2日目-2-

 役場を通り、向かいのそば・うどん屋を紹介され、日に焼けた食品サンプルを見て笑う。少し上がって土産物店を覗くと市場で並んでいたようなものが2割増しの値段で売っている。その横のスーパーは昨日もちょっと覗いたけどほとんどのものが揃っている。その隣の電気屋も含めれば、ただ暮らしていくだけなら通販すら必要ないだろう。

「っと、ちょっと待ってて」

 そう言いながら紗鈴がスーパーの中に駆け込んでいった。何だろうと思いながら3分ほど待っていると、手にペットボトルを2本抱えながら出てくる。

「ほら、そろそろ飲み物が無いとキツいでしょ」

 ぺたり、と水滴が肌を潤す。ひんやりとした感覚が気持ちよかったのも一瞬、冷たさに深空はひゃあと悲鳴を上げた。

「いきなりやめてよ!」

「ごめんごめん。でも喉が渇く前に水分は摂った方がいいよ」

 そういえば、と深空はボトルを持ってきてないことを思い出す。昨日アルコールを入れてから細かいことに気が回らなくなっている。ああ、中身は全部飲んだけど、洗ってないっけ。考えながらペットボトルをの蓋を開けてぐっと中身を飲んだ。ほのかにしょっぱさを感じて見れば、ラベルには"海水の塩水"とある。

「海水から取った塩……を入れた水?」

「面白いでしょ。ここの名産品」

 工場らしき建物は見なかったような、といつの間にか500㎖の半分ほどを飲んでいた深空は思う。それともそこまで大きなものではなく、ビルの中に入るくらいの小さな工場なのかもしれない。

 ともあれ身体を確認してみるとさっきよりも楽になっている。

「ありがとう。いくらだった?」

「いいよそれくらい。私ね、同い年の人と──男も含めて──こんな風に遊んだことはほとんど無かったから、こうして楽しんでいるだけで代金以上だよ」

 申し訳ない気持ちも消えず、しかしそれ以上追及する気にもなれず。深空は言葉を濁して前を向き、ザックにペットボトルをしまって歩き出す。

「じゃ、次は」

「次だけど、深空は昨日上の方も見たんでしょ?」

「一応、ざっと」

「だったら見どころもあまり無いし裏側行ってみない? お祭でも回るだろうし」

「そうだね。見比べるのも面白いかも」

「あ、でもちょっと待ってて。もう少ししたら見えてくるから」

「何が?」

「この町でも食べられる、唯一の甘いもの」

 意味ありげに笑う紗鈴の顔を見て、深空は昨日の光景を思い出す。

「クレープ?」

「ありゃ。もう食べちゃった?」

「昨日は別の店に入ったから、まだだけど」

「だったら丁度いいや。もう昼時も過ぎてるしいい頃合いだね」

 既に13時を回っているせいか人の列は見当たらない。だけど、紗鈴の行く先にはお好み焼き屋があった。店の方の札は「営業中」となっており、中から人の声も聞こえてくる。

 駆け寄った紗鈴は店頭の窓に身を乗り出し、中に向かって声をかける。

「ばあちゃん、クレープ2つ。深空は何がいい?」

「えっと、ベリー系のがあればそれで」

「んじゃブルーベリーとラズベリーの1つと、私はオレンジとパイナップルにしようかなあ。あ、2つともクリーム多めで!」

 勢いの良い注文に店の中から声が返る。少々かすれ気味な低めの声をした、意外にも老女だ。

「はいよ、羽潮の奴は元気かい?」

「元気だよ。今日も稽古つけてくるって道場に行ったし」

「はン、この分ならあと30年はくたばりそうにないね。──ああ、クリーム多めだっけ? サーヴィスするよ。後ろのお嬢ちゃんが例の旅人かい?」

「そそ。いま町を案内してるんだ」

「面白いもンも無いだろさ」

「でもクレープがあるってのには驚いてたみたいだけど」

「そりゃこんな田舎に店を出すのはアタシみたいな変わり者くらいで、買うのはめっきり減ってった若者だけだからさね。材料仕入れるだけで赤字なんだ、こんな時か、お好み焼きの材料が切れた時くらいしか出番は無いよ。──ほらクリーム大盛り」

「ありがと! 今度お爺ちゃんにも店に寄るように言っておくよ」

「馬鹿なこと言うない。死んだって連絡が無きゃそれでいいわ」

 溢れそうなほどクリームがはみ出したクレープを、早くも自分の分のクリームが落ちないように舌で舐めとりながら紗鈴が渡してくる。受け取った深空もクリームとフルーツが落ちないように一気にかぶりつく。

「うん、美味しい」

「でしょ~」

「……っく、なんで紗鈴が嬉しそうなのさ」

 とりあえず上に出ている分だけでも胃の中に収めて落ち着いた深空が疑問の目を向ける。老女は店の中に戻ったのか店頭に姿は無い。それを確認して、紗鈴は店から離れるように道を下り始める。

「あれね、うちのばーちゃんなの。じーさんとはもう離婚してるけどね」

「え?」

「何を間違ったのかクレープなんて作ってるけど、お好み焼きも美味しいよ」

「はあ……」

「どーしてクレープなんて作ってるんだろうなあ……」

 どこか寂しそうな、申し訳なさそうな風に空を見た。雲一つない綺麗な青空だった。クレープは甘くて酸っぱくて大盛りのクリームが少々重くて、食べ終わっても水で飲み干さないと口の中に残って仕方なかった。

 

   ***

 

 深空と紗鈴は何故か砂浜に出てきていた。

「あー、いい天気だわー」

「……いや、なんで。町じゃないの」

「ここも町だよ?」

 それもそうだ。しかし深空は昨日来たしあまり見ものになる場所でもないような、と首を傾げる。紗鈴には言ってなかったっけ。

「そんじゃ着替えよっか」

「え?」

「さっき水着も買ってきたんだ。ほら、そこの倉庫使えばいいし」

「はあ……」

 紗鈴のテンションが上がるのに負の反比例して深空の目が段々と細くなっていく。

「ん? どしたの?」

「なんで素直に着替えると思ったの?」

「暑いでしょ? 泳ぎたくならない?」

「汗を落としたくはなるけど、海に入りたくなるほどではない」

「そう? でも泳ぐのもいいと思わない?」

 深空が纏う雰囲気が段々冷徹になっていくのが分からないのか分かって無視しているのか、紗鈴の顔は晴れやかになっていく。

「ほらほら露出少ないし泳ぎやすいってこれ。そのすらりとした肢体に似合うと思うのね」

 紗鈴が取り出したのは青みを帯びた黒地に濃赤色のラインが入った競泳水着。確かにセンスはいい。だが、会って2日目の相手に出すものではないだろう。そしてここまで下心を隠さないのはいっそ潔い。

「それが目的か……」

 少しでもこの女から申し訳なさや湿っぽさを感じていた自分を恥じたいと思った深空だった。水もクレープもこのための作戦だとしたらよくやる。そして、一番問題なのが言い出したら引かなそうということだ。

「あのさあ、こういうことして嫌われるとか思わないの」

「別に。そういうことできないって見て分かってるし」

「……」

 図星である。あまりに非常識でないこと以外は邪険にできない。断りづらい。すなわち押しに弱い。人当たりがいい深空の反対の面でもある。

「で、どれだけ押せば水着になると思うの」

「あと30分もすれば。暑いしこんな場所で睨み合ってても仕方ないって。案外ちょろいと思うの」

 言い返せない自分が悔しい。だけど言われてしまったら抵抗するしかない。

「そんなこと言って、ここから出てったらどうするよ」

「うーん……力づく、とか」

 名案を重いついたような感じだが一歩間違えれば犯罪だ。それに当人に力があるようにも思えない。指摘するのも疲れて深空はもう投げ出したくなった。流されて泳いでもいいか、くらいには思ってしまった。

「あー、もういいよ。貸して」

「いいの? 私の水着姿見ても欲情しないでよ?」

 するか馬鹿。口にすることすら面倒になった深空はため息をついた。

 倉庫のカギはテンキー式で、紗鈴はなぜか暗証番号を知っていて、さらりと扉を開けている。

 2人は倉庫に入る。つい最近人が入ったような感じで埃っぽさも無い。中央のスペースで2人背を向けて着替える。隙間からの明かりだけが照らす室内は薄暗く、身体の輪郭が浮かび上がる程度だ。

「どう? サイズ合ってる?」

「合ってる。なんで」

「昨日触ったからだけど?」

 着替え終わって外に出ると紗鈴はビキニだった。腰にはパレオを巻いているが赤にオレンジの墨を流したようなマーブル柄は目に毒というか派手派手しい。よくもまあ、この競泳水着といい、こんな田舎のスーパーに置いてあるものだと深空は思った。

「思った通り、やっぱりいいラインだぁ……」

「そんなに見るな!」

 いくら少年のような見た目とはいえ深空の身体はやはり女性のものだった。引き締まった脇腹、腹筋が浮き出ている腹は布で覆われて滑らかなシルエットを描いている。腹部から胸部まで、スレンダーな身体は空力・水力の抵抗をほとんど受けない曲線。対して引き締まりつつも莫大な推力を生み出す太腿はかっちりとした筋肉が凹凸を作っている。しかし、筋肉に支えられた臀部から背中にかけては綺麗な弓なりで、姿勢良く立った姿はすっくと伸びた若木のようだ。脇腹から背中にかけて入った水着の濃赤のラインがそれを際立たせている。

「なんで背中が開いてるのさ」

「そういうデザインだからだよ。あ、本当だよ? このスタイルで背中が開いてないの無かったんだ」

 じゃあ別のにすればいいのにと考えて、他のが全部ビキニだったら嫌だなと思い直す。そういうところで本当に人を不快にさせることはしないはずだ、うん。

「それは置いとくとして……海、どこまで泳げるの」

 目を凝らしても遊泳ラインを示すロープやポールは見えない。目印になるのは灯台くらいだが、泳いでいてちゃんと見えるだろうか。離岸流に掴まったら一大事である。

「ああ、今はシーズンじゃないから目印になるものはないね。地元の人なら泳げる範囲も分かってるし」

「地元の人じゃないんですが」

「大丈夫大丈夫。最初は私についてくれば平気だし、海の中は結構遠くまで砂地になってるから。足つかなくても泳げるでしょ?」

「そりゃ泳げるけど」

 知らない海を手探りの状態で泳ぐのはあまりやりたくない。でもシーズンなら遊泳ラインも決まっているし、そこまで危険ではないだろう。

 軽く柔軟体操をして身体をほぐす。紗鈴もパレオを倉庫の前に置いて海へと向かう。風は穏やかで波も高くない。他に人影は無し。──いや。

 ざばりと波をかき分けて顔が出た。長い前髪が顔に張り付いた細く痩せた顔が、自分が死んだことに気がつかない水死体か出る場所を間違えた船幽霊にも見える。

「ひっ?!」

 紗鈴が倉庫まで後ずさる。怯えた顔はこの炎天下でも青くなっていて、器用なものだと深空はどこかズレた感心をする。

 妖怪からも忌避されそうな人影はざざざと水をかき分け、波に足を取られながらも意外と俊敏な動きで砂浜まで上がってきた。細い身体は意外にも均整がとれていて、曲げれば折れそうなほど細いながらも無気味さは感じられない。

 その顔に2人は見覚えがあった。

「蒼夜さん……?」

 疑問形なのは普段のイメージとは全く異なるからだろう。

 深空は着物姿しか知らないし、紗鈴も泳いでいるところなど見たこと無かったに違いない。静かな雰囲気と泳いでいる様と、頭の中でイメージが繋がらない。たとえ海にいるとしても、それは波打ち際でカニやヒトデやナマコと戯れている感じで。

「ああ、2人も泳ぎに来てたの?」

 答える声は間違いなく遠海蒼夜だ。

「えっと、そこの人に唆されて」

 深空は息を整えている紗鈴を指さす。まだ顔が青い彼女は、軽く右手を上げて挨拶に変える。

「僕はもう上がるけど、これから泳ぐならあまり遠くに行かない方がいいよ。そろそろ船も出るし」

「船?」

「午後の漁船だよ。明日の仕掛けをしたりするから」

「えっと、それってどのあたりで」

「あっち」

 蒼夜が示したのは灯台を越えて水平線のあたり。

「そんな遠くまで行きませんよ……」

「そう? ならいいけど」

 そう言いながら着替えるためか倉庫に入る。着替えの最中に上がってこなくてよかったと深空は思った。

 その後ろ姿も肩や太腿に特別筋肉がついていることもなく、遠泳ができる身体なのかと訝しむ。だが、あることを思い出した。すなわち、ナマケモノは意外と泳げる。

 着物に着替えた蒼夜が砂浜を出て行った頃、ようやく紗鈴の心臓は落ち着きを取り戻したようだ。

「あー怖かった」

「幽霊とかダメなの?」

「あー、海系は苦手かなあ」

 苦笑いの紗鈴は、そうは言っても海に入ることには躊躇無いようだ。すぐ隣の海で人が死んでいるというのに。案外、お祭や慰霊には効果があるのかもしれない。

「じゃあ行こうか」

 ゴーグルを着けた2人は海に突撃した。

 水の中に入れば、海は程良く身体を冷やし気持ちいい。海底は段々と深くなって砂地に海藻が目立つようになり、遠くには岩場が見える。時折目の前を横切る銀色は魚か。上ばかり見ていたら見えなかったものが深空の目に飛び込んでくる。

 こっちこっち。視界の隅で紗鈴が手招きをしているのを追って深空は動く。水を蹴ってゆっくりと前に。さらりとした海水の流れに身を滑り込ませ流れに乗って泳いでいく。身体を運ぶ流れが心地いい。すいすいと進む身体の横を、ざぶんと音を立てて紗鈴が追い抜いた。そのまま少し先で止まる。

 紗鈴が人差し指を上に向けた。

 ぶはあ。水から顔を出すと意外と砂浜から離れていた。灯台よりも少し沖に出ていることを確認し、深空は大きく息を吸う。

「ここら辺までが安全に泳げる範囲かな。地元の人ならもうちょっと先まで──少し泳ぐと潜ったところに大きな岩があって──そこまで泳いでいくけど」

「いや、この辺りで泳いでるよ」

 船も出ているという話だ。深空はそこまで行く気になれない。

「んじゃ、泳ぎますか!」

 ざぶりと紗鈴が潜る。海底までは2、3メートルくらいか。一直線に潜っていって、水底を擦るように潜水で砂浜へと戻っていく。

 深空は平泳ぎの要領で水を蹴り、ゆっくり水を掻いて砂浜の方向へと泳いでいく。途中まで戻ると沖の方向を確認し、少し力を入れた。

 両足を揃え大きくドルフィンキック。腕は前に伸ばしミサイルのように前進する。身体を水面下に沈め、陽光を曲げて伝える液体の世界へと降りて行く。

 水中の視界は地上と変わる。光の屈折率が変化し人の目はそれに慣れていないためだ。だが、稀にその切り替えが備わっている人も存在する。深空もその1人だった。

 紗鈴が浮上しようとしている後を追って加速。海流を利用して意外なほど静かに彼女の背後へと滑り込み、すぐ隣に顔を出す。

「うひゃあっ!?」

「驚いたでしょ!」

「なっ、に!」

「色々と仕返し」

 言い捨てて深空はまた潜っていく。背後から追ってくる音が耳に入る。自転車で鍛えられた大腰筋が体幹に繋がる背筋と腹筋と連動しエンジンとなり、大殿筋と大腿筋がエネルギーを受けとって唸りを上げる。バネのように伸縮を繰り返す双の筋肉2対はモーター、脚部全体を推進機として彼女の身体を強力に前進させる。

 ドルフィンキック。言葉にすれば軽いが、実際のイルカの尾が生み出す力は時速50キロメートルを上回る。勿論人の速さでそれだけの力は出せない。ただし、よく鍛えた者が一般人との差をつけることは可能だ。

(え? ちょ、ちょっと、速くない?)

 紗鈴が困惑するほど深空の脚は力強く、それなりに海に親しんでいた紗鈴でさえも追いつくのがやっとだ。余所者に負けじと本気を出した紗鈴だがその差は段々と離れていく。──かと思いきや深空は綺麗なクイックで潜って反転し紗鈴の下をくぐって通り過ぎる。

 紗鈴もその場で反転。強引に方向を変える荒さだが、長年の泳力はそれを補う技となっている。自分の海の利を活かして追いすがる。

 段々と水深が浅くなる。息が苦しくなった紗鈴は水面へと浮上。足が立つ。肩が水の上に出て、陽射しが身体を焼き風が濡れた身体から熱を奪っていく。

 深空の姿は、見回してもどこにもない。視界がぼやけ気味だとゴーグル(度入り)の位置を直してまた見回して、休憩しているのかと浜へ目をやって……

 だばっあ!

 紗鈴の正面から響く水飛沫と波が跳ねる音。何事かと顔を上げれば、頭の上をイルカが跳んでいた。

 だぱんと音を立て着水し海の中にするりと潜っていったのは深空だ。海面から顔を出した姿は確かに人。陽光に藍色に煌めく濡れた髪も、楽しさの中に優しさと鋭さを感じさせる横顔も、深い海の色にも似た瞳も、紗鈴と同じ人だ。それでも、あの一瞬は別の生物に見えた。

 少し遠い所から頭だけを海面に浮かべた深空が手を振っている。海と空を背景にした彼女の姿は絵画のようでもあって、紗鈴には別の世界の存在にも見えた。

 だが、それも一瞬。

 うっぷ、という擬音が似合いそうなほど勢いよく深空が手を口に当てる。

 慌てて紗鈴が近寄ると、青い顔をして小さな声で、

「クレープが……戻ってくる……」

 呻くように呟いた。

 紗鈴は真顔になった。

 だが、そうしてもいられない。深空に肩を貸して砂浜まで歩いていく。浅い場所でよかった。海に吐いても魚の餌になるだけだが、一度吐いて力が抜けてしまえば溺れる可能性は高くなる。せめて波打ち際まで戻って──

「っ……」

 嫌な予感がして咄嗟に深空を振り払った。海は腰までのところで、背中から倒れた深空は派手な水飛沫を上げてそれでも水の上に顔を出す。紗鈴の行動は褒められるものではないが仕方がないだろう。深空は沖の方に首を曲げており、波が黄色と紫色が混じった物体を運んでいく。

「あーらら」

 どうにか砂浜に運んだ深空はしばらく青い顔をしてえずいていた。紗鈴がタオルをかけてあげるが、震えは止まらずお腹に手を当てている。

「激しい運動するから……。ほら、帽子被って」

 クレープも身体に合わなかったのだろう。ときおり喉を押さえたかと思うと波打ち際まで寄っていって胃の中身を出そうと咳き込むようにしている。

 あらかた中身を出し終えて落ち着いた深空を倉庫の陰で休ませて紗鈴はため息をついた。少しはしゃぎすぎたか。同年代の知り合いは自分の周囲にはいなかった。熱が出たようなものだ。浮かれて騒いで──その結果、命にかかわらないとはいえ体調不良だ。

「じーさんに知られたら怒られるなあ……」

 倉庫の扉に寄りかかって、紗鈴は独り言つ。何か埋め合わせをしないと。その前に謝らないと。これからどうしようか。それを考えながら深空の様子を見に行こうとして、紗鈴は驚いた。

 ふらふらとした足取りだが深空が立ち上がっている。

「や、もう少し休んでた方がいいって!」

「もう……大丈夫」

 そう言う深空の様子はお世辞にも大丈夫とは言えない。立っているのもやっとな感じで、一人では歩けそうにもない。だが、こんな場所に置いてもおけない。

「どこかに休める場所……」

 紗鈴の手配ができて、深空を受け入れてくれて、この近くで、できればじーさんに見つからない場所。──1つだけ心当たりがあった。店の主も今はいるだろう。

「じゃあ、動けるなら場所移動するよ。着替えは手伝う」

 倉庫に入って10分。どうにか服を身に着けて2人は砂浜を上がっていく。太陽は天中に鎮座し、世界は蒸し焼きになるような暑さで包まれている。何もしていなくても、外にいるだけで体調がおかしくなりそうだ。

 紗鈴が深空に肩を貸し2人が密着していることもあって移動も大変だった。深空が自分の足で歩こうとすれば重心がズレて紗鈴が転げそうになる。身体がくっついている部分は汗はかくわ蒸れるわで不快だ。何度も左右の肩を交換し、半ばおぶさるようになった深空を背負う感じで紗鈴は歩き続けた。

 ただし紗鈴も深空も知らない。原因の半分くらいは昨日のお酒だということを。

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