翡翠 ー駒田沙月

潮風に吹かれ、朝日射す七時半。

吹奏楽部の朝練に妥協はない。

それが全国常連校となればなおさらのこと。

最寄りの芦浜駅を降りて5分も歩けば到着する私の学校。汗がじわじわとにじむので、夏が近い事を突き付けられた。

もうすぐ夏がやってくる。

憧れた場所で迎える二度目の夏。

学校に近づくと、少しづつ後輩の自主練の音色が大きくなってくる。

高砂大学附属高砂高校。

校舎を見上げて、私はあの日のことを思い出していた。


「沙月ちゃん、これうちの定演のチケット、良かったら来てね」

お洒落な封筒を憧れの先輩から手渡されて、少し恥ずかしげにお辞儀をした。封筒には先輩の直筆で「駒田沙月様」と書かれている。

同じクラリネットパートの二個上、彩先輩は吹部のマドンナで、優しくて可愛くて頭が良くて、おまけに誰よりも技術があった。

そんな憧れの先輩が高校に入って初めての春の定期演奏会。初めて芦浜駅を降りたときのわくわくと言ったらたまらない。

中3になろうという春、私は初めて高砂大高砂吹奏楽部の演奏を聴いた。

彩先輩だけを見つめよう、と思っていたのに。

強豪とはこういうものかと、全身で感じた。

中学では部で一番上手くて一番輝いていた彩先輩が、この舞台上では完全にただの部員になっている。そのくらい一人一人が煌めきあって、基礎も技術も完璧で、寸分の乱れも感じさせない。技術だけじゃない、聞いているだけで情景が浮かび上がる。感情が見えてくる。くっきりとした感情の輪郭が脳に攻めてくる。

上手く言えないけれど、一つの完璧な絵画を見ているような気分。

強豪高校ってこういうこと。全国常連ってこういうこと。


音楽を好きでいて良かったと、この時ほど感じた日はない。


その日から私は、クラリネットの練習は無論、高砂に受かるための勉強に火が点いた。同じクラスのすみれが言っていた、「勉強に理由が見つかったとき、勉強は楽しくなる」って言葉、ようやく私にも分かる時が来た。

高砂大学はいわゆる一流大学で、関東圏ならばその名前を聞かないことはない。その附属校、しかも大学名をそのまま冠している学校というだけあって高校受験といえどレベルは高い。

私が高砂の吹部に入ったらどうなるんだろう。彩先輩の後輩にまたなれるのかな。あのレベルについていくのはすっごい大変そう、でも楽しそうだな…

輪郭が見え始めたわたしの高校生活。この学校で、素敵な出会いを沢山したい!




あの頃の沙月へ、私は今、高砂で貴重な出会いに恵まれてるよ。

この学校に入って、辛い思いも嬉し涙も沢山流して得たものがあるよ。

自分に言い聞かせて自分で笑顔を作って頷く。

どこからか、慌てんぼうの蝉の鳴く声が聞こえてきた。


夏がやってきた。

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