紫蘭 ー青柳すみれ
10時間の長い空の旅を終えて、一年ぶりに日本の土を踏む。
スウェーデンは良い所だった。
現地の人は優しくて、温かくて、ずっと笑っていた気がする。
景色も綺麗で、心はすっかり洗濯された。
北欧の月は美しくて、色はなかった。
隣で見る人がいなかったからかもしれない。
三年前、塾で出会った恋人は、浮気の一つもせずに毎日連絡を寄越してくれた。こんなに離れているのだから、留学を機に月を見なくなるなんてことも覚悟していたのに。
全く、一途な人。
かくいう私もさっきからヒールのリズムが速くなっている。
真っ赤なスーツケースを引く手の重みが、よく一緒に散歩した彼の犬のノエルを思い出させた。
いつもノエルの散歩で曙川の河原を歩きながら、この花はシロツメクサ、この木は月桂樹、と何を聞いてもすぐに答えてくれた。彼は頭が良いからなんでも知ってるんだなって最初は思ってたけど、私に隠れて植物の本を読んでいるのを見た時、才能じゃなくて努力なんだと、改めて彼に惚れたのを覚えてる。
「なんでも出来るんじゃなくて、出来るようにするんだ」これが口癖だった。篤学園に通ってるからとか、偏差値が77だからとかじゃなくて、その言葉通りに嘘をつかずに生きる彼が眩しかった。
どこにでもあるような私立の高校にいた私は、英語が好きなんだというと笑われこそしなかったけど勉強が好きな変わった奴、みたいに思われた(国際科だったのに)。だから私が毎週有名な英語塾に通っていると知った友達は、何の気なしにそんなんにお金使うならディズニー行けばいいのにと言った。肩身が狭かった。でも、努力はダサくない、むしろかっこいいというのを彼に教えてもらったおかげで今、こうして留学からの帰路についている。
ホストファミリーの家の犬は信じられない大きさだったなあ。
話したいことが沢山ある。
ラインでも、電話でも、写真でも伝えられない重い言葉の数々。
少し甲高いヒールの音で振り向く肩幅の広いあのひと。
「りょうた」
彼は私にしか見せない悪戯っぽい笑顔を向けた。
あなたが好きなんです、と初めて伝えたあの十五夜のように。
「お帰り、すみれ」
私も、涼太にしか見せない笑顔を一年ぶりに作る。
上手く笑えてるかな。
「って、なんで泣いてるんだよ」
涼太の悪戯っぽい笑顔が、私の涙に溺れていく。
会いたかったよ。ただいま。
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