第59話

場面は一転し―――“現代”へ…………


魔界の王たる者の居城―――『魔王城』の麓にある城下を訪れたシェラザード達は、またその場所で更なる再会をしたものでした。

「さぁ―――っすが、魔王様のお膝元……って、言うか。」

「マナカクリムやエヴァグリムとはどことなく違いますよね。」

「私の盟友ともは特に“経済”と言うモノに力を入れていたからな、かと言ってルベリウスもおさめていたものだ、までは―――な……」

その時代に生きていたからこそ、“豹変”ぶりが知れてくる……“豹変”するそれまでは上手くこの世を統治できていた―――なのに、ある日突然、狂い始めてしまった……

魔王の変異ぶりにまず戸惑ったのは彼の配下でした。

その変異ぶりを指摘し、諫言してくる者達を排除し、代わって暴虐ぶりが目に付き始めた……市場しじょうは混乱し、“闇”の市場いちばが形成され、いかがわしい商売を生業なりわいとする者達が増え始めた―――“奴隷”などはその最たるもので、その憂き目に晒されていたのは亜人であり、獣人であり、ヒトだった……けれどもそれを魔王ルベリウスは承認し、あまつさ庇護ひごをしたのです。

しかしそれを批判すれば『現政権に叛意ある者』として捉えられ、善意ある者、忠臣の類は姿を隠棲かくし、逆におもねる者や曲学阿世きょくがくあせいの類が幅を利かせたのです。

{*曲学阿世きょくがくあせいとは、学問としての本分を捻じ曲げ、時の権力者などに媚び、へつらう学者や生徒達の事を云う}


しかしそれは、つい先頃までエヴァグリムの国内で蔓延はびこっていた状況と同じ……いや、この当時は魔界せかい全体がエヴァグリム化をしていたと言っても過言ではなかったのです。

そして、この窮状きゅうじょうを救ったのが、シェラザード自身憧憬こがれてまない【緋鮮の覇王】であったり、この度接見をする―――


「(あれ……?あの後ろ姿、ひよっとして?)」


魔王城の城下をはし大路おおじを進んでいる途中、見かけたことがある後ろ姿をシェラザードは見つけました。

「あの……ちょっと―――?」

「う~ん? やあ―――君達、こんな処で会うだなんて実に奇遇だねぇ。」

「ミカさん?」

「あの後また“プイ”といなくなったと思ったら……」

「フ・フン―――ボクは“渡り鳥”なのサ。 一つの留まり木ではなくまた別の留まり木を求め、“街”から“町”へと―――人やその出会いがうたを作るからボクはそこへと呼ばれて行くのサア~♪」

その“後ろ姿”―――こそ、自分達のクランの古参のメンバーだった『吟遊詩人』のミカでした。

実はこの人物は、以前シェラザード達と顔見せをした後また気の向くままにマナカクリムを離れ、魔界の各所へと渡っていた……ようなのでしたが―――また再会できたことを機会と捉え、現在自分達がここにいる事を述べてみると……

「ふう~~ん、魔王君に用があるのか。」

「(“君”?)ええ―――まあ、そうなんですけど……」

「ミカ殿、私の盟友ともいまだに“君”付けとは……あなたくらいのものですぞ。」

「ははは―――あの人とは古くからの知り合いだからねえ~けど、そうだなあ―――久しぶりに生存報告くらいしておかないと、無用な心配をさせちゃうからねぇ☆」

「(……?)ササラ様―――どうかされたのですか?」

「いえ……なんでも―――」


「(やはり……似ている―――この吟遊詩人が醸す雰囲気が、限りなく“あの方”に……)」


再会の喜びを分かち合う仲間達……そのの外れで、ササラだけがこの吟遊詩人に対しある種の“疑い”の眼を向けていたのです。

けれど、なにもその“疑い”は、悪いものではなかった―――いや、寧ろ…………


それはそれとして、魔王へ接見する者がまた一人増え……たとて、その足は愈々いよいよ魔王城の城門前に到着しました。

そこでやはり最初の関門として待ち受けていたのは……

「“見張り”―――『衛兵』ですな……それも、たった一人で?」


「お前エたち―――なニもの……ダ?」


明らかに、屈強な戦士―――

『黒銅鋼』の鎧を纏い、その頭に二本の角を頂き、“筋肉ダルマ”ではない程度の筋肉をつけ身の丈もヴァーミリオンと同等……

そう、つまりオーガのセンチネル―――しかも“彼女”が手にする武器は長身のオーガの倍以上もあろうかとされる長柄武器ポール・アックス……

「久しぶりだな、『テスタロッサ』。」

「ヴァーミリオン……なニよウ―――デ……こコ に?」

「旧知のよしみを温める為―――」

「ソの予定……聞いテ―――なイ。」

「ヘレナ―――」

「この“私”が、通行手形代わりだ―――そう言ったら?」

「通ヨう……しナい―――こノ門、固メるは―――ワレの役メ……ワレのやク目、怠慢とナれば……主上ニ危害及ブ。」

「ヤレヤレ―――取り付く島がないったら。」

「テスタロッサ殿、そこをお通し願いたい。」

「【黒キ魔女】―――たとイ、あナた様の願いデ アロう―――とモ……」


「テスタロッサ―――お通しを。」


「『侍従長』……了解―――シタ、通行を許カ……する。」



#59;侍従長



かたくなまでに自分の職務に忠実―――それが例え昔からの親交があり可愛がられた……とはしていても―――

何者にもほだされもせず、ただかたくなに城門から先へと進ませなかったのです。

しかしながら、テスタロッサなる番兵が先を譲った経緯とは、たった一人の、たったの一言……ノエルやササラと同族であり―――黒豹の耳と尾を持つ、獣人の女性……“”を、『サリバン』

「助かりました、伯母上様。」

「“伯母上”?ああ~~道理で……」

「私も、嬉しいわ……姉上様のお子であるあなたの成長した姿をこうしてまみえるなんて。」


「あ~の……ちょっとご質問。」

「はい、なんでしょう。」

「ササラの“伯母上”で―――ノエル様を“姉上”……って、事は―――」

ササラやノエルと同じく、黒豹人族の『侍従長』―――そして彼女達の“伯母”にして“姉”とした者こそは、ノエルの一家で生き残った5人兄妹の“一人”なのでした。

しかしながら、そうした人物が今代の魔王に仕えている―――と、言う事は……

「生き残った私達5人の兄妹は、あまねく今代の魔王様に仕える事を許される身となったのです。 “前代”の御代みよに於いてはゴミか塵芥ちりあくたの如きの扱いを受けていた獣人私達を、今代の魔王様は初めて人として認めて下された……このご恩に報いる為ならば、例えこの身命を賭してでもお仕えしよう……と、言うのが、私達兄妹の使命と考えております。」

あの“5人”―――

ノエルの兄妹達は、あの時点で一番年上のノエルの功績が認められ、魔王の陣営へと就職することが出来ていたのです。

それにこれはシルフィも以前言っていたように、魔王のもとで働けると言うのは業界の最高峰と言われていただけに就職倍率もかなり高かったのです。

それを350年前当時、底辺の種属や身分とは言え魔王のもとに就職できていたと言う事は“大抜擢”そのものと言えた―――それに、大抜擢された当初は批難怨嗟の声もあったものでしたが、そうしたモノを失くしてしまったのも『魔王』と言う名声・名跡の影響力があったからこそ……


豹変し、狂ってしまったとは言え、『魔王』―――

何者にも屈さず、侵されざる者……

その“発言”や“一挙手一投足”が、影響を与える存在……

そうした印象を一つとして損ねることなく“”を継ぐる―――


そうした者に、これから接見う―――


侍従長サリバンの案内で、『王』が坐するべき“間”に、通され―――たはいいのですが。


「あれっ? 誰もいないジャン―――」

「あらあらマアマア―――一体どこへといらっしゃっているのでしょうね?」

「なあ~~ヘレナ―――キミ、アポちゃんと取ったのかい?」

「ん~~?ここんところ平和してるもんだから、暇持て余してるだろ?そう思って―――」

「つまり、“していない”―――と、言う事だな、了解した。」

「伯母上様方……あなた方にとっては日常的かも知れませんが、他の者達にとっては……」

「“非”日常的―――と、言うのでしょう?それに、ヘレナの言葉ではありませんが暇を持て余していても“政務”と言うものは回り続けているのです。」

「~ん?それ―――って、もしかして……」

「“政務”に携わってこられた方は、理解も早くて何よりです。 いかにも―――『摂政』と言う“代行行政機関”を置き、それは滞りなく……そして、『摂政』を担当するのも私達の兄妹でありますがゆえに。」

驚くべき新事実として、今代の魔王は直接的には政治を見ていない―――と、言う事が発覚したのです。

が、それは普遍的に対処できるレベルであれば“代行機関”で事足りるだろうとされたからであり、普遍的よりもより高度な判断が必要な場合は、魔王が直接自ら判断する―――そう言う体制を取っていたのです。


ならば―――?


高度な判断が必要とされるとき以外、魔王は一体何をしていた……―――?



……ので、しょうか―――





つづく

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