く必要はないってことよ……」
その言葉にリディアの顔が明るくなる。
「そうか! そうだよね!! 必ず奴らの謎を……」
リディアの言葉に皆が続ける。
「必ず奴らの謎を解いて見せる!!」
再び三人と一匹のパーティに戻ったアスト達は、そう言って気合の声をあげたのであった。
◆◇◆
アスト達が聖バリス教会の拠点、プロスタン砦へと向かっていたそのころ。デンバート周辺の村落では、今月に入って数十回目の襲撃が起こっていた。すぐに村の男が伝令に走り、そのことはデンバート王の耳に入った。
デンバート王は、アスト達のための陽動もかねて軍を動かすことを決定、ソーニャとグウィリムもそれに同行することとなった。
戦争が始まろうとしていた――。
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