麻雀斎勇気

林悟

第1話

太田斎は非常に困っていた…。

薩洞(サッポロ)の駅近くの雀荘での夕刻の出来事だった。

ありきたりな困惑ではない。東4局の北家で太田斎は、本当に困っていたのだ。

対面のメガネにリーチがかかっていた。

捨て牌は、🀄️ 🀀 🀃 🀐 🀟 🀕。それだけだ。

こういう変哲もない手が一番読みにくい。対面のメガネは逆転の一手だ。太田斎を狙い撃ちするためのリーチもしくは、つもれる自信があってのリーチだろう。

太田斎は、マンガンを振り込まなければ大丈夫なほどのセーフティリードがある。ここもえい、と🀚を捨てかけて、はたと太田斎は困り果てたのである。ドラは🀝。ドラ筋が危ないとかそういうことではない。直感的に太田斎は詰まってしまったのである。

太田斎は、とりあえず🀂を2枚落としていった。

手牌はこうなっていた。

🀑 🀑 🀑 🀔 🀔 🀔 🀖 🀗 🀘 🀘 🀘 🀚 🀛。

こうなると、四暗刻に持っていくよりしょうがない。

🀚をもう1枚ツモった。

🀑 🀑 🀑 🀔 🀔 🀔 🀖 🀗 🀘 🀘 🀘 🀚 🀚 🀛。

どれか1枚捨てねばならぬ。左の上家のアイパーが🀖を捨ててる。太田斎は🀖を捨てた。

今度は🀗をツモってきた。

太田斎は天井を仰ぎ見た。

🀑 🀑 🀑 🀔 🀔 🀔 🀗 🀗 🀘 🀘 🀘 🀚 🀚 🀛。

この手で一色など、何も意味がない。

🀛 🀜でドラを待ってるかもしれないし、🀜 🀝で、ドラを跨いだ待ちかもしれない。

4人の捨て牌を見ても、まだその筋が出ていない。

太田斎は🀗を捨てた。

「あチャー、🀗はチュラいなー」

右の下家の中国人風の男が大声をあげた。

それで太田斎は自分の読みが当たってることを確信した。

太田斎が、2枚目の🀗を捨てたとき、今度は中国人風の男が頭をかかえた。

「どうもいかんな。便の巡りが悪い」

「中国人は、頭を使いながら、尻も使うのかい?」

「ガッハッハ、身体の巡りは全部繋がってる言うのが中国の教え。チョイと廁行かせてチョイな」

中国人男がトイレに向かった。

次は太田祭の出番、何気にツモ牌を盲牌すると、どうやら、🀚 のようだった。🀑 🀑 🀑 🀔 🀔 🀔 🀘 🀘 🀘 🀚 🀚 🀚 🀛なら、🀛はワンチャンスで通るのではないか。

「サッチャー遅いのぉ…」

リーゼントが言った。

「トイレで漏らしてしまったと違うんか?」

メガネが笑って言う。

「しょーがない、助けに行ってやるか」リーゼントが言うと、メガネも立ち上がった。

「漏らして唖然としてたら引っ張ってきてやる!」

「それは嫌だなぁ、あのキュポキュポで引っ張ってやらねば、はっはっは」

2人がトイレに入っていく。

中国人なのに、サッチャーか? どういう名前なんだろうな? 太田斎が麻雀から思案の方向が変わりかけたその時、トイレで大爆笑が聞こえ、一気に静まり返った。

「おっさんたちもクソかい?」

太田斎がトイレに入ると、窓が大きく開け放たれ、誰もいなかった。

太田斎は部屋に戻り、手牌を見た。

「ふん、役満上がって、ダントツのトップも全ては絵空事か…ふざけやがって!」

こうして日本史上最強の太田斎は世間のずるさに負けて、麻雀を辞めることになってしまったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

麻雀斎勇気 林悟 @ogutsugu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る