3.


「──ッ!」


「こらー、動かないの。じっとしてて」


 消毒液が傷口に染みて、体を捩らせていたら養護の先生にそう諭されてしまった。

 まったく、人を助けようとしてこんなんじゃカッコ悪すぎて涙がでる。膝も痛いし。

 ツンと鼻をつく消毒液の匂いも、なんだか惨めな気持ちにさせた。


「これでよし。顔を怪我しなくてよかったねー。綺麗な顔してるんだからさ。今度は気をつけてね?」


「…はい」


 それどころじゃなかったんですよ、と心の中で反論しながら渋々頷く。

 ありがとうございました、と素直に頭を下げて保健室の引き戸をスライドさせた。うわ、あっつ。廊下に充満する熱気で一瞬躊躇うけど、どうしようもないので仕方なく、涼しい保健室を後にする。早く帰ろ…。


「あ、あのっ」


 その声に振り向くと、目の前にはさっきの背の低い男の子。おぉ、よかった。あの2年生達からはうまく巻けたみたいだ。


「あ、さっきの!えーと、」


「朝日、焔(ほむら)です」


「焔くんか。いやー、ごめんね?こんな頼りないやつが来て」


「いや、全然!かっこよかったですよ!」


 まじか。あれをカッコいいとか言われても皮肉にしか聞こえないんだが。


「えっと、先輩は…」


「あ、渡瀬清。生徒会役員やってるよ!…あのさ焔くん、もしよかったらさ」


 必要なんて全くないけど、一瞬のタメを作る。こういうのあると漫画っぽくなるよね。


「生徒会、来ない?」


 恐い先輩もいないしさ。と付け加える。変な先輩はいるけど。

 詳しいことは後から送るよ、と取り敢えず連絡先を交換しておく。

 ここまでの流れがスムーズすぎてやり手のナンパ師かよ、と自分で思ってしまう。下級生の男子相手に。いやいや、おかしいおかしい。

 かわいいクマのアイコンが画面に写し出されたのを確認して、焔くんとは別れる。別に、助けたついでに役員を確保しようとか思ってないよ?ほら、部活で困ってるんだったら、気を休める場所が必要かなって。あわよくばツッコミ要員が増えてくれたらなーなんて考えてないからね?



 *


「来たか」


 夏休み最後の週である、次の週。メッセージで伝えた時刻通りに、焔くんは生徒会室に来てくれた。あんな勧誘の仕方をしといて、全く期待していなかったとは口が割けても言えない。運よすぎるだろ自分、とか全く思ってない。いや、そんなことはどうでもいいんだ。焔くんのその隣にいるのは、もしかして。


「すいません、友達も連れてきちゃって」


「いや全然大丈夫」


 むしろ土下座して感謝したい。0から2になるなんて。本当にありがとうございます。とても嬉しいです。これで来年も安心して引き継ぎができます。


「…じゃあ、入ろっか」


 引き戸を開けて、2人に中へ入るように促す。


 伝えた時刻は集合時間より少し遅くした。紹介という形になら、みんなが集まっていた方が都合がいいと思ったからだ。




「それじゃ、今日は文化祭当日の動きをざっと確認しておきます!」


 無事、1年生2人を紹介し、8人となったメンバーで活動を開始する。おぉ、なんかすごい先輩ぽかったぞ。自分、よくやった。


「今、回したのが一昨年のプログラムね?この中で生徒会が動くのが…」


 彩音先輩が仕切って1年生と2年生に文化祭の流れを説明していく。こういう時はちゃんとしているのがズルい。ちょっとしたことで喜んでた自分が恥ずかしくなるじゃないですか。


「それで、まず決めておきたいのがこれなんだけどさー」


 そう言って彩音先輩はさっき配ったプログラムの表紙を指差す。


「あー…、パンフレットの表紙絵ですか?」


「ざっつらいと!いつもは美術部に頼んでるみたいなんだけど、今年は既に断られちゃってて」


 なるほど。つまり、絵を描いてくれる代役を探す必要があると。


「アテとかあんの?」


「わたしはない!!」


「マジかよ」


「俺も厳しいな」


 みんな口々にないと言い始める。パっと思い浮かんだ顔があったけど、顔を知っているくらいで、自分には頼める相手ではない。こっちからも代役を出すのは難しそうだ。


「えー、誰か描けたりしないの?あ、清とか出来そうじゃない!?どう?やってみてよ!」


「え」


 反射的に驚きが口に出る。お願いだよ~と泣きつかれても困るんだけどな。一体どうすればそうなるのか。

 でもまぁ、指名されたからには少し考えてみる。


 絵を描けないというわけではない。

 むしろ、絵を描くのは得意だ。小学校の時から趣味程度に続けてはきている。ただ、そういうのを学校でやったことがないし、そんなの自分のキャラじゃない。


「渡瀬が困ってんぞー」


「でもさ、ビビっときたんだよねー。ほら、なんか描けそうな顔してない?いけると思ったんだけどなー」


 こっちの反応を見てか、消極的な意見の方に流れていく。あ、マジか。


「うーん、じゃあ各クラスに希望者を募ってもらう?それはそれでめんどくさいな……」


「……やってみてもいいですか?」


 聞こえた声が自分の口から出たものだと気がつくのに数秒。


 自分でも予想外のことに、そこまで言われたらとか、描けなくもないし、とか。勝手に弁解するような言葉が出てきてしまう。


 彩音先輩はそんなこっちに向かって一言。


「よし、任せた!!」


 ニっと笑うその顔は、逆光でよく見えなかった。


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