Episode 2 聖バリス教会の脅威

Chapter 1 新たな仕事

 大陸歴990年――

 5月も終わりに近づいてきたその日、アスト達はやっとフォーレーンへと帰ってきた。

 その時、フォーレーンはかつての海賊襲撃から立ち直り、やっと安定した人々の生活を取り戻しつつあった。

 アスト達は、さっそく討伐士組合へと道を急ぐ。アスト達が組合につくと、そこにはラギルスを初めとした五人のメンバー全員が待っていた。

 アストの姿を認めたラギルスが真っ先に叫ぶ。


「おう!! アスト帰ってきたな!!」


 ラギルスは酒瓶を片手に楽しそうに言う。そして――、


「姉ちゃんと再会できたアストに乾杯!!」


 そう言って酒瓶を掲げるラギルス。

 その姿にとなりのマーマデュークが冷静に突っ込む。


「まだそうと決まったわけじゃないですよ?」


 さすがはマーマデューク、鋭い指摘である。

 アスト達は黙ったまま苦笑いをした。

 そんなアスト達の気持ちも知らず、ただめでたいと叫ぶラギルス。マーマデュークはため息を付いてアスト達の方を見た。


「それで……。本当のところはどうだったんですか?」


 アストはその言葉に黙り込んでしまう。

 察しのいいマーマデュークそれだけですべてを理解した。


「……そう、ですか。残念でしたね」

「え? ナニ? どういうことだよ」


 ラギルスはマーマデュークのその言葉に疑問符を飛ばす。

 マーマデュークは何も隠さずただ結果だけを答えた。


「お姉さんには会えなかったみたいです」

「え? まじで?!」


 ラギルスはやっと自分が早まったと理解する。


「な……なんだ……。そうか、マジすまん」


 ラギルスはそう言って頭を下げた。

 アスト達はため息を付きつつ「いいえ……」と答えた。

 ラギルスは『マズった』という顔で頭をかきつつ、無理に笑いながら話し始める。


「いや……それは。しかたねえな……気にするなよ?! そんな事より、知ってるか?!」


 ラギルスは危険な話題を避けて話をえることにした。


「あのさ!! この支部に期待の新人が来たんだぜ!!」

「え?」


 突然の話にアスト達が疑問符を飛ばす。


「今お使いに行ってもらってるが……。名前はアーチーとバーナードだぜ!」

「え!?」


 アスト達は今度は驚きの表情をする。その名前には聞き覚えがあったからだ。


「まさか……」


 アストがそう呟いた時、組合の扉を開けて二人の人物が入ってくる。

 ラギルスは笑いながら言う。


「ナイスなタイミングだぜ新人君たち!!」


 その言葉にアスト達はその二人をよく観察する。それは……


「あ!! アストさん達! フォーレーンへ帰って来たんですね!!」


 嬉しそうに『あの』アーチーが、アストに笑いかけてきたのであった。

 アスト達は呆然とした表情でアーチーと、そしてその隣のバーナードを見る。


「君たち……なんでここに?」

「なんでって!! そり希少なる魔龍討伐士になるためっす!!」


 そういってアーチーは元気に笑う。

 アストはそんなアーチーに当然の疑問を飛ばす。


「ラシドは……お姉さんたちはどうしたんだ?」

「それは……フォーレーンの海軍のおかげで海賊が討伐されたんで……何とか無事やってるはずっす!!」

「……」


 アストはそれを聞いて黙り込む。

 どうやら目の前のアーチーたちは、討伐士になるべく家を飛び出したらしい。


「おまえら……」


 アストは憮然とした表情でアーチーたちを睨む。

 そんなアストにラギルスが笑いながら答える。


「アストどうした? そんな怖い顔で睨んで……。仕方がないさ……若い奴っていうのは、家に居付かないもんだ」

「ふう……」


 ラギルスのその言葉にアストはため息を付いた。

 自分も家たる集落を飛び出した身であるため、これ以上は何も言えないだろう。

 ――と、不意に彼らに話しかけてくる者がいた。フォーレーン支部支部長であるジェレミーである。


「やあアスト君!! いいところに帰ってきてくれた!!」


 ジェレミーは心底嬉しそうにそう言って頷く。

 その態度に、何かを察してアストが答える。


「なんです? 何か仕事でも入りましたか?」

「いやあ!! 察しがよくて助かるよ!! 実は君向けに一つ仕事があるんだが……」

「俺に……ですか?」


 アストは自分の周囲を見る。ラギルス達は結構暇しているように見えるが――。


「ごめんね……、そこの飲んだくれ達は現在進行形で仕事中だよ。暇なのはソーニャとグウィリム位だが。ソーニャには荷が重いし、グウィリム一人じゃね……」


 と、その時黙って座っていたソーニャが口を開く。


「ジェレミーさん……私なら大丈夫だって言ってるでしょう?」

「ソーニャ……」


 ジェレミーは苦笑いしつつソーニャを見る。


「ケガをしている人々がいるのに。それをほおっておくなんて私にはできません」


 そのソーニャの言葉に、アストがジェレミーに聞く。


「どういう事です? 何が起こってるんですか?」

「いや……それが」


 ジェレミーは少しためらった後答えた。


「実はフォーレーンから見て北西にある小国デンバートで、最近聖バリス教会による被害がひどくてね……」

「聖バリス教会?!!」


 その言葉に驚愕の表情を浮かべる。

 それは当然の話だ――。なぜなら、デンバートに聖バリス教会がいるということは、おかしな話であるからだ。


「そうだよ……なぜかあそこに聖バリス教会の軍が拠点を作ったらしくてね。現在、デンバートその脅威にさらされているんだ」

「でも……」


 ジェレミーの言葉にアストが疑問符を飛ばす。

 その顔を見て察したジェレミーが話を続ける。


「そうだよあのデンバートに聖バリス教会がいるのはおかしいんだよ。デンバートの北には巨大な山脈が広がっている。聖バリス教会がそこを乗り越えてきたとは考えにくい」

「フレンバーの北から回り込んできた?」

「そうも考えたんだけど……」


 カディルナ東部地方の東端にある都市フレンバー。

 その北には山脈はなく、幾度も聖バリス教会が進入してきた過去がある。しかし、そこからデンバートはあまりに遠すぎる。


(何より途中にロイドがある……)


 アストは思い出す。かつてロイドのカシムの塔にいた聖バリス教会の騎士たちのことを。しかし、あいつらは少数だったから、あそこに潜むことが出来たのだ。拠点を築いて都市国家の脅威になる程の大軍など――


(普通ならロイドの守備隊に動きがバレて、そこで戦闘になるだろうな……)


 当然、ロイドの守備隊は――、


「ロイドは?」

「それが、そんな部隊は見たことないそうだ。見ていたら絶対、そこから奥には通さんはずだって……」

「ふむ……」


 アストは顎に手を付けて考え込む。それを見てジェレミーは言った。


「ね? おかしいだろ? 今回はアストにそのことについて調べてきてもらいたいんだ」

「まさか……奴らは何かしらの手を使って山脈を乗り越えていると?」

「そう……その可能性がある」

「む……」


 アストは一瞬考えると頷いた。


「分かりました。行ってみましょう」

「おう!! ありがとうアスト!!」

「いえ。討伐士としての仕事ですし……」


 そう言ってアストは笑った。

 ――と、不意にソーニャがアストに話しかけてくる。


「私もついていきたいんですが……」

「え?」


 ソーニャの言葉にアストがそう呟く。

 その言葉に返事をしたのはジェレミーであった。


「ダメだよ……戦争中のところに君が行くなんて……」

「戦争中だから行くんです」


 ソーニャは強い意志のこもった瞳でジェレミーを見る。


「しかしね……あまりに危険だよ……。君はノービスなんだから……」

「危険な所にはいくな……と?」

「うん……」


 そのジェレミーの言葉に怒り顔でソーニャが言う。


「それでは討伐士になった意味がありません!!」

「……」


 ジェレミーはソーニャのその剣幕に押されている。

 そのジェレミーの姿に、アスト達は助け舟を出した。


「ソーニャさん……。君がついてくるのには俺も反対だ……。最低限、身を守る技術を持たない者が、戦場について来たら足手まといにしかならない」

「う……」


 そのアストの言葉に、ソーニャは苦しげにつぶやく。


「でも……」


 それでもソーニャは反論しようとする。その瞳から強い意志は消えない。


「私は治療術師です……。その私がその戦場に行けないなら。私は何のためにいるのでしょう?」

「む……それは……」


 アストは言葉を詰まらせる。確かにソーニャの言う通りだ。

 ――と、それまで黙って酒を飲んでいたグウィリムが口を開く。


「アスト……連れて行ってやってくれんか?」

「え?」


 グウィリムが突然言葉を発したことにアストは驚いた。


「ソーニャのことわしに任せろ……。それでよかろう?」

「グウィリムさん……。でも……」


 アストがそう言うとグウィリムは静かに話し始める。


「ソーニャは戦災孤児じゃ……」

「!!」


 そのグウィリムの言葉にアスト達が驚く。


「親を目の聖バリス教会に殺され……ただ一人生き残った……。だから、聖バリス教会には思う所があるのだろう……」

「彼らに対する恨みですか?」

「ふむ……」


 アストの言葉に、グウィリムは笑みを深くして言った。


「そんな簡単なものではないよ……。ソーニャは自分の力で多くの人を救うのが夢じゃ。聖バリス教会に傷つけられる人々を見ていられないんじゃよ……」

「……」


 アストは黙ってソーニャをみる。

 その瞳にあるのは恨みではなく――。アストはしばらく考えた後ため息を付いた。


「分かった……一緒に行こう」

「え!」


 ソーニャは嬉しそうにそう呟く。

 その姿を見てグウィリムは笑って、ジェレミーは慌てた。


「アスト……いいのかい?」

「ええ……。彼女の事、絶対に守って見せます」

「そう……かい……」


 アストのその強い宣言に、ジェレミーはよわよわしく答えることしか出来なかった。

 アストはソーニャに言う。


「でも……決して勝手なことはしないこと……。俺たちのそばから絶対に離れないこと……、いいかい?」

「はい! 分かりましたアストさん!!」


 ソーニャは嬉しそうにそう叫んだ。


 アスト達は、さっそくデンバートへと向かう準備を始める。そのアストにラギルスが言った。


「デンバートへと行くなら、まずはブラムへ向かうんだな」

「ブラム?」

「そう……、フォーレーンとデンバートをつなぐ交易都市だ。そこでデンバートの情報を収集するといいぜ」


 そのラギルスの言葉にアストは感謝をした。


「分かりました。ありがとうラギルスさん」

「いいってことよ!! また無事に帰ってくるんだぜ?!」

「はい!」


 アストはそう言ってラギルスたちに笑いかけたのである。


 こうしてアスト達は、ソーニャ、グウィリムと共にデンバートへと旅立つこととなった。

まずはその前にブラムへと向かわねばならない。果たしてその先には、どのような事件が待っているのか?

 アスト達の新たな旅が始まったのである。



◆◇◆



●ジェレミーによるアーチー達の能力評価:

◇アーチー(男、16歳)。黄の民。

クラス:アーチャー

討伐士ランク:イニシエイト

判断力:★★

実行力:★★★★

戦術評価:★★

査定について:

 いまだ査定中で暫定的評価。

 しかし、ラギルスとの評価戦闘でなかなかの動きを見せたので将来は有望。

 ただ、結構考えなしで、戦闘経験も浅いのが玉に瑕と言える。


◇バーナード(男、16歳)。アーチーの相棒。黄の民。

クラス:アーチャー

討伐士ランク:イニシエイト

判断力:★★★★

実行力:★★★

戦術評価:★★

査定について:

 いまだ査定中で暫定的評価。

 しかし、臆病な性格からくる深慮深さは特筆すべきもの。

 まさしく、アーチーと二人で一人前と言える新人である。


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