青葉 ー寺園葉月
中学の頃、彼氏を友達に奪われた。
友達というか、彼氏を取るために私に近づいた女に。真実を知るまでは、私たち趣味が会うね!と休日はいつも二人で出かけていた。彼氏が向こうになびいて別れたことよりも、私が信じていた友情は全て嘘だったという事実が辛かった。私たち付き合うから、と突然の報告をしたときの顔が、刺すような冷たい目と、不気味に上がった元友達の真っ赤な口角が今でも頭を掠める。
あの女は二~三ヵ月彼氏とのツーショットをインスタに連投した後、高校に上がってからは更新もとぎれとぎれになり、ある日アカウントを突然消した。陽射しの眩しい、うららかな日だった。
春が来て、さらに春が来て、私はあの時と同じように空を仰いだ。
東京のど真ん中にあるこの学校から見上げる空は真四角に切り取られているけど、一枚の写真のようで綺麗だった。
卒業式にぴったりの、雲一つない青空。桔梗のコサージュが胸元で微笑んでいる。
「いい天気だね」
友人の三橋玲が同じ空を見上げた。玲はさっきの合唱で号泣していた。素直で隠しごとの出来ない玲。このおっかなさが明日からは見られないのかなと思うと、私も今更込み上げてくるものがあり慌てて呑み込んだ。私は、いつも隠してばかりだ。私たちの大空を仰ぐ玲に目をやると、その横顔が急に大人っぽく見えた。
「なんか、ちょっと大人っぽくなったね」
んー、と曖昧な返事をする玲。喜怒哀楽が入り混じった、濁った顔を見るのは初めてだった。私はいつもしてしまうけど。
「中々言えなかったんだけどさ、彼氏、できたんだよね」
頬を紅く染めて照れくさそうに視線を外す彼女は、女の顔をしていた。
私は、折角塗ったチークがひび割れそうなほど頬を引きつらせて、へ~とそれらしい返事をして取り繕った。それがばれたのか、玲は少し私の顔色をうかがって言った。
「葉月、恋愛嫌いでしょ?」
そんなことない、と言いかけて口が閉じた。嘘がつけなかった。
「知ってるよ、昔の葉月のこと」
時が止まったように私はその場で凍り付いた。玲は口の力をふっと弱めて微笑んだ。いつも大口を開けて笑う玲からは考えられない儚さだった。その裏で何を隠しているのか怖かった。軽蔑だろうか。かわいそうにといった憐みだろうか。あの日の記憶が波のように襲い掛かって、友達から視線を逸らす事しかできずに、上擦った声で返答をした。
「ずっと……言わなくてごめん」
「いいよ」
予想外にも玲はからっといつもの笑顔を見せた。驚いて見開いた私の瞳を玲が覗き込んだ。玲の笑顔は、春風のように止まった時を溶かしてみせた。
「何もかも全部見せるのが友達ってわけじゃないでしょ?」
彼女のその言葉で、私の罪の全てがオセロのように白く裏返った。
隠してもいい。信じあってそばにいるなら。玲の言葉はいつだって真っすぐで、私が向き合うには大きすぎて避けてきた真実を突き付けてくる。そしてそんな玲でも、黙っていたことがある。あの日から持ってた心の鉛がすっと消えていったような気がした。
零れそうな思いに封をして、うんと頷いて返す。式では出なかった涙がほろっと落ちて、アスファルトにしみ込んだ。
も~~と眉毛を八の字にして、玲は私の背中をさすった。顔を上げてもう一度、深く頷いて二人で笑い合う。こんな時間は、きっとこれからも何度も訪れるだろうと思えた。
「彼氏、今度紹介してね」
頬をほんのり染めてにやつく玲は本当に可愛くて、こんな子と出会えた男は幸せだよなあ、と羨ましく思った。
私もこんな子と出会えた。変わらないその事実が、幸せだ。
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