Chapter 6 地底の奥
鉱山都市ロイドから、カシムの塔までは、現代の時間に換算すれば騎獣で走って一時間ほどの距離であった。
深い森の中、ゲイルを走らせていると、森の木々の隙間から塔の天辺が見えてくる。それは山脈の山肌に建てられている、100mほどの円柱型の塔であった。
「あれがカシムの塔か」
「うん、そうだね」
リディアがアストの背後から答える。
アストのすぐ後方を走っているリックルが言う。
「あの塔は、リンが言うには古代統一文明の末期……。ちょうど狂神大戦中の基地の一つだったようだよ」
「狂神大戦……」
それは、かつて支配していた統一文明を滅ぼした大災厄である。
伝承には、狂いし神々が突如として人類を襲い、支配民族が天の魔導を駆使してそれと戦い、何処かへと封じたとある。それはソーディアン大陸歴すらもない遥か古代の事だとリンは語った。
しかし、だとすると――。
「これは、ちょっと嫌な予感がするな」
アストがそう呟く。それを聞いてリディアが言う。
「どういうこと? お兄ちゃん……」
「聖バリス教会が……特に何もない古い遺跡を、何の理由もなく調査すると思うか?」
「それは……まさか……」
「そうだ……ただの学術的意義で聖バリス教会が動いているとは、どうしても俺には思えない。俺が思いつく連中の目的は……」
「古代の遺物……。古代統一文明時代の兵器か何か……?」
リディアのその言葉にアストは頷く。
これは、少しまずいことになっているかもしれない。
アスト達は塔に向かって急いだ。
「まて!!」
しばらく進むとアストがそうリックルに声をかける。
アスト達は森の影に騎獣を止めて、徒歩でゆっくりと塔への道を進んでいく。塔の根元が見えてきた。
「……」
塔の目元、入り口の前に二人の皮鎧を着た兵士らしき姿を見た。
「見張りか……」
「みたいだね」
アストとリディアは顔を見合わせる。
「リディア……魔法で連中の声を聞くことはできるか?」
「うん! 任せて!」
アストの問いにリディアが元気よく答える。早速祈りを始める。
【ヴァダールヴォウ……ベルネイア……。渦巻く風の支配者よ、かの者の音を我が耳に届けよ、ヴァズダー】
不意に、アスト達の耳に男の声が響く。どうやらそれが見張りの声らしい。
『なあ……いつまで俺たちはこんな辺境に居なきゃならないんだ?』
『仕方がないだろ? 例のモノの起動実験が思わしくないんだから……』
『でもなあ……あんなもん起動してどうすんだよ』
『そりゃあ、実験を繰り返して量産化するのさ!
そうすれ妖魔族も異教徒どももイチコロだぜ!!』
『そういえば……起動に成功したら、ロイドに向かわせるんだっけ?』
『そうだ。ロイドを制圧すれば、ミスリル資源を手にして、異教徒どもの弱体化が出来るからな。それをフォーレーン攻略の基盤にするのさ』
『まあ……仕方がないよな。こちらの命令を無視する連中だから……』
『そうだよ。聖バリスの御言葉を信じない異教徒どもは、痛めつけないと理解しないバカ揃いだからな! 当然の報いさ!』
もうアスト達は聞いていられなかった。
「アレは……確かに聖バリス教会の騎士のようだな」
「うん……何とも典型的な赤の民だよ」
「何とも……」
アストはリックルの答えに言葉を詰まらせる。
彼らの異教徒に対するナチュラルな差別が心に刺さった。
「どうする?」
リックルはアストに問う。アストはすぐに決断した。
「騒がれるとまずい……。一人は始末して、もう一人を何とか確保する」
「それは……この距離だと難しいね」
「ああ……一人を始末した瞬間に、仲間を呼ばれる可能性があるからな。だから、リディアの魔法の出番だ……」
アストはリディアの方を見る。リディアは首をかしげて言う。
「消音の魔法?」
「そう……頼めるか?」
「任せて!」
すぐにリディアは祈りを始める。その間にアストは狼上弓を構えた。
【ヴァダールヴォウ……ベルネイア……。渦巻く風の支配者よ、かの者の音を失わせよ、ヴァズダー】
すると、見張りの周りに一瞬竜巻が発生する。
「何だ?」「うぷ」
見張り達はいきなりの突風に目を細めて手で顔をかくしてやり過ごす。
その直後に彼らの周囲の音が消えた。
「?」「!!」
見張りは一瞬異変に気付く。次の瞬間、
二人の見張りのうちの一人の首が飛んだ。
「?!!」
もう一人は声のない悲鳴を上げる。アスト達は一気に駆けた。
アスト達の姿を見た見張りはやっと事態を理解する。セオリー通りに警笛を吹く。しかし音はならない。
慌てて、塔内へと逃げ込もうとした男だが、その足を真っ先にかけてきたゲイルが噛みついて押し倒した。
「!!」
あまりのことに見張りは慌てて頭を抱える。そして、そのまま動かなくなった。
アストは腰の刀を引き抜くと、その男の喉元に突きつける。
リディアが魔法を消した。
「叫ぶなよ?! 叫ぶと死ぬぞ!」
「う……はい、殺さないで……」
アストが見張りを脅す。見張りは大人しく従った。
「お前……聖バリス教会の騎士だな?」
「は……はいそうです。下っ端ですが……」
「その聖バリス教会が、ここで何をしている……」
「それは……」
見張りは言葉を濁す。アストは刀を喉に押し付けた。
慌てて見張りは喋り始める。
「古代の遺物の起動実験のために、この地にとどまっています」
「古代の遺物……それはなんだ?」
「私は見たことはありません……本当です。ただ強力な兵器であることは確かです」
「そんなもの……貴様らは手に入れて。この地に殺戮をもたらすつもりか?」
「う……」
見張りは冷や汗を流す。アストは凶悪な表情で睨み付けながら言う。
「お前の仲間は何人いる?」
「は……はい。兵隊は私を含めて10人ほどです。あと、遺物起動のための教会の神官様と、その助手の方がいるだけです」
アストはそれを聞いて案外少人数だなと感じた。
しかしそれは逆に言えば、その人数でも古代兵器を起動できれば、ロイドを制圧できると考えているということでもある。
(これは、急いだ方がいいかもな……)
アストはそう考えてから本題に入る。
「お前は青の民の男を捕虜にしているか?」
「え?」
「知らないのか? ここで調査を行っていた歴史学者だ!」
「それは知らない……聞いたことがない……。我々が制圧したときはここは無人だった」
「なに?」
アストは疑問符を飛ばす。ならばリンの父はどこに消えたというのか。
とりあえず聞くことは聞いたので、見張りの男をロープで縛り声を出せないように轡をかませて、死体と共に森の影に転がした。
「気が向いたら助けに来る……。ここで寝てろ」
そう吐き捨ててからアストは皆のところに戻った。
「さて……これはまずいかもしれない」
「うんそうだね。ここにあるっていう古代兵器が起動したら、ロイドがめちゃくちゃにされちゃう」
「リンのお父さんも、もしかしたら塔の中で隠れてるのかもしれない」
アストは少し考えてから決断した。
「この塔を聖バリス教会から取り戻す」
そのアストの言葉にその場の全員が頷いた。
◆◇◆
ちょうど同時刻――、カシムの塔の中ほど
「一応忍び込めはしたが……結構入り組んでるな。それにあのバカがいるのは塔の上じゃなくって地下じゃないか……。どこから地下に行くんだ? もう……適当にぶっ壊すか?」
バルディ・ムーアはそうひとりでぶつぶつと文句を言っている。
「しかし……そんな事をしたら、あのバカが『歴史的価値のある遺跡を壊すとは何事か!!』って怒って殺しに来るだろうからな……。はあめんどくせー」
不意に、彼はその場に止まる。
「げ……人が来る。隠れるところが……ない……」
彼は苦い顔をして周りを見回す。今いるのは何もない脇道もない通路だった。
「これは……仕方がないか」
そう言って彼はため息を付いた。
「なるべく壊さないから許してねアークちゃん」
彼は――バルディ・ムーアは、そう言ってにやりと笑って手にした杖を構えた。
◆◇◆
アスト達は、周囲を警戒しつつ塔の第一階へと足を踏み入れた。
しかし、そこは中央に異様に太い柱を持つだけの何もない空間であった。その柱の表面を巡るように二階への階段がある。
「……」
アストは黙ってゲイルの頭をなでる。ゲイルはすぐに皆の先頭を階段へ向かって歩いていく。
階段に脚をかける――
「何の音も聞こえないね?」
リディアがそう呟く。このメンバーの中では、ゲイルを除くと一番耳がいいのがリディアだ。
アストはリディアの言葉に頷いて階段を昇っていく、しばらくすると二階へ着いた。
階段を昇った先はまるで迷路のようになっていた、複雑に入り組んで脇道もあり、適当に歩いていると今どこら辺にいるのかもわからなくなる。しかし、それでも明かりは心配する必要はなかった。壁自体が青白く光っているのだ。
それはアストの家の裏にあった禁則地内を連想させた。
「階段見っけ」
しばらく迷っていると、リックルが三階への階段を見つけてくる。それも慎重に上っていった。
それからアスト達は五階ほど階段を昇った。
ここまでくると、その入り組んだ道のために、容易には帰れないと思われた。そうして通路を歩いていると、不意に明るい光が漏れる場所へとやってきた。そこは外壁が一部壊れており、人ひとりなら通れそうな穴が開いていた。
アストは慎重に外を覗いてみる。外を見ると、はるか下に地面が見える。
どうやら、自分たちは思ったよりも高いところまで塔を昇っていたらしかった。
「空間が歪んでるのか?」
アストが呟く。リディアはそれを聞いて答える。
「塔から感じる魔力が強すぎてよくわからないけど。塔の中と外で空間の距離に違いがあるのかも」
「それは……とんでもない魔法だな……」
魔法の中には瞬間移動など空間を歪ませたりする魔法はあるにはある。
しかし、そう言ったモノは膨大な魔力が必要であり、人間一人では数メートル跳躍するのがようやくというレベルの話である。
これほど巨大な塔にそういった魔法をかけてしまうのは、どれだけ優れた魔法技術を持つのか、かつての古代統一文明の凄さを改めて感じた。
「……」
ゲイルが壁の穴の地面を嗅いで鼻をひくつかせている。
「どうしたゲイル?」
その行動に何かを感じてアストはゲイルに訊ねる。
ゲイルは地面を掘るような仕草をしてアストを見る。
「ここを……誰かが通ったのか」
アストはゲイルのその動作を見て、そう結論付けた。
「こんなところ、出入りするとしたら。見張りに隠れて出ていくためか……忍び込むためか……」
アストは考える。もしかしたらここからリンのお父さんが外へと逃げている?
――でもそうならばなぜ家に帰らないのか。そこが疑問になってくる。
「とりあえず進もう……」
アスト達はその場を離れて、迷路へと帰っていった。
それから階段を三階ほど登っただろうか。アスト達は脇道のない長い通路へと入っていた。
しばらく歩いていくと――。
「?!!」
そこに人を発見した。しかし、それは生きている人間ではなかった。
「これは……聖バリス教会の騎士?」
そこに倒れて事切れているのは確かに、あの時見た鎧の騎士……聖バリス教会統一使徒軍の兵士であった。
その死体は黒く焼け焦げており、明らかに魔法によって死んだように見えた。それも――
「この死体……ついさっきできたもんだよ!」
リックルがそう言ってアストの方を見る。
アストは顎に手をやって考えた。
(さっきのゲイルの反応といい……、この騎士の死体といい……。俺たち以外に侵入者がいるのか……)
アストはそう結論付ける。
目的は何かはわからないが、聖バリス教会と敵対しているその侵入者。必ずしも自分たちの仲間とは言えないかもしれない――警戒すべきだとアストは考えた。
アスト達は死体を避けて奥へと進む。再び迷路地帯へと足を踏み入れる。そして――、
「見ろ!」
アストが静かに叫ぶ。目前に金属の扉が見えてきた。
アスト達はなるべく音をたてないように扉へと近づく。すると――、
「あいつ遅いな……。どこにいったんだ?」
「知らねえよ……。外の空気を吸ってくるって言ってたが?」
扉の向こうから複数人の喋る声が聞こえてくる。
「司祭様もいい加減あきらめないかね? こんな何もない辺境でいつまでもいたくねえんだが」
「そうそう……これなら、異教徒どもを潰してまわる方が楽しいぜ」
その言葉を聞いてアストは確信した。
この奥にいるのは聖バリス教会の騎士たちだと――。
アストは改めて扉の周囲を見渡す。その扉以外には右へと通路が続いている。
「……」
アストは少し考えてから、右の通路へと足を向けた。
「あいつらはほおっておくの?」
リックルは訊ねる。それにアストは答える。
「いや……あいつらは後で何とかする。でもその前に、こちらを探索して背後から奇襲される可能性を潰しておきたい」
「なるほど……」
リックルは納得する。確かにこのまま戦って、こちらの方向から敵の友軍が来たら、自分たちは挟み撃ちにされてしまう。
アスト達は慎重に歩みを進める。しばらくすると、大きなフロアーに出た。
「?」
そこには誰も――そして何もなかった。ただ一つ地面に空いた巨大な穴を除いて。
「これって……」
アストはその穴を覗いてみる。それは遥か地底へと続いていた。
アストはその時はっと閃いた。一階にあった中央の異様に太い柱、それは――。
「中が空洞になって、地下へと続いていたのか……」
この塔の構造をやっと理解する。そして、アストは一つのひらめきを得た。
「まさか……」
「何? お兄ちゃん?」
「聖バリス教会の連中はここに来たとき、他には誰もいなかったって言ってたよな?」
「うん、そうだね」
「連中この奥は調べたのかな?」
「え? それってまさか……」
アストとリディアはそう言って顔を見合わせていると、リックルが動いた。
「フム……それは。調べてみるよ……」
リックルは穴の傍の地面を丹念に調べる。そうしてしばらくすると――。
「これ見て!!」
そうリックルが叫ぶ。アスト達はリックルの元へと集まった。
「これ……登攀用ロープの鉤爪をかけた跡だよ」
「それじゃあやはり……」
「うん……誰かこの奥へと降りて行ってるね」
それは聖バリス教会か――それとも――。
アストは決断する。
「よし……ロープを出してくれ。ここを降りるぞ」
「え? マジ?」
リックルが驚いて言う。
「俺のカンが正しければ……この下にいるのは」
そして、そのアストのカンは見事に的中するのであった。
◆◇◆
遥か地底の底、そこに一本のロープが垂れてくる。
「おい。誰か降りてくるみたいだが? お前の仲間か?」
その男は、バルディ・ムーアに向かって言う。しかし彼は首を横に振る。
「いや? 俺は一人で来たぞ。聖バリスの連中じゃないか?」
バルディ・ムーアは笑って答える。
「それはまずいだろう。どうすんだ」
「いや。どうするって……。降りてくるまでに、魔法で焼くか?」
「それは……ちょっと。もし助けだったらまずいしなぁ……」
そう言って男は顎髭をなでる。
「それじゃ。待つしかないだろ?」
「……」
そのバルディの言葉に男は黙り込んだ。
そして――、
「あ?!」
アストが先頭で地下へと降りてくる。それを見てバルディは言った。
「ありゃ、少なくとも聖バリスの連中の味方じゃないな。アレは騎狼猟兵の鎧だ……」
「そうか……ならばリンの呼んだ助けかもしれんな」
男はなんとか立ち上がろうとする。しかし、痛みに顔を歪めて、立ち上がるのをやめた。
「ふう……これはやはり足をやっちまってるな」
「すまんね……俺は攻撃専門だからな」
「役に立たねえ……」
男はバルディをジト目で見た。
アストが地面へと着地する。バルディたちの方を見た。
「あんた……リンの父親のアークだな?」
アストはバルディではなくもう一人の男を見てそういった。
それも当然……、バルディは銀の髪で赤い瞳をしていたからだ。ここにいる金髪碧眼はその男しかいない。
男は笑った。
「ああそうだ。俺がアークだ。あんたリンを知っているんだな?」
その男・アークは顎髭をなでながらアストを観察する。その背後にリディアたちも降り立った。
「リンに言われてあんたを助けに来た」
「そうかい。そりゃ助かった。こいつを呼ぶ必要もなかったか?」
そう言ってアークはバルディを見た。バルディは苦笑いして頭をかいた。
◆◇◆
「なんだと!!」
そうアークは叫ぶ。
「それで……その傭兵どもに襲われていたのを君が助けてくれたのか?」
「はい……。とても危ない所でした」
「むう……」
アストの言葉を聞いてアークは黙り込む。それにリックルが言葉をかける。
「出かけるのはいいけど。連絡する手段ぐらいは用意しておいた方がいいよ。今の時代、一人娘じゃどんなことがあるかわかったもんじゃないんだから」
その言葉にアークは頭を下げて、
「そうだな……俺が軽率だった……。まさかことがあったとは。今度からは、連絡手段を確保して、こんな無茶なこともしないと誓うよ」
そう答えた。
「しかし……、こんなところで二人で隠れてらっしゃったんですか?」
アストがそう聞く。するとアークは、
「いや……俺一人だ……。この男、バルディはさっき来たばかりだよ」
そう言って笑った。アストは不審げに眉を顰める。
「でも……ロープとかかかってなかったような? 此処にはどうやって?」
そのアストの言葉にバルディは、手にした杖を前に差し出して言った。
「こいつさ……」
「あ!!」
リディアが驚いて声をあげる。その杖に装着されている五つの精霊固定具に気づいたのである。
「貴方……魔女……魔法使いなの?」
そのリディアの問いにバルディは笑って答えた。
「そうだ……俺は魔法使いさ。その魔法を使ってここまでひゅーってね?」
「空を飛んできたの?!」
リディアはさらに驚く。飛行の魔法はそうそう身に着けている者のいない超高等魔法なのだ。
目前のバルディという男がどれほどの実力者なのか、アスト達はこの時やっと理解した。
「それじゃあ……もしかして、あの聖バリス教会の騎士の死体は……」
「え? ああ……」
そのアストの言葉に、苦笑いで答えるバルディ。その顔を見て真っ先に反応したのはアークであった。
「おい……バルディ? お前まさか遺跡内で攻撃魔法を使ったのか?」
「え? あ……」
アークの凶悪な睨みにバルディの顔が引きつる。
「いや……そんなに傷つけてないから……大丈夫……」
「……」
バルディはそう言って言い訳をしたが、アークは黙って睨む。
「ごめんなさい」
バルディは素直に謝った。そのやり取りにアストは口を挟む。
「いや……その場所は隠れる場所がなかったから、彼も仕方がなくでしょう? そんなに怒ることじゃ……」
そのアストの言葉にアークは、
「こいつは……バルディは超がつくほど天才魔法使いだ……。攻撃魔法を使わずとも、目標を制圧する手段は五万と知っておる。それを、こいつはめんどくさいという理由で、手っ取り早い攻撃魔法を使ったんだ。そうだな? バルディ」
そう言ってバルディを睨む。バルディは苦笑いして言った。
「いや……まあその通り」
どうやらバルディの事はアークがよく知っているらしい。アストは口を挟むのをやめた。
「さて、今からここを脱出しようと思うのですが……」
アストはそう言って話を変える。アークは自分の脚を見て言った。
「俺は……この脚が治らんとここを出られんな」
「脚? 挫いてるんですか?」
アストの言葉に頷くアーク。
「うむ……最悪折れているかもしれん。ここを降りるとき足を踏み外した」
「聖バリス教会の連中から逃げるためですか?」
「……いや? 現在この塔を聖バリス教会が制圧しとるという話はこいつから聞いたばかりだ……。俺はこいつの調査のためにここに降りてきたんだ」
そう言って自分の後方を指さす。
「それって……この壁画ですか?」
アストが聞く。そう――今現在いる地の底――、その壁にはびっしりと壁に絵や文字が書かれていたのである。
「こいつは……間違いなく古代統一文明時代の壁画だ……。見た感じはおそらく専門の職人によって書かれたのではなく……、此処に詰めていた古代人がかなり適当に乱雑に書いたものと思われるが」
「へえ……俺には普通に綺麗な壁画としか見えませんが……」
「まあ……専門の歴史学者でないと分からんことだからな。職人のものと見分けはつかんだろう」
アストの言葉にアークは頷いてから言う。
「こいつは……俺の推測では、此処を避難所にしていた者達がかいた落書きだろうと思っておる」
「落書きなの?」
リックルが驚いた表情で言う。
「落書きと言っても。家族への祈りの言葉や、無事を願う言葉、遺言など様々だが。これは、その当時のことを知る重要な資料なのだ」
「へえ~落書きがねえ」
リックルはそういって周りを見る。リックルの目にも、壁画は綺麗な模様のようにしか見えなかった。
「おいアーク……その話はここまでにした方がいいぞ?」
「むう?」
「せっかく助けが来たのに……、歴史学の授業で時間を潰すつもりか?」
バルディがジト目でアークを見る。アークはため息を付いて言った。
「それはそうだが……脚はどうする? これではロープは登れんぞ?」
「む……」
アストは考える。
自分たちには治療魔法を扱えるものがいない。リディアは雷関連魔法専門の魔女だし、リックルは魔法が使えない。自分が彼を背負うと言うのも考えたが、アークの体格的にかなり危険な行為だ、高確率で落下する。
「……ふう」
リックルが不意にため息を付いた。
「私が治療するよ」
そう言ってリックル前に出る。
「え? でもリックルは魔法が……」
「これなーんだ?」
そう言ってリックルは懐から宝石を一個取り出す。
「あ!! 精霊固定具!!」
リディアが驚いた顔をする。リックルはいたずらっぽく笑って言った。
「ごめんね二人とも。あたし実は魔法が使えるんだ、治療魔法だけだけどね?」
「そんな……知らないとばかり……」
リディアが狼狽えながら言う。
「黙っててごめん……。黙ってたのはパック族がこの世界で生きていくための知恵で、切り札として隠してたんだ……」
「そうだったの……」
リディアが少しだけ落ち込む、リックルとはわずかの間にかなり分かり合えたと思っていたからだ。
「リディア……落ち込むな。リックルにはリックルの事情がある。今教えてくれたのは、俺たちを本当の意味で信用してくれたてことだろ?」
そのアストの言葉にリディアの表情が明るくなる。
「そうだよね! リックル!」
リディアの呼びかけにリックルは笑顔で答えた。
「うん……だから、私が魔法を使えるのはここだけの秘密ね?」
「わかった!! 秘密!!」
リディアとリックルはそう言って笑いあった。
「さて……」
リックルはさっそくアークの脚に手を当てる。そして歌を歌い始めた……。
「うわ……」
リディアが思わず声をあげる。
その歌はそれまでのリックルとは思えないような、美しく透き通った歌声だったからである。
すると――、
「ぬ?」
アークが突然立ち上がる。
「これは! なんと!!」
それまで動かさなかった足をいろいろ動かして試している。足は綺麗に治っていた。
「これなら……ロープを昇れるぞ!!」
そう言ってアークは歯を見せて笑った。
◆◇◆
アスト達はアストを先頭にロープを一人ずつ昇っていった。
無論、聖バリス教会の騎士が待ち構えている可能性を考えたからである。しかし、それはいろんな意味で無駄になった。飛行の魔法を使ったバルディが、さっさと昇って行ってしまったからだ。
「便利だけど……、他人には使えないんだねアレ……」
リディアが一人呟く。アストは苦笑いしながらロープを昇っていった。
そうして、全員がロープを昇り切った時、アストは皆に向かって宣言する。
「アークさん……貴方はバルディさんと共に、ロイドへ帰ってください。俺たちはこの塔の聖バリス教会の騎士どもを何とかします」
「ふむ……お前らだけで立ち向かうつもりか?」
アークは眉をひそめてアストに言う。
「一般人であるアークさんを戦いに連れていくわけにはいきませんから……」
そのアストの言葉にアークは笑った。
「はは!! 俺が一般人だと?俺はお前らひよっこよりたくさんの修羅場をくぐっているぞ。その聖バリスの連中は俺が成敗してやるわ!!」
「でも……」
それでも食い下がるアストに、アークはその肩に手を置いて言った。
「大丈夫さ……俺にはそこのお嬢ちゃんみたいな切り札があるからな……」
そう言ってリックルを見る。
「切り札?」
アスト達そのアークの言葉に疑問符を飛ばしたが、アークは笑うだけで答えなかった。
こうして、カシムの塔の聖バリス教会と、アスト達の戦いの火ぶたは切られたのである。
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