2.

 結局、集合した生徒会フルメンバーで雑談して解散となった。え、本当に何しに行ったの……。

 3年生なんて受験だって控えているし、部活動と兼任している人もいる。


 わざわざ生徒会室に集まって雑談、なんてことをしていてよかったのだろうか。

 ……なんて教科書に載っているような正論を、彼らは求めていないことぐらいわかる。

 サボったり息抜きをする口実が欲しいだけだし、そんなのをいちいち口に出して確認なんかしない。自分だって説教を説くつもりは微塵もないし、現に、こういう意味のないことを楽しんでいる部分もある。


 ……だからといって、この炎天下の下で片道15分の通学路を自転車で爆走したいとは思わないけどね。

 他の即帰宅メンバーはみんな電車通学で、どうせ数分後には冷房の効いた車内にいることだろう。

 学校まで乗せてくれた自転車を置いてくわけにもいかず、仕方なく、体育館横の自転車置き場まで迎えに行ってやる。久しぶり、自転車くん。1時間ぶりだね。

 背負っているブルーのリュックのポケットから鍵を取り出して自転車のロックを解除する。静かな自転車置き場にガチャンと大きく響いた。


 よし、帰ろうと前カゴにリュックを置いて、ぱっと顔を上げた。


 話し声が聞こえる。


 先程同様、辺りが静かで聞こうとしなくても言葉を耳が拾いあげてしまう。


 おい早くしろよ

 何やってんだよ

 お前、使えなさすぎ

 もう部活動来んな


 ざわ、と身体の中を何かが走った。

 それが飛び出そうとして、いやいや、と首を横に振る。

 自分には関係ない。

 正義感なんて強くないし、面倒事は大体避けて通ってきた。

 だから今更、ヒーローぶるとか、ない。


 スタンドに足をかけて、力を少し加え……ようとして足を下ろす。

 これでも生徒会役員なんだ。少しぐらいでしゃばったって誰にも咎められないだろう。


 自転車には少し待ってもらって、恐らくそこに人が居るであろう、奥の体育館陰を覗く。

 水道が並んでいて、木が生い茂っているそこは、いつもなら部活動に励む彼らの避暑地になっているが。

 今目に入るのは、目を背けたくなるような、そんな光景。

 背の低い、恐らく1年生であろう男子が1人。その前に向き合っているのが、見覚えがあるから…多分、2年生。それが3人。1人の片手には手前の水道に繋いだ青いホース。蛇口は緩めたままなのか、その口からは水が出たままになっていて、足下に大きな水溜まりを作っていた。


 ゴク、と口の中の唾を飲み下す。

 なんとなく見たことがあるようなその光景も、実際にその中に居るとなると話は違う。

 ヤバい、お腹が痛くなってきた気がする。ホントにここに飛び込むの?えーと、えぇっと、じゃあ取り敢えず知らないテイで突入?何やってんのーって。いや、めっちゃ不自然。どうしよう。あ、先生呼んできたぞって。いや先生いないし。たまたま居合わせました?それじゃますます分が悪い。いや、そうなんだけどさ。でも堂々としてないと舐められちゃうだろうし、えー…。誰か模範回答見せて……。

 思わずしゃがみこんで頭を抱えても、罵倒するような声は聞こえたまま。

 え、えーい、もうなるようになれ!!

 ヤケクソになって地面を蹴る。

 胸を張って前を見据えた。ちゃんと出来ているかはさておき。

 深く、ゆっくり空気を吸って。


「…ねぇ、何やってんの?」


 思っていたより低い声が出てしまった。うわ、なんか喧嘩売ってるみたいじゃん。

 4人の視線がこっちに向く。痛い、痛いです。

 目を背けるわけにもいかず、前に目線を向けたまま足を出し、て。

 ぐいっと。


「え、あ」


「うおっ!?」


 目線を逸らさなかったが為に、気がつかなかった足元のホース。

 ピンと張られていたせいで、ただそこに置いてあるだけの代物ではなくなっていた。

 さらに、勢いよく引っ張られたことで、固定されていた手から離れたホースは好き勝手に暴れ回って空中に水で弧を描く。


 身体が宙を舞う。

 大袈裟とかじゃなくて本当に景色がスローモーションに見えた。


 そして身体が地に着いた感覚と、少し遅れてやってくる衝撃。


 あぁもう、何をやってんだろ。


 天地がひっくり返った世界で、文字通り、天を仰いだ。



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