松花 ー高槻紅音

ひどい物言いだが、何もしなくても男は寄ってきた。

葵川高校は偏差値もあって知的な子が多いが、告白してきた男はみな、余裕なく焦っていたり、一生懸命かっこつけたり、たかが高校の恋愛なのにと心底見下してしまうほどに愚かな一面を見せてきた。

恋愛は嫌いだ。文明を持った人間を動物にするから。

愚かには、なりたくない。

だがその強かったはずの信念も、いざその時を迎えてしまえば、あっけなく崩れ去ってしまうみたいだ。


友人の茉尋にメイクを教えてもらい、一緒に服とアイシャドウを選んでもらった。さらに茉尋はマニキュアをプレゼントしてくれて、挙句の果てに傷一つつけずに塗ってくれた。多分あの子は全てわかってそうしてくれた。それでも恋の話にはほとんど触れないでくれたのが、彼女と一緒に居る理由だ。

ただ一言、昨日の買い物が終わって別れる時、

「紅音、後回しにすると失敗する」

それだけ言ってくれた。多分あの子には、忘れられない恋がある。

まだ自分を受け入れられてないけど、茉尋の言葉はとりあえず大切にしよう…。

待ち合わせの駅について扉が開いた。

今すぐ駆けてゆきたい気持ちと、これからの自分が怖くて逃げかえりたい気持ちと。

脳がぐちゃぐちゃでほとんど機能停止しながら、それでも歩き続けた。


「お着物じゃない姿を見るのは初めてかもしれません」

宮園さんが行ってみたかったというパンケーキ屋さんへ二人歩きながら、宮園さんは、少し照れくさそうにそう言った。

「昨日友人と買いに行ったんですよ」

無難な話しか出来なくても、話し相手という立場を独占していることが嬉しくて、内容なんか本当にどうでもいいなと思えてくる。話せればなんでもいい。

「僕も昨日友達と…あ、涼太くんと」

目が飛び出しそうになった。え?え??????????え???

「高嶋と友達だったんですか!?」

今までにないほど大きな声を出してしまって、はっとしたが遅かった。

宮園さんは爽やかに笑って、こっちもびっくりしましたよ、と言う。

「あいつから紅音さんのお話沢山聞きましたよ。意外と毒舌だとか、夜道が怖くて歌いながら帰ってるとか…」

「それはっ………!!」

本当に最悪だ。お淑やかで静かに笑っている人になりたかったのに、高嶋のせいで何もかもが計画倒れになってしまった。とても腹が立つけど、それでもなんだか、そんな自分も面白いなと思ってため息をつきながらもつい笑ってしまった。

宮園さんが私を見て嬉しそうに笑ったあと、私に聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。

「ようやく笑ってくれた」

その声が聞こえて、哀しい愛しさのようなものが込み上げ、私は泣きそうな顔で幸せを嚙み締めた。

人々が恋をするのは、他のものでは替えの効かない幸せを味わえるからなのかな、と思った。

麻薬もこんな味がするのだろうか。

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