Chapter 2 優しき治療士

 交易都市ブラム――。

 それはフォーレーンと西端の小国群を結ぶ交易都市である。このため規模としてはそこそこの大きさを誇る、交易関係の仕事、すなわち商人の多い町である。同時に、それは旅人を目標にする犯罪者が多いと言うことであり――。

 ブラムの街を歩いていたグウィリムが、不意に大きな声を出す。


「おい!! そこのお前!!」


 アスト達はその突然の言葉に、皆一様にグウィリムを振り返る。

 その視線を気にも留めず、グウィリムは突然近くを歩いていた男の腕をつかんだ。


「な? なんだ? 突然……」


 腕を掴まれた男は、困惑した表情でグウィリムを見る。

 グウィリムは鋭い視線で男を睨んで言った。


「その懐にしまったモノを出せ……」

「な? なんだよいきなり……」


 グウィリムに強い口調で言われた男は、怯えた表情で周りを見回す。

 さすがにアストがグウィリムに声をかける。


「どうしたんですか? グウィリムさん?」


 そのアストの言葉にグウィリムが静かに答える。


「いま、ソーニャの金袋がこいつにスられた……」

「え?!」


 その言葉を聞いて、慌ててソーニャ自分の鞄を確かめる。

 そして――、


「うそ!! ない?!!」


 ソーニャはそう言って皆に自分の鞄を示した。


「まさか……そいつが?」


 アストがグウィリムに聞くと、彼は大きく頷いた。


「この町には旅人を狙ったこういう輩が多いからな……。警戒していてよかった」

「ありがとうございます。グウィリムさん」


 そう言ってソーニャはグウィリムに感謝した。


「いや~、さすがグウィリムだね~。あたしはさっぱり気づかなかったよ」


 そう言って笑ったのはリックルである。

 その言葉に、その場にいる仲間全員が『それでいいのか? 遊撃士……』と突っ込みをいれた。



◆◇◆



 スリを兵士に引き渡したアスト達は、そのままの足で酒場へと向かった。

 無論、酒を飲むためではない、情報収集するためである。それは特に難もなく進んだ。礼儀正しいアスト、話の上手いリックル、そしてあらゆる事について老練であるグウィリムがいたからである。


「私たちやることないね……」

「そうですね……」


 仲間の傍らでそうぼやくリディアとソーニャ。

 その間にも、アスト達三人はデンバート付近に展開する、聖バリス教会統一使徒軍の情報を仕入れてきていた。


「どうやら、デンバート付近に展開しているのは、大隊規模……約500人位の部隊らしいな」

「結構な数じゃないですか……」

「まあそのうち何割かは補給部隊とかの非戦闘員だから。多く見積もって350人ぐらいかな?」

「それでも、デンバートで動員できる兵を考えると、結構な脅威ですね……」


 アストの話にソーニャが答える。さらにアストが言う。


「デンバートが全力で動員すれば勝てない相手ではないが……。そもそも奴らは嫌がらせの散発した攻撃しかしてこないらしい」


「嫌がらせでデンバートの兵を誘い出し。兵が動いたら今度は拠点に籠って、それを迎撃して数を減らす……か。地味にいやらしい戦法じゃのう……」


 グウィリムの感想にアストは頷く。


「無理にデンバートに攻め込まず、逆に防衛戦に持ち込んで地の利でもって相手を弱らせているんですね」

「そうじゃ……。しかし……」

「……それはおかしいですよね」


 アストとグウィリムが考え込む。リディアその二人に疑問符を飛ばす。


「なんでそれがおかしいの?」


 アストは答える。


「黒の部族だと、遠征にも家族その他を連れてきて、その部隊だけで完結している。しかし、赤の民の軍隊はそうではないんだ」

「え? それって……」


 リディアの疑問に今度はグウィリムが答える。


「普通、軍隊は遠征のための補給物資を、遠征に必要な分だけ持って行動する。本国との補給線が繋がっていないと、補給が受けられずにすぐに瓦解するのだ」

「でも、奴らはここまでカディルナの地の奥地に居ながら、長いことそこに居座っている。これは、本国となんらかの方法で連絡がある証拠だと言える」


 グウィリムの説明にアストが補足を加えてやっとリディアは理解した。


「それって、やっぱり何らかの方法で、山脈を越えている?」

「そうとしか考えられない……。おそらく、山脈越えの補給ルートが奴らにはあるんだ」


 アストがそう言って思考を巡らせる。


(これは……もしかしたらかなり危険な状況かも知れないな……)


 ――と、そんなアスト達を見つめる視線があった。隣の男に何かを呟くと、酒場を足早に出ていく。

 アスト達はその事に誰も気付くことはなかったのである。



◆◇◆



 アスト達がブラムを出てしばらくたった後、不意にアストがグウィリムの馬に近づいていく。


「グウィリムさん……」

「うむ……アスト君も気づいたかね?」

「それじゃあ、やはり……」


 アストとグウィリムは静かに周りの者達に視線を送る。

 リディアとリックルは一瞬考えた後頷く。ソーニャは何が起きているのか分からずオロオロした。


「ソーニャちゃん……こっち」


 リディアがソーニャに手招きする。ソーニャはリディアが乗るアストの大銀狼の元へとやってきた。


「いい? 落ち着いて聞いてね?」

「は、はい?」

「私たちはどうやら……」


 ――と、不意にアストが二人の会話を手で遮る。そこへ――、


 びゅん!!


 風切り音とともに矢が数本飛んできた。


「まさか?! 襲撃?」


 ソーニャが慌てて馬を矢の飛んできた方に向ける。そこにそいつ等がいた。

 ブレストプレートを身に着け、腰に長剣を帯び、手に弓矢を構えた10人ほどの男達たちだ。


「男は殺せ!! 生かすのは女だけでいい!!」

「野盗?」


 ソーニャは襲撃者を観察する。しかし襲撃者たちの装備は、野盗にしては整いすぎている。


「どうやら知らぬ間に、獲物が釣れたようじゃの!!」

「そうですね!!」


 グウィリムの言葉にアストが笑って答える。

 その言葉を聞いて、やっとソーニャは目の前の連中が何者かを想像できた。


「聖バリス教会?!」


 その叫びに襲撃者の一人が舌打ちする。襲撃者たちは再び矢をつがえた。


「今度こそ当てろ!!」


 アストはゲイルの腰に括り付けてある、狼上弓を手にして矢を三本つがえる。


「遅いぞ……」


 そのまま次々に矢を連射した。


「な?!」


 襲撃者のうちの三人が次々に首を飛ばされる。その光景にソーニャが叫ぶ。


「アストさん!! ダメ!! 殺さないで!!」

「む?」


 ソーニャのその言葉にアストが次の矢をつがえる手を止める。


「しかし……」

「ダメです!!」


 そのソーニャの強い口調にアストは狼狽えた。

 その光景を見てリディアはソーニャに言葉を返す。


「殺すために襲ってきてるのに、やり返さないなんて……」


 リディアのその言葉にソーニャは、


「すみません……でも……」


 そう苦しげにつぶやいた。リディアは言う。


「ソーニャちゃん? 何か作戦でもあるの? そう言うことなら……」

「それは……」


 ソーニャは黙って俯く。その光景にさすがのリディアも強い口調で言った。


「まさか……目の前で人が死ぬのがいやとか? 相手は殺しに来ているのに?」

「それはそうですが……でも……」


 さすがのリディアも、この緊急事態にそのようなことを言うソーニャに怒りを覚えた。


「今は緊急事態……わかってる?」

「ごめんなさい……でも……」

「でもじゃないでしょ? 話にならない……」

「でも……」


 二人のそのやり取りにアストが叫ぶ。


「今は仲間同士で揉めている場合じゃない! 手加減して迎撃する!!」


 そのアストの言葉に、二人はしぶしぶ口論をやめた



◆◇◆



 戦闘そのものはあさりと決着がつく。

 騎狼猟兵であるアストにただの歩兵7人程度が、手加減しているとはいえ相手になるわけがなかった。


「ふう……」


 アストはため息を付いて、縄で縛られている襲撃者達を見た。

 そこにはソーニャがどこかに怪我はないかと探すために張り付いている。


「ソーニャさん……」

「はい?」


 一通り襲撃者の治療を終えたソーニャにアストが声をかける。


「なぜさっき俺のことを止めたんですか?」

「それは……」

「相手が怪我をするのが見たくないから?」

「……」


 ソーニャは黙って俯く。


「ソーニャさん……」


 そんなソーニャの姿を真面目な表情で見つめながらアストは言う。


「その心は……。俺は尊敬に値すると思います」

「え?」


 ソーニャは驚いた顔でアストを見る。アストは言葉を続ける。


「でも……俺にはその考えは眩し過ぎる。もし……貴方が死にそうになっていたら、俺はためらわず相手を殺します」

「……」

「そして、その気持ちはリディアだって同じだと思う」

「……はい」


 ソーニャはそう呟いてから、リディアの方を見る。そして、


「ごめんなさい……リディアさん……」


 そう言って頭を下げた。その姿に慌ててリディアが言葉を返す。


「こちらこそごめんなさい!! 緊急とはいえあんな言い方ってなかったよ……私も」

「いいえ……さっきの事はこちらが全面的に……」

「「……」」


 そう言ってリディアとソーニャはお互いに謝り合う。その姿をグウィリムの優しげな瞳が見つめていた。



◆◇◆



 アスト達は一旦ブラムへと戻った。襲撃者たちを兵士に引き渡すためである。その道すがら、アスト達はその正体を知った。

 当然のごとく赤い髪を染めて偽装した聖バリス教会の兵士であった。彼らは、デンバート近くの拠点の兵であり、スパイとしてブラムに潜んでいた者達であった。

 ブラムの兵はスパイの件を聞き驚愕し、警備を強化することをアスト達に約束した。

 そして――、


「結局、あの兵士たちからも何も聞けなかったな……」

「下っ端みたいだし仕方がないね……」


 アストとリディアはそう言ってため息を付く。


「やはり……真実はこの目で確かめねばならんか……」


 そう言ってグウィリムが遥かデンバートの方を見る。


「いこう!」


 アストがそう言って、自分の騎獣ゲイルを走らせる。

 果たしてデンバートで待つモノとは?


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