桜道 ー佐伯なずな
なんでも出来るんじゃなくて、出来るようにする。
それが私のモットーだ。
高校受験のとき通っていた塾の入口横には先代の合格体験記が所狭しと貼り付けてあった。学歴社会のおかげで儲けている学習塾は、その仕組みに当然支配されていますよとでも言うかのように貼られる位置まで偏差値順だった。
私の当時の志望校―そして今通っている蘇芳高校は、県内の公立でトップの高校だ。トップ10に入れれば東大は安泰、30に入れれば挑戦権獲得、そんな意識が自然と染みつくような学校。
初めてあの塾を訪れた日、蘇芳の合格体験記が読みたい私は、当然のように最上段の一番左を探したのだった。
蘇芳は、左から二番目だった。
無知だった私は、あれ?おかしいな、と首を傾げた。
無論私立であれば蘇芳を超える偏差値の学校があることは知っていたけれど、たしか中学受験だけだったはずだ。
まさに君臨と呼ぶにふさわしい、王座の位置に貼られてあるその合格体験記には、「篤学園高等部 合格」と載っていた。
小学校から大学まで一貫の、超一流こそが通う学校。高等部が男子校なのも、今や一流学校の証である。こんなところから、篤学園に。でもどうやって?
あまりに食い入るように見つめていたのだろうか、受付にいた講師の先生が声を掛けてくれた。
「篤学園、すごいでしょ?」
「はい。でも高校から入れるなんて知らなくて」
「そうだね、無理もない。高等部って一学年400人くらいいるんだけど、高等部から入学できるのはたったの30人だから。難関すぎて逆に知名度低いんだ」
なるほど…と相槌を打ちながら、本文を必死に追いかける。どんな天才なんだろう。
毎日五時に起きて学校に行く前に勉強する。無理だと思ったら潔く寝る。確か、そんなことが書いてあったとおもう。文字だけなのに、名前しか知らない彼が、語り掛けてくれるようだった。その中に、私の指針は書いてあった。
なんでも出来るんじゃなくて、出来るようにする。だから合格できました。
突き刺さって、抜けない言葉だった。
雷が打たれたように、その日はその言葉だけを永遠と反芻していた。
忘れられなくて、忘れてしまいたくなくて、手帳の一番初めのページに書き込んだ。苦手な数学のノートにも書き込んで、毎日、勉強する前に必ず眺めて気を引き締めた。模試の前にも、受験当日の朝も。
高嶋さん。高嶋涼太さん。出身は隣町の桜坂中。顔も見たことのないその先輩が、私の運命を大きく引き寄せてくれた。
いつかお会いできたら、お礼が言いたいな。
妥協と慢心を許さないその言葉のおかげで蘇芳でもやってこれた。
私は今、3年ぶりの受験生になっている。
手元にあるのは篤学園の赤本。会えたらと思っているわけではないけど、その人の歩んだ道を辿ってみたい。
その言葉の答えを、見つけられるかもしれないから。
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