Chapter 4 ギフト
デンバートの北部に存在するプロスタン砦。それは、山肌に石と木材で築かれた前線基地である。
兵たちが生活するためのテントや小屋が多く設置され、その中心に指揮所兼司令官宅である大きな居宅が作られている。砦の周囲には木組みの城壁が張り巡らされ、いたるところに見張り台が設置されていた。
現在、プロスタン砦は、前線から敵を引き付けて帰ってくる部隊を迎えるために慌ただしくなっていた。今月に入って数度目の防衛戦が始まろうとしていたのである。
砦内の指揮所で待機しているユーベルに向かってカッツが語る。
「どうやら部下たちをうまく説得していただけたようですね?」
「当然だ……私に逆らうものなどこの砦には存在しない」
ユーベルは自慢のカイゼル髭を撫でながらそう答えた。
「それに……だな」
「なにか?」
「うむ……このまま帰ったのでは、私の野望は達成されないのだ」
「それは……弟君の事ですかな?」
そのカッツの言葉に、ユーベルは今までにない凶悪な表情を浮かべる。
「そうだ!! 私が継ぐべきだった侯爵の地位と、ヘルム侯国を奪ったあのクズを追い落とすためには、明確な手柄が必要なのだよ!!」
その剣幕にさすがのカッツも一歩引く。
「このままデンバートを攻め落とし……、このカディルナ東部地方に橋頭保を築いて、南東部制圧の足がかりとする。そうすれば、統一使徒軍内でも地位が向上し、奴を追い落とす後ろ盾となるだろう。なあ、カッツよ!!」
「はい……そうですね」
カッツは興味なさそうに返す。それを特に気にもせずにユーベルは笑う。
「ははははは……!! さあ!! 戦争をしよう!! 黄の民どもには、私が返り咲くための糧となってもらおうではないか!!」
◆◇◆
ちょうどそのころ、アスト達はプロスタン砦の近くの森に潜んでいた。
「なんか砦の方が騒がしいよね……」
リディアがアストに問いかける。アストは少し考えた後、言葉を返した。
「おそらく、戦闘が始まるんだろう」
「それって!」
「むう……」
リディアの指摘にアストは唸る。
戦闘が始まると言うことは、ソーニャたちも前線に出てくると言うことであり――、
「とにかく……。戦闘準備に気を取られている今のうちに砦に潜入しよう。奴らの秘密を探り出すんだ」
「うん……」
アストの言葉に、リディアとリックルが頷いた。
◆◇◆
その日のちょうど昼頃、とうとうプロスタン砦にて両軍が衝突した。
両軍ともに300人前後の兵力であり、攻城側であるデンバート軍の戦況は思わしくはなかった。しかし、それはデンバート軍指揮官にとって想定内であった。
彼らの本来の目的は、アスト達が砦へ潜入するための陽動であったからである。
そして、それの甲斐あってアスト達は、睨み合いの続く前線の反対側から砦に潜入を果たした。
さらに、今回のデンバート軍には、もう一つの目的があった。それは、強化甲殻兵に随伴する歩兵の正体を探ることであった。アスト達の予想通りなら、随伴歩兵を排除することによって、強化甲殻兵をある程度弱体化出来るはずである。
この戦争の行く末を決める重要な戦いが始まった。
◆◇◆
アスト達は、ゲイルを前の警戒に、リックルを後の警戒において砦内を探っていった。
砦内の兵士の大半は前線のデンバート軍に気を取られており、探索は敵に見つかることもなく順調に進んでいった。そして――、
「ギヨーム様? 次週の定期補給の件なのですが……」
そう言う兵士の声が、ある木造の建物の中から聞こえてきた。
アスト達は耳を澄ませてそれを盗み聞く。
「ポータルの調整は順調ですよ。次週も特に問題はありませんよ」
「そうですか……。次週に関しては補充人員も運ぶので、調整は特に慎重にお願いしますね?」
「分かって居ますよ。そのための私ですから……」
そのやり取りを聞いて、始めに反応したのはリックルであった。
「ポータル?
「分かるのか?」
アストの質問にリックルは答える。
「たまに遺跡にあるんだよね……。遠くにある二点間を結ぶ転移装置ってやつが……。まさか聖バリス教会って、それを実用化しているの?」
「まさか……」
アストは考え込む。
そう言えば、かのカシムの塔にいた聖バリス教会の人間も、古代統一文明の技術を研究・起動させていた。
「そうか……転移装置……ポータル……。それで本国から補給物資を移送していたんだな」
――と、再び小屋の中か会話が聞こえてくる。
「しかし、今回のギフトはなかなか強力ですね」
「ああ、強化外骨格のことか……。まあ、まだまだ課題は残っているがな」
「稼働時間が短いんでしたっけ?」
「うむ……それと起動のために陣を敷く必要があるしな」
「それさえ克服できれば、もはや我々に敵なしなんですが……」
「そう上手くはいかんさ……。ギフトは超技術の塊だからな」
その会話を聞いたアストは心の中でつぶやく。
(ギフト? 強化外骨格? まさか強化甲殻兵のことか……)
会話は続く。
「強化外骨格は不安定で、定期的な冷却材補給も必要だからな……。どうしても調整役を随伴さねねばならん……」
「課題は山積みですね……」
「そうだな……、だがそれを乗り越えれば、我ら聖バリス教会の栄光……。大陸統一も夢ではなくなるのだ」
アストはこれまでの会話から、この建物の中にいるものが、ポータルを初めとする技術関係のリーダーだろうと推測した。それを確保すれば……。
アスト達の判断は素早かった。
ドン!!
その小屋の扉を開けて、アスト達が中に躍り込む。中に二人の男がいた。
「何だ?! 貴様ら!」
男のうちの一人が叫ぶがもう遅かった。
「はい黙ってね……」
リックルが楽しそうにナイフを男の喉に突きつける。
アストが二人の男たちに向かって言う。
「それじゃあ……ギフトとやらについて、すべて吐いてもらえるかな?」
男たちは黙って頷くしかなかったのである。
◆◇◆
ちょうどそのころ、戦場ではいつもとは違う戦況が展開し始めていた。
「強化外骨格が押されているだと?」
ユーベルは困惑気味に前線からの報告を聞いた。
「はい! デンバート軍は、強化外骨格には目もくれず、随伴兵を排除しているようで。そのために強化外骨格の活動限界が短くなり、撤退を余儀なくされています」
「これは……むう」
伝令の報告に、カイゼル髭をなでるユーベル。カッツの方を向いて言った。
「これは……まずいんじゃないのか? 我が主力が対策され始めているようだぞ?」
「ふむ……」
カッツは心の中で考える。
(まあ当然でしょうな……。こんな小競り合いを長々と続けていれば、未知の新兵器に対する対策も生まれると言うものです)
黙り込むカッツをユーベルは苛立ちの籠った目で睨む。
「どうするつもりだ? アレが対策され始めたら、ここに長期間籠って防戦するのも難しくなるだろう?」
「心配ありません閣下」
カッツが恭しくユーベルに告げる。
「我々にはまだ、本国との補給線……ポータルがあるので問題ないかと」
「しかし……」
「大丈夫ですよ。それにこちらが少し積極的に出れば問題はないでしょう?」
「それはどういうことだ?」
「簡単な話ですよ……」
その後の言葉を口にしたカッツは、心底不気味な笑顔を顔に張り付けていた。
「敵の後方支援部隊を、強化外骨格で潰せばよろしい……」
◆◇◆
こうして、後方支援部隊にいるソーニャ達に危機が迫っていた時、アスト達は古代兵器――ギフト研究者であるギヨームから様々な情報を入手していた。
「それじゃあ……赤の民は……聖バリス教会は大陸各地の古代統一文明の遺跡から古代兵器を発掘して、それを実用化して戦力にしているのか。それが『ギフト』……」
そのあまりの事実にアスト達は黙り込む。
古代統一文明の兵器群は強力なものが多い。かつての鋼鉄巨人しかり、今回の強化外骨格しかりである。
それを次々に実用化しているとなると――、
「このまま技術開発が進めば、確実に聖バリス教会の戦力は数倍にもなるだろう……。そうなれば黒の部族ですら対抗できるかわからない……」
「そうだ……我々の本国は多くの技術を獲得し、着実に強化されている。我々に反抗することは無駄なのだ……」
アストの言葉にそう答えてにやりと笑うギヨーム。それをアストは黙って睨み付けた。
「言っておくが……それだけではないぞ? 古代統一文明を研究した我々は、かの魔龍アールゾヴァリダの真実にも近づきつつある。もはやかの魔龍すら我々にとって脅威ではなくなる日が近いのだ……」
「アールゾヴァリダの真実だと?」
アストの問いにギヨームは笑うだけで答えない。
その代わりに別の言葉を吐いた。
「さあ、お前たちは抵抗するだけ無駄だ……。黒の部族どもも近いうちに攻略される。我々の言葉に従い人類統一を進めようではないか」
明らかに拘束されている者とは思えないその物言いにアスト達は唖然とする。
「さあ……あきらめて我々に従え……。今ならまだ間に合うぞ」
「言いたいことはそれだけか?」
あまりの物言いに、アストはイライラした表情で睨み付けた。
「とにかく……ポータルの場所を教えろ……。敵の補給線を潰す……」
そう言ってアストはギヨームを無理やりに立ち上がらせた。
とりあえずは、この戦争を止めるのが先決だと判断したのである。
「無駄なことだ……」
ギヨームはそんなアスト達を嘲笑う。
アストはその嘲笑を正面から受け止めた。
(たとえ本当に無駄でも、今はやるべきことをやろう……)
アストはそう心の中で呟いたのである。
◆◇◆
そのころ、デンバート軍後方では、次々に運び込まれる負傷兵の治療が行われていた。
討伐士としては能力の劣るノービスであるソーニャだが、治療士としては大人顔負けの活躍を見せた。たとえ足を失った者であっても、それを再生してしまう高度な治療術は、多くの負傷者を救って見せた。すぐにソーニャは、治療士たちのリーダーに抜擢され、その腕を十分に振るうこととなった。
そのおかげもあって、かの強化甲殻兵に対しても圧倒し始めたデンバート軍の士気は、これまでにないほど最高潮に高まっていた。
しかし――、
「嫌な予感がする……」
ソーニャの助手を務めていたグウィリムがそう呟く。
(果たして、敵はこのまま圧倒されるだけなのか? いや……そうはなるまい。私が敵将なら……)
グウィリムは心の中で敵の次にとるであろう策略を予想する。そして――、
「これは……少し警戒した方がいいかもしれん」
そう呟いて天を仰いだのである。
――そして、その心配は現実のものとしてソーニャとグウィリムに襲い掛かってくる。
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