Chapter 7 鋼鉄の巨人
その時、聖バリス教会騎士カルッセルは酒をかっ喰らっていた。
俺がこの辺境の地にやってきてもうどれくらい経つだろう。
本国であるリヒト公国では、天才剣士として女性たちの憧れの的だった俺だが、この辺境ではその女性たちもおらずただ詰まらない戦いに明け暮れるだけであった。無論、我らが聖バリス教会の意向に背くつもりは毛頭ない。しかし、貴族としてきらびやかな世界で生きてきた俺様にとっては、この辺境は……ぶっちゃけ臭くてたまらんのだ。
「はあ……黄の民ども……とっとと全滅しないかな」
そう言ってただ俺は酒をかっ喰らう。
はっきり言って黄の民の連中がどうなろうが知ったことではない。奴らが仲間になっても、臭いだけで役には立たんだろう。それに、かの魔龍アールゾヴァリダなど我らが聖バリス教会の威光の前では、どうせ地に這う蛇程度に過ぎないのだ。
我らには聖バリスがついているのだから!!
「はあ……」
俺はまたため息を付く。
聖バリスの司祭様はいったい何を考えているのか、このカシムの塔の頂上で古代の遺物をいじくっている。そんなモノ、俺ほどに役に立つものか。この天才剣士カルッセル様ほどに――。
それなのに――、なぜおれの言葉を無視するのか。
俺はリヒト公国大公ラベルトの息子だぞ!!
いくら、連中が聖バリス教会の使徒とはいえ苛々してくる――。
「はあ……何か大きな事件はないものか……」
そう俺は呟く。
そんな時、突然俺たち聖バリス教会騎士八人が詰めている部屋の扉が開く。
そう言えば、ジーンの奴が出て行ったきり戻ってこなかったっけ? やっと帰ってきたのか長い小便だな――。
――と、不意に扉を抜けて何かが飛び込んでくる。それは、俺の身長を超えるほどの巨体の狼だった。
「な?!!」
一瞬俺は酒による幻覚だと思った。しかし、どうやらそうではなかったらしい。
その巨大な狼は、驚き狼狽えている仲間の一人の首に喰いついて、それを食い千切ってしまったのだ。
俺はやっとこれが敵の襲撃であると理解した。
騎士たちは皆、身の回りに置いていた長剣を手に取って構える。そんな俺たちの部屋に、二人の影が飛び込んでくる。
「は!!」
そいつは気合の声と共に手にした長剣を振り抜く。それでもう一人の騎士が胴から血を吹き出して倒れる。
それは、おそらく40代はいっているであろうおっさんだった。
「動くな!!」
そう叫んだもう一人の影は黒髪の若い男。
そいつは、先ほどのおっさんとはうって変わって、かなりの殺気をもって騎士の首を切り飛ばす。
こうして俺の仲間は、一瞬にして八人から五人へと減った。
俺は長剣を抜いて若い男へと切りかかる。それはその男がいかにも折れやすそうな細い剣を使っていたからだ。
「かか!! 辺境の蛮族が!! そんな細い剣で俺のバスタードソードを受けられるか!!」
俺はそう叫んで真上から剣を叩き落とす。俺の剣撃にその細い剣は耐えられないはずだ。
シャリン――
それは一瞬の事であった、その若い男は刀の鎬でその長剣を受けて、その軌道を横へと流したのである。
「え?」
その瞬間、俺はやっと理解する、目の前の男は相当の達人だと。
でも、そう認識するのはあまりにも遅すぎた。
その若い男は、俺の長剣を受け流したその体勢で、さらにこちらに一歩踏み込んできた。そして、受け流した刀をそのまま上斜めへと振り抜いて、俺の首を切り飛ばしに来たのである。
俺は長剣を振り抜いて、それを受け流されてしまったことで前につんのめっていた。
そこに男の剣の刃が到達した。
「ああ……事件が起これなんて言わなきゃよかった」
その直後、俺の視覚は迫ってくる地面を捉えた。当然のごとく、俺の首は飛ばされてしまっていたからだ。
こうして、天才剣士とうたわれた俺の人生は終わった。
◆◇◆
それは一瞬の出来事であった。
鉄の扉を押し広げて入ってきたアスト達が、聖バリス教会の騎士のうち四人までも一瞬にして切り倒したのは。残りの四人は、なんとか体勢を立て直そうと、アスト達から距離を取る。
しかし、そう上手くは事は運ばなかった。
次に部屋に入ってきたバルディが真言を詠唱する。
【ヴァダールヴォウ……ソーディアン……。魔なる短剣よ、天より来たりて戦陣を貫け、ヴァズダー】
<
その瞬間、バルディの周囲に輝く短剣が四本生まれる。それらの短剣はバルディが指を鳴らすと、一斉に騎士四人それぞれに向けて飛翔した。
弧を描いて騎士たちの身に突き刺さる。
「があ!!」
その一撃を受けて騎士たちは人形のように崩れ落ちる。みな息絶えていた。
こうして、瞬く間に聖バリス教会騎士団は壊滅させられてしまった。
「ここにいたのは八人か……」
手に長剣を持ったアークが呟く。それにアストが答える。
「ええ……聞いた話では、兵士は十人いたということですから」
バルディが横から口を出す。
「俺が一人倒してるから……。後一人どこかにいる計算だな……」
「そりゃ……おそらく遺跡のもっと奥だろうな」
アークがそう言って今いる部屋の奥を指さす。そこに、さらに奥に向かうための鉄の扉があった。
「じゃあ、あとはその兵士一人と、聖バリス教会の司祭とその助手だけだね……」
リックルがそう呟く。アストは皆に向かって言った。
「急ごう……今にも奴らは古代の遺物を起動しているかもしれない」
「そうだな……。まあ、そいつが動いているのを少し見たいような気もするが」
アークはそう言って笑う。その場の皆が『冗談じゃない……』と心の中でつぶやいた。
◆◇◆
その部屋の扉の奥、その向こうも迷路のように入り組んだ通路が待っていた。
しかし、アスト達は迷うことはなかった。なぜなら、一見入り組んでいるようでただ一本の道でしかなかったからである。そうしてしばらく歩いていくと巨大なホールに突き当たった。
その中央には太い柱がありそこに大きな鉄の扉がついていた。
「ここが……以前の遺跡の最奥だよ」
「そうなんですか?」
「目前のあの扉……アレは、何を使っても空けることが出来なかった。周りの壁を壊すことも考えたが、それも妙な防御魔法で無理だった。だから、俺はここから奥へは、いったことがないのだ」
「ふむ……」
アストはアークのその話を聞いて、ゆっくりと慎重に鉄の扉へと近づいていく。
(罠の様なものはないか……)
その扉に触れて耳をつけてみる。
「やはり何も聞こえんか……」
それは予想した通りの事であったが、次にアストはその扉にある取ってを握る。
そして、ゆっくりと力を込めて引いてみた。
ゴゴゴゴ……
音を立てて鉄の扉が開く。
「これは……奴らどうやってこれを空けたんだ?」
アークが驚いた顔で開いた扉を見る。
「もしかしたら……俺らの知らない手段を聖バリス教会は握っているのかもな」
そんな事をバルディは呟く。アークは苦い顔で顎を撫でた。
「とにかく奥へ進もう……。この先は階段になっているぞ」
アストがそう促すと、皆は頷いてアストに続いた。
アスト達はなるべく足音を立てないように慎重に階段を昇っていく。そして階段を昇ったところにそれはあった。
「な?! これは書庫?!」
そう、そこにあったのはずらりと並んだ本棚である。その一つ一つはかなり古いようで、背表紙が朽ちてしまっているものも多い。
「これは……何という宝の山!!」
アークがそう言って目を輝かせる。そんなアークにバルディがジト目で言う。
「おい……本を読んでる時間はないぞ? 奥に進むぞ」
「む……、少し待っても……」
「だめだ……」
そのバルディの言葉に、肩を落として落ち込むアーク。
「まあ……後で調べればいいんじゃないですか? 本は逃げませんよ?」
アストが苦笑いしてそう言った。
「そうか!! そうだな!!」
アストの言葉に元気を取り戻したアークは張り切って奥へと進んでいく。
そして――、
「また階段……」
それは塔の外壁内を縫うように作られた階段。
それに脚をかけるアスト達――すると、
「ようこそ侵入者の諸君……。わが実験場へ」
そう言葉が階段の上から響いてきた。
(ばれてる?)
アスト達はその言葉を聞いて、意を決して階段を駆け上がる。その先にソレは待っていたのである。
「な?!!」
天井まで8mはあろうかという巨大ホール。その中央に巨大な人型が立っていた。 それは全長5mはあろうかという鋼鉄の人形であった。
その隣に、二人の赤の民が立っている。
「ほうほう……なかなかの面構えだな? さすが我が配下を潰しただけのことはある」
「貴様が聖バリス教会の司祭か?」
アークがそう呟く。それに赤の民の一人が答えた。
「その通り。最も、私は古代遺物の研究を専門にしておる名誉司祭だがな」
「魔法は使えんということか?」
「そう……ただの研究者だ」
「ならば……もう抵抗はやめろ」
そうアストが叫ぶ。それに対してその司祭は不気味な笑いで答えた。
「いやだと言ったら?」
「お前を切る……」
司祭の答えにアストが凶悪な表情で答える。しかし、
「フフフ……果たして君たちが私を切れるかな?」
「何?」
「分からんか? 起動実験は成功したのだ……」
「!!」
アストはその司祭の言葉に驚く。司祭は笑って言う。
「クク……これは本当に簡単な話だった……。起動のためのコアを人の脳で補強すれば、起動は可能だったのだ……」
「それって……ま、まさか……」
リディアが狼狽えた表情でつぶやく。残り一人の兵士の行方が分かったからだ。
アストは司祭に向かって叫ぶ。
「お前……人を……仲間を実験材料にしたのか?」
「ああ、その通りだが? これは聖バリス教会よりの勅命……。実験材料になった者も、我らの礎になれて喜んでいるだろう」
「貴様!!」
あまりのことに、その場の皆が司祭を睨み付ける。
司祭はその顔を軽く受け流して言う。
「では……次は、こいつの性能実験に移ろうか?」
「く!!」
その司祭の言葉に、その場の皆が武器を手に身構える。
それらを見下ろす鋼鉄の人形の瞳が、確かに怪しく輝いた。
「さあ……やつらを殺せ……」
その司祭の言葉は、死神の死の宣告に聞こえた。
◆◇◆
「思ったよりしょぼいのう……」
その鋼鉄の巨人を見てアークが言う。その言葉を聞いてアストは心の中で突っ込みを入れる。
(いや……アレはかなりまずいだろ。5m級のサイクロプスと同じ大きさだから、最低でも対軍兵器クラス……。さらに、鋼鉄で完全武装してるから、ほぼ対都市クラスの兵器とみて間違いない。それにあれ……)
目前の鋼鉄の巨人は、とんでもない大きさの
(横凪にされたら、一瞬で全滅もありうる……)
この鋼鉄の巨人、確かにロイドへと向けたら、その守備隊ごと壊滅させることも可能だろう。そう考えつつ間合いをとるアスト達を、見下ろすような目で見る聖バリス教会の司祭。
「さあ……やれ!」
司祭がそう言うと、その言葉に反応して鋼鉄の巨人の脚が動く。
ズン!!
地面を揺らしながら鋼鉄の巨人は一歩を踏み込む。そして、
ドン!!
大きな衝撃音を発しつつ、一気にアスト達の方へと駆けたのである。
「くそ!!」
アストは咄嗟にゲイルの背に飛び乗る。ゲイルは横っ飛びで、鋼鉄の巨人の間合いからぬける。
アークは自身の脚力だけで身を低くしながら横へと飛ぶ。
残りのリディアたちは、とりあえず階段の下へと退避した。
ブン!!
風切り音とともに横凪に斧が一閃される。アークの体をその刃がかする。
アストはゲイルに括り付けられている狼上弓を手にとる。そして矢をつがえて引き絞って放った。
ガキン!!
的確に巨人の頭部を狙った矢はその鋼鉄の体にはじかれてしまった。
その攻撃を受けて、巨人の攻撃目標がアストへと変更される。
「ゲイル!!」
アストはあえて巨人の方へとゲイルの頭を向ける。姿勢を低くして、巨人へと突っ込んでいく。
巨人が斧を横凪に振るった。
トン!
ゲイルは軽くジャンプして横凪に振られた斧の刃に脚をのせると、そこからさらに上空へと飛翔する。
アストは腰の刀を抜いて横凪に振るった。
ザク!!
その斬撃は巨人の鎧と鎧の隙間へ吸い込まれる。黒い液体が飛ぶ。
「これで!!」
アストが叫ぶのと、巨人が足を地面に踏みしめるのは同時であった。
巨人は先ほどの一撃でよろけつつ斧を振るう。ゲイルの体を斧がかすった。
「こっちだ!!」
不意にアークが巨人へと突っ込んでくる。そして、
ザク!!
今度はその手首を長剣で切り裂く。再び黒い液体が飛び散った。
ごおおお!!
巨人は咆哮をあげながらアークに向けて斧を横凪する。アークは地面に手をついてその斧を避ける。
「フン!! あたらんわ!!」
その顔には余裕すら見て取れる。
こうして、ホール内では鋼鉄の巨人と、アストとアークの激しい戦いが繰り広げられたのである。
その時、階下では――。
「まずいよ……あんなのどうするの?」
リックルが怯えた表情で言う。階段の上から地響きが聞こえてくる。
「魔法を当てれば何とか……」
リディアがそう言うが――。バルディは真剣な表情で答えた。
「階段から上に顔を出したら、普通に死ねるぞ? その状態でどう攻撃魔法を打つ? あの巨人がこっちの呪文詠唱を待ってくれるとは思えんのだが……」
確かにその通りである。
広い平原などの開けた場所なら、遠くから敵を狙い撃ちにできるだろう。
しかし、此処は塔の内部、狭い空間で巨人が暴れているのだ。そんな場所では、あの鋼鉄の巨人の進撃を防げる盾がない限り、長い準備時間を必要とする魔法使いは役に立たない。
「でも……このままじゃ。お兄ちゃんが」
リディアはただアストの身を案じる。いま上の階では、アストが鋼鉄の巨人相手に戦っているのだ。
その顔を見てバルディは顎を撫でながら考える。
(攻撃魔法は巨人の攻撃優先順位をこっちに向けてしまう可能性が高い。一回攻撃できても、その後の巨人の攻撃でお陀仏になる可能性が高い。ならば……)
バルディはリディアに聞く。
「攻撃以外の魔法は知っているかい?」
「え? それって……」
「要は、こちらに巨人の目が向かなけれない良いんだ。だから、サポート系の魔法なら……」
そのバルディの言葉にリディアは頷く。
「わかった! やってみよう!!」
リディアは階段を上がって頭だけ階上へと出す。そして、真言の詠唱を始めた。
【ヴァダールヴォウ……ベルネイア……。雷の娘よ……、破壊を呼ぶ雷鳴よ。かの者の武器に宿ってその敵を焼け、ヴァズダー】
<
その瞬間、アストの刀と、アークの長剣に、青白い電光が宿る。
(リディアの援護か!!)
アストはすぐに理解する。アストはリディアの方を向いて頷いた。
「これなら!!」
アストは魔力の宿った刀を手に、ゲイルを走らせる。一気に巨人との間合いを詰めた。
「いけええええ!!」
気合一閃横凪に刀を振るう。その刃が巨人の首へと到達する。
ギャキイイイイイイイイ!!
凄まじい音と共に、その巨人の首が半分まで切り裂かれる。凄まじい量の黒い液体が噴出する。
「ほう!! やるなアスト!! 俺も!!」
アークはその光景を見て、一気に巨人の足元へと駆けた。その長剣が一閃される。
ガス!!
鈍い音と共に、その足が切断される、巨人は片足首を失ってたたらを踏んだ。
その、戦いを聖バリス教会の司祭は驚愕の表情で見ていた。
兵士の命すらかけて起動させた鋼鉄の巨人が、二人の人間にいいようにあしらわれているからだ。
(まさか……こんなことがあっていいのか? あり得ない……古代兵器がこんなやつらに……)
それは当然と言えば当然の思いであったが、一つ彼は理解していなかった。目前のアストとアークが、自分の認識を超えた達人であると言うことを。
もし、これがロイドの警備兵だったら、無残にも全滅させられ血の海になっていただろう。しかし、彼らは明らかに常識を超えていた。
もちろん、アストの方はゲイルとの連携によるものであるが、アークの方は純粋に個人の力である。
ギリギリで何とか戦っているアストに対し、アークには余裕すら見て取れた。
「くそ……このままでは」
アークの一撃が、今度は巨人の手首を切り飛ばす。それによって、巨人は全力で斧を振ることが出来なくなった。
その動きが目に見えて鈍くなる。
「このままでは……聖バリスの威光が……」
聖バリス教会の司祭は唇をかむ。その間にも二人の達人によって巨人は切り刻まれている。
――と、その時、傍らの助手が、司祭に耳打ちする。
「ち……それしかないか……」
そう呟いて苦い顔をする司祭。
「だが、こうなった以上仕方あるまい……。鋼鉄の巨人よ!!!!」
不意に司祭が叫ぶ。その声に巨人が一瞬止まる。
「そいつらをまとめて吹き飛ばせ!!」
その声に答えるように巨人の目が赤く輝いた。
その司祭の言葉に、一瞬で事態を察したのはアークであった。
「まさか!! こいつ自爆するのか?!!」
「え? 自爆?」
アークの叫びに、驚きの声をあげるアスト。
おおおお!!
巨人は咆哮をあげながら一気にリディアたちの方に向かって駆ける。
敵対者が最も固まっている場所へと向かったのである。
「まずい!!」
アークが叫ぶ。リディアたちは慌てて階下へと退避しようとする。しかし、
ドカン!!
轟音と共に床が抜ける、巨人は敵を逃がすまいと床を破壊してまでも、リディアたちの元へと向かった。
「リディア!!」
アストは悲鳴を上げる。このままではリディアたちが自爆に巻き込まれる。
その先にあるのは――死。
次の瞬間、鋼鉄の巨人の胸が赤く輝き始める。
爆発の瞬間が迫る――。
「この阿呆が!!」
その時であった、アークが懐から一丁の銃を取り出したのは。
「え?」
アストはその銃を見て驚く。この世界には――少なくともソーディアン大陸には『拳銃』という武器は存在しないはずだ。
でも――アークはそれを手にしている。
(まさか……あれがアークさんの……切り札?)
次の瞬間、アークの手の中の銃が火花を発した。
ドン!!
炸裂音と共に弾丸が飛翔する。
ガン!!
その一撃が巨人の脳天を砕く。それで巨人の侵攻は止まった。
そして、
【ヴァダールヴォウ……ソーディアン……。衝撃よ前にあれ、ヴァズダー】
ボン!!
バルディの短い詠唱と共に、巨人が空中へと吹き飛ぶ。
その直後、
ドカン!!
空中で巨人は爆発したのである。
その装甲が粉々に吹き飛んで地面を抉る。アスト達はなんとかその破片の雨を避けた。
しかし、避けることが出来ない者もいた。そう、あの聖バリス教会の司祭とその助手である。ひときわ大きな破片が彼らを襲って、彼らを無残に潰してしまったのである。
それはまさしく自業自得だと言えた。
「な……何とかなったか……」
アストはゲイルの背中にへたり込む。ゲイルが心配げに唸った。
「お兄ちゃん!!」
そのアストのもとにリディアがかけてくる。その無事な姿を見てアストはホッと胸をなでおろした。
こうして、カシムの塔の古代遺物を巡る戦いは終わりを告げた。皆は、ぞれぞれの無事を喜んで健闘を称え合った。でも、ただ一人、難しい顔をして顎を撫でる者がいた。 それはバルディであった。
(聖バリス教会……。遺跡を開放する手段を知っていた……。それじゃあ、まさか……『あの事』もすでに知っているのか? これは……詳しく調査すべきだな……)
バルディは一人天を睨む。
その赤い瞳に見えているものはいかなるものか?
アスト達はこの時点では理解していなかったのである。
◆◇◆
「お父さん!!」
アスト達がアークと共にロイドの街に帰還すると、リンのアークを呼ぶ声が出迎えてくれた。
「お父さん……。無事でよかった……」
リンは目に涙をためてそう呟く。アークはすぐさまリンの元へと走って行って……、
「すまん!! リン!!」
その場に土下座した。
アスト達はその光景を見てあっけにとられる。
当のリンも驚きの表情でアークを見つめている。
「お前が危険な目に合ってしまったのは俺のせいだ!! 俺がいい加減なせいで、娘を失いかけるとは……、死んだ母さんになんと詫びればいいか!!」
「お……お父さん……。別にそこまでしなくても……。皆が見てるよ? 恥ずかしい……」
「いや!! 俺みたいな男はこれぐらい反省しなければダメだ!! リン!! すまなかった!!」
リンは優しげな笑顔でアークを見つめる。
「お父さん……。私はお父さんが無事ならそれでいいのよ? お父さんには、自分のことを頑張ってもらいたいの……。母さんが亡くなってから、いつも私のことばかりで、自分の事なんて何もなかったでしょ?」
そのリンの言葉に、アークはついに泣き始める。
「リン!! 俺はなんて幸せ者だ!! こんなにも俺を想ってくれる娘がいるなんて!!」
アークはリンを抱きしめて叫ぶ。
その光景はとても――というか、かなり大げさではあるが、とても微笑ましいものであった。
「いつ見ても暑苦しい家族だな……アーク」
バルディがそう言ってアークをジト目で見る。
「フン!! 嫉妬はよせバルディ。お前も家族を持ったら分かる」
「そうかね?」
バルディはつまらなそうな表情でそう呟く。そして、
「俺はここで別れることにするぜ……。待ち人がいるからな」
そう皆に告げて去っていこうとする。
「バルディ!!」
アークがバルディを呼び止める。
バルディは一瞬だけ振り返ってからそのままロイドの外へと歩いていく。
「役には立たなかったが!! 助かったぞバルディ!!」
その言葉に、バルディは手をひらひらさせるだけで答えた。
「バルディさん……忙しそうね」
リンがバルディの背中を眺めつつ言う。アークはそれに顎を撫でながら答える。
「あいつは……仕事が仕事だからな……。無茶ばかりしおって……」
不意に横からリディアが口を出す。
「バルディさんって……どんな仕事をしているんですか?」
その問いに対しアークは少し考えてから答える。
「あいつの仕事は……詳しいことは言えんが、宮廷魔術師の様なもんだ……。王佐をこなしつつ大陸中の事件に目を光らせ……。そして、大規模な混乱を未然に防ぐ……。それは大変な仕事だよ……」
「そうなんだ……。とんでもない魔法使いであることは分かるけど……」
その言葉にアークは一つだけ彼の秘密を語る。
「バルディは……。やつ個人だけならどんなところへも飛んでいける超長距離移動魔法を持っておる。やつという魔法使いは、そのレベルということだ……」
「え? それって、本当にとんでもない話なんだけど……、本当の話です?」
リディアはさすがにアークの言葉に疑問を持つ。
そんな長距離移動魔法を扱えるなど、どれほどの超人であるか分かったものではない。
「信じる信じないは、君の意思次第だよ。まあ俺の戯言と思っておいてくれ……」
そう言ってアークは歯を見せて笑った。
◆◇◆
アスト達はリンとアークの家に招かれ、食事をすることになった。
リンの暖かな手料理が、アスト達の疲労を洗い流していく。
「本当にありがとうございました。アストさん」
改めてリンはアスト達に頭を下げる。アストは笑って答えた。
「いいんですよ。こっちもいろいろもらっちゃったわけですし。正当な取引ってやつです」
「でも……それでも感謝したいんです。父さんは私のたった一人の肉親だから……」
リンは嬉しそうにアークを見る。
アークは一人、話に入らずリンの手料理を頬張っている。
「マジこのおっさん自由だよね……」
リックルがあきれ顔でアークを見る。リックルのその言葉にリディアが反応する。
「おっさんは失礼だよ。リックル」
そのやり取りを苦笑いしながら見るアストは、一瞬考えてからアークに向かって言った。
「あのアークさん? 後で個人的にお話があるんですが。いいでしょうか?」
アークはその言葉を聞いてか聞かずか、手をクイッとあげるだけで返事をした。
リディアが少し心配げな表情でアストを見る。
「お兄ちゃん? 話って?」
「いや……個人的な話だから……。ごめん……」
リディアの問いにアストははぐらかすようにそう言った。
リディアは少し不満げに――しかし、承知して頷く。
それからは、その話がなかったかのように、冒険の話などで盛り上がった。
こうして、リンの手料理を囲んだ晩餐は過ぎていったのである。
◆◇◆
その夜、リン達の家の一室――アークの部屋にアストはいた。
「それで? 話とは何だ?」
アークは至極まじめな表情でそう言う。それにアストは真剣な表情で答える。
「率直に言います……。貴方……この大陸とは別の大陸からきた異邦人ですよね?」
「……ほう」
アークは顎を撫でてアストを観察する。
「なぜそう思った」
「第一のアースレインを描いたというあの地図もそうですが……。決定的だと思ったのは貴方が使った『拳銃』です」
「ふむ……君は拳銃を知っているのか? ふつうのソーディアン大陸人なら、変な形の魔法の発動体程度にしか思わんはずだが」
アークは驚いた表情でアストを見る。アストは答える。
「知っていて当然ですよ……。俺の故郷では……日本では警察官とか自衛隊とかしか持っていないけど……世界的に見ると銃は最も基本的な武器ですから」
「……というと。君は銃が標準的な世界からきた異邦人なのか。日本? 警察? 自衛隊? おそらくは、サイクレスト世界ではないな?」
そのアークの言葉に納得の表情をしてアストは言う。
「さすが同じ異邦人ですね。俺がサイクレスト世界の人間でないことまで見抜いた」
「ふむ……さすがの私も信じられぬ部分があるが……な。このサイクレスト以外に世界があるとは……初めて聞いた」
「はい……俺もここに転移してくるまで、俺の生まれた世界以外に世界があるなんて知りませんでした。まあ……姉は、少し違う見解を持っていたかもしれませんが……」
そのアストの言葉にアークが疑問符を飛ばす。
「姉? 君のお姉さんもこの世界に?」
「はい……。今思うと、姉は明らかに冷静すぎる対応をしていて……。この世界のことを半ば知っていたようにも思えます」
「ふむ……」
アークは顎を撫でて考え込む。
「そのお姉さんは?」
アークのその言葉にアストは苦い顔で答える。
「俺が子供のころ……八年前に、逸れてれっきりどこにいるのか分かりません」
「そうなのか? ……すると、君はそれを探して旅をしているのか」
「はいそうです」
「ふむ? それで俺に聞きたいことはなんだ?」
アークはそう言って本題を切り出す。アストは真剣な表情で答える。
「この世界から元の世界に帰る方法はあるのでしょうか? そして、何よりなぜ俺たちはこの世界に呼ばれたのでしょう?」
アストのその問いにアークはしばらく考える。
「異世界転移……それが出来ると言うことは帰る手段もあると言うことだ。君の世界には我々の世界のものが流れついてないかね?」
「!!
「そうか……ならば、この世界と君の世界は何らかの道でつながっているのだろう。それを使えば帰ることはできるだろう……。そして、もう一つの質問……」
アークは顎を撫でながら問う。
「なぜ『呼ばれた』と思った?」
「それは……」
アストはしばらく考えた後、苦い顔をしながら正直に話す。
「俺たちがこの世界に来たのは、俺が禁則地に無断で踏み入れたからなんです。俺のせいで浄化の儀式は失敗し、その影響で姉は俺と一緒にこの世界に飛ばされて、そして姉は行方不明になった。……でも、どうしても俺は、何か意図があってこの世界に呼ばれたような気がして仕方がないんです。無論、それは自分の……俺の犯した罪から逃れるための逃げなのかもしれませんが……」
「ふむ……君の事情は知らん。お前が『逃げ』だと思うのならそうなのだろう。しかしなあ? 禁則地の浄化の儀式? その失敗だけで異世界に飛ばすとは……何とも不安定な儀式だな。そりゃ、過去にも犠牲者がいるだろう?」
「え?」
アークのその言葉にアストは思い出す。自分の両親もまた行方不明なのだと。
「まさか……それじゃ俺の両親も?」
「そうだな……そのことをお前の姉は目前に見ているのだろう。だから、冷静な対応が出来た。そうじゃないのか?」
「……」
アストは黙りこくる。アークはさらに言う。
「儀式が極めて不安定ということもあるだろうが……。それで、異世界へと送り込むと言うのは、明らかに何かしらの意図が感じられる。もしかしたら、お前の想像は正しいのかもしれん」
「それって……」
「お前の名前……アストという名も、古代神アシュトヴァールから来ているのかもな?」
「アシュトヴァール……力ある風の神……。英雄・
そう呟きながらアストは考え込む。そんなアストを見てアークは笑顔で答える。
「アストよ……そう思い悩むな。この世界に来て悪いことばかりだったか?」
「いや……リディアや父さんに合えたし……」
「だろ? これからもお前は、いいこと悪いこと、いろいろ経験することになるだろう。その先に、自分なりのこの世界に来た意味を見出せばいい」
「この世界に来た意味……」
「アストよ自分を責めるなよ? お前がこの世界に来てくれたおかげで、わが娘は……リンは助かったんだからな?」
「!!」
そのアークの言葉に、アストは心が救われた感じがした。
「ありがとうございます。アークさん」
アストが頭を下げると、アークはアストの肩に手を置いて言う。
「アスト……お前の姉の情報……。こっちのネットワークでも調べてみよう。少なくともそう言った情報分野ではセイアーレスの方が上だからな」
「本当ですか?」
「任せろ!! 同じ異邦人同士。お前の道行きを助けてやる! はははは!!」
そう言ってアークは豪快に笑った。
こうしてアストの旅に強力なサポートが加わった。
この時出会ったアークは、ソーディアン大陸を巡る旅において、アストにとって最も重要な後援者となるのである。
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