白雪 ー高梨佑太郎
元旦が一番忙しい。
友達の年越しパーティーの誘いも断って、高梨佑太郎は年一番の大仕事に挑む。
横浜で指折りの大きさを誇る櫻井神宮の家に生まれ、死ぬほど忙しい三が日は17回目。神に仕える身としてこんなことは言えないが、いつも来ない奴ばかりぞろぞろ並んで、都合のいいお願いだけして帰る。それが腹立たしかった。
濃紺の袴をぎゅっと締めて、社務所を出た。表の温度計は0℃を差している。
一月一日、午前一時。
他の家族は皆夜通しで働いている。来年からは私らと同じように働いてもらうからね、と母さんに言われた昨日の晩のことを思い出して、俺はほうっとため息をついた。白い吐息が、黒い空によく映えた。
わらわらと歩いてくる中に、懐かしい面影を見つけて思わず声を上げる。
「涼太」
中学時代、部活の同級生でよく一緒に馬鹿をやった高嶋。当時の生徒会長で今もガチの進学校・篤学園に通っている俺の自慢。
振り返って見せてくれた笑顔は、あの時と変わらない…が随分と垢抜けやがった。
「佑太郎、ずっと会いたかったぜ~!!」
「ここ来ればいつだっているんだから勝手に来いよ!」
久しぶりの再会に顔が綻ぶ俺たち。馬鹿みたいなノリが続いていく、のを二人の奥から聞こえる「お友達?」という声が振り切った。
涼太はそちらを振り向くと、いくつか言葉をかけてそいつの腕を引いた。
「彼女のすみれ。お前には紹介してなかったよね…恥ずかしくてな」
ちょこんとお辞儀をする涼太の彼女。
別に涼太が俺のものとかそういうわけじゃない。けど、俺の知らない所で涼太は彼の人生を歩んで、こんな真夜中に初詣に来てくれる彼女を作った。卒業式でなんとなく時が止まっていたような感覚だった俺に電撃が走り、めっちゃおめでたくてでも寂しくてみたいな、様々な思いが巡りすぎて訳も分からない。気が付いたら口から出てた言葉が、今一番脳を占めてるものになるのはしょうがない。
「めっちゃ美人」
ひときわ正月らしい正装の家族が石段を登って来る。高槻の家だ。
呉服屋をやってるあいつの家は着物を着てない事のが珍しいが、今日はコートの下が華々しいし、なんか人数も多い気がする。
高槻はすこぶるモテた。修学旅行の夜はあいつの名前が出ずっぱりで最早面白みがなかった。超モテるのに、気にも留めないクールな感じが俺よりも、高嶋よりも格好良くてなんかすごい悔しかった。
列から振袖が二人抜けて、甘酒のテントへ歩いてゆく。
あいつは一人っ子だから一緒に居るのは妹とかではないはず。
ぼーっと眺めて突っ立っていると、それに気が付いたらしく下駄を鳴らせて寄って来てくれた。
「仕事しないと怒られちゃうんじゃないの」
羽織の下の深い赤色の振袖が、紅音って名前にとても良く似合う。
ひょこひょことその後ろを付けてくるもう一人の振袖は、宝石のように鮮やかな緑色をしていた。着物を着慣れていないようで、ずっと足元を気にしている。
「久しぶり、変わんねえな」
「高嶋さー彼女連れてたよね?なんかこっちが恥ずかしくなって声かけらんなかったよ」
もう2年なんて信じられないよね、とこぼす高槻。
「あ、私は彼氏じゃなくて従妹連れてきた。みどり、って言うのよ」
ずっと足元ばかり気にしていたその子が、ようやく顔を上げた。
はっとした。
高槻に似た切れ長の目、でも細すぎることはなく、長いまつ毛の下から真っ黒な瞳がこちらを覗き、吸い取られそうになるほど。
高嶋の彼女はただただ美人でそれはそれで羨ましいが、この子は…限りなく品格がある。華ってこういう事なのかな。
舞台の真ん中に立って、スポットライトを浴びて輝いて欲しい。直感的にそう思った。
「高槻翠です」
雪のように白い頬が少し染まる。俺は柄にもなく照れてしまって、同じように顔が火照るのが分かる。
「高梨佑太郎、一応ここの神社の、跡取りです」
気恥ずかしくなって目を逸らす、その先に紅音のあら~~とにやついた顔があった。
「かっこつけちゃってさ、へえー?」
昔もこうやっていじってきた。いつもは上手く言い返していたが、どうにも言葉が見つからない。
そのくらい、この気持ちが本物なのかもしれない。
多分そうだ。
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