Chapter 3 リックル

 アスト達がゲルダの移動集落を出て数時間が経過した時、アストがリディアに向かって言った。


「もうすぐオルドカシュガンにつくぞ」

「うん!」


 アストのその言葉を聞いてリディアは目を輝かせる。

 リディアは今まで魔女の修業で移動集落を出たことがほとんどない。黒の部族の街であるオルドなど、冬の間の一時期を除いて行ったこともない。


 黒の部族は移動しながら生活する遊牧民である。しかし、ある程度集落が巨大になってくると移動を行わずに街を形成することもあった。

 特に冬の間のいろいろ厳しい時期には、これらのオルドに一時避難して生活することもよくある話である。これらオルドにはたいてい市場バザールが存在し、物々交換で商品を売り買いしていて、内外交易の中心地ともなっている。


 目前にゲルが複数複数見えてくる。オルドカシュガンは近い。



◆◇◆



「うわあ! 人がいっぱい!」


 オルドカシュガンの市場区画、そこへとたどり着いたアスト達は、さっそく市場を見て回った。選別でもらった各種衣類や宝石類を食料に替えるためである。

 旅には当然食料は不可欠であり、それを手に入れるならこのオルドカシュガンのバザールこそが最適だと考えていた。

 さっそく荷物の一部を保存性の高い食料へと交換する。それは特に問題なかった。


「お兄ちゃん!」


 リディアが目を輝かせて市場の一角を指さす。


「? どうした?」


 その指さした方を見ると――。


「アレは、外国のドレスかな?」


「うん! 綺麗だね!!」


 それは、おそらく青の民のものと思われる女性用のドレスであった。アストはジト目でリディアを見る。


「買えないぞ?」

「う……わかってるもん! そんなこと!!」


 リディアは幼い子供のように膨れた。その頬をつついて空気を抜いてやる。


「お兄ちゃんの意地悪!」

「はいはい……」


 アストは笑いながら市場内を歩いていった。――と、その時、


「だから!! それはあたしのだって言ってるんだ!!」


 そう言う女性の怒鳴り声が聞こえてくる。


「? アレは?」


 リディアがそう言って指をさす。そこに、人だかりが出来ていた。



◆◇◆



「お客さん……。ひどいこと言うね? いい加減なこと広めないでくれるかな?」

「なんだと!! この盗人が!!」

「なんだよ藪から棒に盗人なんて?俺が何したっていうんだい?」

「あたしのものを勝手に売ってるじゃないか!!」

「ははは!! そりゃいい!! この短剣にあんたの名前が書いているっていうのかい?!」

「う……それは」


 市場の一角、そこで商品を広げる黒の部族の主人と、子供ほどの小さな背の異種族の女性が怒鳴り合っている。

 いや、正しくは女性の方が怒鳴って、それを主人が軽く受け流しているのだが。


「なんだ?」


 アスト達はそれを野次馬の中から覗いてみた。


「! あれって確か……」


 リディアがそう声をあげる。商店の主人とやり合っている異種族の女性は……、


「無色の民……パック族か」


 アストはそう呟いた。


『無色の民=パック族』

 それは、このソーディアン大陸に住む種族の一種。人間の子供の様な外見を持つ妖精族である。

 年中旅をして暮らす根無し草の様な種族であり、ここボーファスの大地ではそんなに見られない珍しい種族であった。


「その短剣はあんたらが持ってても意味がないんだ!! 返してくれ!!」


 そう言ってパック族の女性は怒鳴る。アストはその光景を見て驚いた。

 なぜなら、商店の主人が手にしている短剣は――。


魔龍鋼ドラゴナイトの短剣?!」


 それは確かに自分の持っているものと同じものであった。


「ははは!! 意味があるかないかは買ったものが決めるだろう? どうだい? これを君が買っては?」

「何?! なんで自分のものをわざわざ買わなくちゃいけないんだ!!」

「だから……お前のものという証拠がどこにあるっていう話なんだが?」

「く……」


 アストは見ていられなくなった。

 旅の外国人が悪辣な者にいいようにあしらわれるのはよくある話なのだ。


「おい!」

「?」


 アストが野次馬をかき分けて前に出る。リディアもそれに続く。

 不意に声をかけられて商店の主人はアストに向かって疑問符を飛ばす。


「なんだ? 君は」

「その短剣の持ち主が分かればいいんだな?」

「なに?」


 商店の主人は苦い顔でアストに聞き返す。


「短剣の持ち主がその女性と証明できれば返すんだな?」

「う……、ああそうだ……。だが……そんな事」

「リディア……視てやれ」

「うん!!」


 アストの言葉にリディアが返事をする。そして――、


【ヴァダールヴォウ……ベルネイア……。風の先を読む者よ、かの物の主を指し示せ、ヴァズダー】


 商店の前、短剣を指さしたリディアの、短い真言詠唱が響いた。


「げ……魔女……?」


 商店の主人は顔を引きつらせてリディアを見る。


 ――と、不意に主人が手にする短剣が輝きだす。そして――、


「あ?!」


 その輝きが一筋の線になってパック族の女性へと伸びた。


「これは……」


 そのパック族の女性は、その光景に驚く。アストは言った。


「どうやらその短剣は彼女のもので間違いないようだな?」

「く……」


 商店の主人は苦し気な表情でアストを睨む。


「さあ……その短剣を彼女に返してやれ」


 そう言ってアストは商店の主人を睨み返す。しかし、


「ははは!! わかったぞこの悪党どもが!!」


 不意に商店の主人が大声をあげる。


「この短剣を高価なものと知って、俺を詐欺にハメようっていうんだろ?! そこの異種族の女と貴様らはグルだな?!!」

「なに?!」


 その主人の言葉に怒りの表情を見せるパック族の女性。そして


「お前!! この!!」


 怒り心頭で主人に食って掛かる。


「見ろ!! 暴力を振るううぞ!! こいつら暴力で俺の商品を奪うつもりだ!!」


 そう言って騒ぎ出す商店の主人。

 あまりのことにリディアも呆然とした顔で主人を見る。その騒ぎに周囲の人々が集まってくる。

 主人は叫ぶ。


「強盗だ!! こいつら俺の商品を奪うつもりだ!!」

「貴様!!」


 パック族の女性はもはや我慢の限界にきて、腰に帯びた別の短剣に手をかけた。

 ――と、その時、


「ダメだ……」


 不意にその手をアストが掴む。


「え?」

「俺に任せて……」


 そう言って見つめるアスト。その言葉を信じたのか女性は手を引く。


「みんな!! こいつらを捕まえろ!! 強盗だぞ!!」


 そう叫びまわる商店の主人。

 その目前にアストが立った。


「……な?! なんだ?! 貴様暴力を振るうつもりか?!」


 主人がそう叫ぶ。しかし、アストは冷静に……しかし大きな声で答えた。


「俺の名はアスト!! 黒の部族・疾風のゲルダの息子にして部族戦士だ!! もし俺が嘘をついたり強盗したりしたら、俺はこのボーファスの大地に恥じて死を選ぶ!!」


 それは堂々とした宣言。周りの人々はそれに聞き入っている。


「そして!! この俺の言葉が信じられぬのなら、このオルドカシュガンの長グラテスに訴えよ!! その言葉に私は従う!!」

「え? グラテス?」


 商店の主人は唖然とする。オルドの主人の名が出たからだ。


「ま、まさか? あんた……」


 そのアストの言葉に商店の主人は苦しげな表情でつぶやく。


「あの……ゲルダの息子のアシュトか?」

「アストだ……」


 アストは少し訂正する。

 その言葉に主人はうなだれた。


「ぐ……、これは、申し訳ない……。疑ってしまったことをお詫びする」

「え? それじゃあ」

「ああ……これは返す……。でも……これは俺が盗んだものじゃない。ある人物に売りつけられたものだ……」

「本当か?」

「魔女の前で嘘をついてどうするよ……」


 その主人の言葉にリディアは、


「さっき思いっきりついてたと思うけど?」


 そう言って睨む。主人は冷や汗をかいて言う。


「ぐ……。わかったよ。後で魔法でも何でも使ってくれ。誓って盗んだのは俺じゃない……。商売っ気を出し過ぎちまった……すまん」


 そう言って短剣を女性に返す。


「……返してくれるんなら。私もそれ以上は何も言わないよ」


 女性はそう言って主人に笑いかける。

 主人は苦笑いで返した。


「しかし、その売った人物っていうのは?」

「そりゃ……スリだろうさ。こんなところで外国人がうろついてりゃたいていはカモになる」

「むう……カモ」


 女性は少し落ち込んだ。


「それは大切なものなんだろう? こういったところでは、スリに合わないように何よりも警戒しなきゃあダメだぜ?」


 そうアストが言うと、その女性は顔をあげて笑った。


「うん! ありがとう……アシュトとかいったっけ? マジ助かったよ!! あたしの名はリックル!! パック族のリックルだよ!! お礼に何か御馳走させてくれよ!!」


 そうまくしたてる女性――リックルに対してアストは苦笑いで答えた。


「アストだって……」



◆◇◆



「そうか! アシュトは姉さんを探すために旅してるんだな?!」

「ああ……その通りだ……」


 パック族の旅人リックルの言葉に、アストは苦笑いで答える。

 どうも、アストの名前の微妙な違いが気付いてもらえないらしい。もうアストはその事を諦めることにしていた。


 現在、アスト達はオルドカシュガンの対外国交易地区にある酒場にいた。

 そこは、外国人が食事や寝床を確保するための、宿泊施設付きの酒場である。ここでは、外国の通貨などを使うことが可能であり、オルドカシュガンを訪れた外国人が必ず利用する定番の店であった。そのテーブルの一つに集まって食事をしつつ、リックルはアストに話しかける。


「へー。この世界とは違う異世界っていうのはマジかどうか知らないが。黒髪で黒い瞳っていうのは確かに珍しいな」

「そうなんだってな。天帝領の白の民か、ノギアザ砂漠の紫の民しかいないらしいし……」

「うんその通り。黄の民もそう言った髪や目をした人はいるが……君ほどの黒い人は全くいないから、探すのにとてもいい目印になるね」

「ああ……。一応聞くが君は同じような黒髪・黒い瞳に見覚えは?」

「ごめん……大陸中を回っているけど。白とか紫の民以外に聞いたことはないな」

「そうか……」


 アストはそれを聞いて少しため息を付く。まあ、そんなに簡単に見つかるわけはないが。

 リックルは肉を頬張りながらリディアの方を見る。


「それで……この娘がお前の嫁か?」

「ぶ!!」


 リックルのいきなりの言葉にアストは麦飯を噴出した。


「うわ!! 汚いお兄ちゃん!!」


 それを見てリディアは立ち上がって、テーブルに置かれた布で兄の顔を拭く。


「げほげほ……すまないリディア……」

「なに? 違うの?」


 当のリックルは能天気にそう答える。


「リディアは……妹だよ……」

「そうなのか?」


 アストのその言葉にリックルは特に表情を変えず答える。

 その反応に、このパック族の女性が自分たちをからかっているのか、本気の天然かわからなくなった。当のリディアは、少し頬を赤くして兄の顔を拭いている。

 アストはとりあえず今の話は置いておくことにした。


「それで……君は、ガノンやフォーレーンは知っているか?」

「うん? ああ、旅の間にガノンには一回だけ、フォーレーンには結構な回数寄ったことがある」

「そうか!」


 アストはリックルの言葉に笑顔を向ける。

 アストは一応旅立ったときにゲルダから大陸の地図をもらってはいた。しかし、それは結構古いものであり、この世界の地図作成技術の低さから正確でもなかった。直接旅したことのある者の知識はそれだけで貴重なものである。


「ガノンは結構小さな国だな……。フォーレーンより西にある都市国家だよ」

「フォーレーンはここから結構近いようだが?」

「ああ、地理的にはね。しかし、そこへ向かうにはグロリアの大河を渡らなくてはならない。そこにかかっているガイン大橋の関所を通らないといけないな」

「ガイン大橋? 関所?」

「そうだよ。カディルナの地でも有数の大きい橋さ。そこは砦でもあって、それがフォーレーンに至る関所になっているんだ」

「ふうん……」


 アストは想像が出来なかった。砦と一体になっている大橋というものを。


「ちなみに……それを越えずにフォーレーンに行くには、北の山脈の方に大きく迂回しないといけない。そこにも一応人間族の鉱山都市があるけどね」

「そうか……とりあえず、目指すはガイン大橋ってことか」


 そのアストの言葉にリックルは言う。


「う~ん。いくら君の銀狼が足が速くても、一日で行くのは無理だよ? 途中に中継点を置かないと危険な旅になる」


 リックルのその言葉に、リディアは口を出してくる。


「う~ん? じゃあ次はどこに行くのがいいの?」


 そう言ってリディアは、ゲルダにもらった大陸地図を広げた。


「うん……そうだな。ここら辺……地図には載ってないけど、小さな町があるんだ。

私がここに来る前日にいた町さ……。ルソンっていうんだけど……」

「ほう……それは都市国家というやつか?」

「うん小さいけど王様もいるよ」


 アストは地図に印をかき込む。そして大きく頷いた。


「よし! 次に行くのはこの町……ルソンだな」

「そうだねお兄ちゃん」


 二人はそう言って次行くべき先を決めた。


「……ねえ?」


 不意にリックルが声のトーンを落として話し始める。


「うん? なんだい?」

「私が道案内してあげようか?」

「え?」


 それは願ってもない提案であった。旅の経験が豊富な彼女は、いい道案内になるだろう。


「いいのか?」

「ああ……、大陸中を回りつくして、ちょうどこれからの旅をどうするか考えてたところだから。君の旅を手伝ってもいいよ? いろいろ助けてもらったお礼もあるし!」


 そう言ってリックルは楽しげに笑う。

 アスト達は顔を見合わせて考えた。


「どうする?」

「私はいいと思うよお兄ちゃん」

「うん……大陸中を旅慣れている道案内はほしかったからな……」


 アストは大きく頷いて決めた。


「お願いしようかなリックル」

「そうかい! それはよかった! じゃあ、改めて、あたしはパック族のリックル。希少なる魔竜討伐士レアドラグーンでもある遊撃兵リックルだ!」


 そう言ってリックルは、自分の魔龍鋼ドラゴナイトの短剣を見せた。


希少なる魔竜討伐士レアドラグーン……か、俺は騎狼猟兵のアスト……そして」

「私は雷鳴の魔女のリディアだよ!」


 アスト達二人はそう言ってから懐から魔龍鋼ドラゴナイトの短剣を出す。


「俺たちは一応短剣は持っているが……正式な希少なる魔竜討伐士レアドラグーンじゃない」

「ふーん。だからフォーレーンを目指してるんだね?

あそこには私たちのギルドがあるから……」

「その通りだ」

「じゃあ私は先輩ってことで! 色々教えてあげるよ! アシュト!」

「ありがとうリックル」


 こうして、アスト達はパーティーを組むことになった。

 このリックルとの出会いは、アスト達の旅を後々まで助けることになる。



◆◇◆



「貴様!! これはどういったことだ!!」


 その時、その国の王様は、目前の男を怒鳴りつけていた。

 それもそのはず、小さいが豊かであった自分の街が、目前の男一人によって無残な姿に変えられてしまったからである。


「皆の物!! こいつを殺せ!!」


 王様がそう叫んで周りの兵に命令する。兵士たちはその通りに動こうとする。しかし、


「ククク……王様? この私が何も用意しないで来たと思っているのですか?」

「何?」


 不意に男が嘲笑う。次の瞬間、


「うう……」


 周囲の兵士たちが呻き始めた。


「何をした貴様!!」

「何をって? これは実験ですよ? 我が霊薬エリクサーの効果を試す」

「なんだと? ……う?」


 すると、王様もまた苦しげに呻き始める。

 それを見て満足げに笑う男。


「ククク……王様……そのまま死んでいただきたい。そして……」

「う……が……貴様……」


 王様は血が出るほど胸を掻き毟って呻く。

 男はそれを見下ろしながら嘲笑う。


「さあ……みなさん目覚めの時間ですよ? 我がしもべとなって、わが主へ祈りをささげなさい」


 男は手を広げながら真言を詠唱する。


「ヴァダールヴォウ……アールゾヴァリダ!!」


 こうして、カディルナの地東部の小さな都市国家――、


 『ルソン』は一夜にして壊滅した。


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