暁海 ー川霧千夜

「緋ノ院高等学校の記念すべき第一期生として入学された皆様、誠におめでとうございます」

校長にしてはやけに若い、白髪もまだ生えていない男の先生が緊張めに話し始めた。

今年、ハイカラな建物が残る港町に創設された緋ノ院高校は、お母さんの知り合いが協力して建てたらしい。

どうもこのセーラーワンピースをデザインしたのもお母さんの同級生らしく、潮風と相性の良い、深い海の色がとても素敵だ。

私はこの町並みがとても好き。石造りの建物、広い歩道に、整えられた並木道… 少し歩けば中華街があるところも。妹が生まれて間もないころ、良く家族で行ったお店を思い出す。あのお店の小籠包、本当に熱かった。

私の生まれた、大好きな場所。

こんなところに学校を建ててくれるなんて、どんなに素敵な方たちなんだろう。

初年度なのに入って来る生徒も、きっと素敵な人達だろう。

校長先生から視線を逸らして周りの子たちを見渡してみる。教会のチャペルのような、決して大きいとは言えないけれど雰囲気のある講堂の中、まだ色に染まれていない私たちはみんな少しずつ緊張した面持ちで、言われてもいないのに背筋を伸ばして座っている。一人一人が、少しずつ背伸びをしているように見え――

「えっ」

前の子に聞こえるか聞こえないかくらいの声を思わず出してしまった。

嘘、隣の子、寝てるんだけど。

思わず少し手を伸ばして肩をゆすってしまった。初対面にしては気を遣わなさすぎだろうか…。そう反省するのと同時に彼女はスイッチが入ったようにぱちっと目を覚まし、私と目が合った。よく見るとまつ毛が長くて瞳が綺麗。右耳の横に垂れた三つ編みがぴょこんと揺れた。

校長先生の話が終わった拍手に紛れて、私は彼女に「大丈夫?」と尋ねた。彼女は肩をすくめ、眠いんだよね、みたいな顔を作った後こう言った。

「昨日徹夜でランニングしてさ」

やばいやつだ、と思った。

理解が追いつかなさすぎてふーんみたいな顔をしてすぐ前を向いてしまったのが悔やまれた。何から突っ込めばいいのか全く分からない。

その間にまた彼女は眠りに落ちていた。

徹夜ランニング明けの人を叩き起こすのは悪いかなと流石に悟った。

私の三年間が、劇的な幕開けを果たした。








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