第52話

#52;今昔こんじゃく<盗賊の首魁>



その“晩”は『新月』―――月はその影をなくし、その明かりを頼れることはない。

あまつさえ『盗賊の首魁』は黒き豹人の一族にして“闇”に、“影”に、暗躍せし者―――“忍”と言う、技能を修めたる者……

その『盗賊の首魁』の得意とする忍術―――≪潜影≫により“闇”に“影”に紛れた者は自らの気配の一切を断ち、他者の“生命”を―――“財産”を、狙い来る……

そして―――兇刃は襲い来る、頭上より現れた死神は、その者の“生命”を……その一つで一代の財産を形成させる『黄金の剣』を奪わんとして。


しかしそれは、ある者の意思によって阻まれることとなる。


「ナニッ―――?!」


ニルヴァーナの生命を奪い、また彼女の有する黄金の剣を奪う為にと為された『盗賊の首魁』の暗殺術―――<影殺:修羅道>……しかしその兇刃は、ニルヴァーナに届くことはありませんでした。


なぜなら―――


「余計なことを……」

「フン、あんたがどう思おうが、あんたはこの私の獲物だ……誰にも渡すつもりはないね。」

「だが、今は礼を申しておくべきだろうな。」

「フン―――おい!そこの獣人のチビすけ!その剣はこの私が先に目をつけといたんだ、ついでに、そいつの首も……な。」

「この私の事を“チビすけ”とは……貧弱なヒト如きが―――」

ヒト―――だからなんと?私達を侮ると、どうなるか……目に物見せてくれる!」


               <一閃;剪定>



リリアが所有する“スキル”の一つ≪晄楯≫により身に迫る危険は払われたものの、未だこの頃は互いに通わせていない事もあったからか、素直にはなり切れていませんでした。

それに、まだこの頃は以前からの癖が抜け切れていなかったからか、リリアもニルヴァーナの生命と、その剣の両方を狙っていた……

ただ、彼女がニルヴァーナと同道していたのは、自らの武の腕を更に高めんが為―――

だからこそ、自分の獲物を横取りしようとしている見かけの上では少女のなりをした『盗賊の首魁』に食って掛かったのです。


そして―――


“売り”言葉に“買い”言葉……それによってより一層雰囲気は険悪となり、“元”『傭兵団頭領』と親しき仲であった『巫女』の抜刀術が冴えわたる―――


……が、しかし―――


「(消えた……)なるほど、捉え処莫きと言うのは本当のようですね……」


そう―――これが“忍術”、虚を実とせず、実を虚とする“まやかしのすべ”……

しかしながらそのことわりを知らない者にとっては、立ち処に惑わされる……


                    フ・フ・フ・フ――――――


 “闇”と化した私を

                   捉え切ることは不可能…………

 そう教えて差し上げたつもりだったのだが―――?

憐れだよ、あんた達……

                          さあ、今こそ


        “闇”に捉われる恐怖、篤と味わうがいい!



今宵は『新月』―――まだ月明かりが望めていたなら、どうにか出来たのでしょうが……しかも場所的にも森の中とあっては唯一望みの星明りさえ届かない……

真の闇―――

しかも、森の中ゆえ忍の術に長けた者が操る≪木霊魂こだま≫により、“前”に“後”に―――“左”に“右”に声は反響する……


そしてまた、どこからともなく―――


「ぐうっ―――?!く……は、離せっ!」

「軽いな……そなた―――」

「なっ……何をッ―――!?」

「そなたは、この者達を惑わせたつもりだろうが……そなた自身言っていたではないか、この私の生命を……そして、この剣を奪う―――と、な。」


その“手”は明らかに狙っていた……ニルヴァーナの、腰に下げていた、黄金の剣を。

その事が判っていただけに、ニルヴァーナは自分の周りにのみ注意を払っていればよかったのです。

そして盗み獲ろうとしたその手を掴み、正直な感想だけを述べる……

“軽い”―――

それに、自分の事を“チビすけ”と侮られた事に、憤慨をしていた……

とは言え、手を掴まれたままでは―――と、思い、振り払った……までは良かったものの―――


「あっ―――あいつ、また影に……」

「姑息な……」


「フッ……―――またの……

                     機会にするとしよう……

        それまでせいぜ…………

……いっ―――?!」


またしても忍術の≪潜影≫を使い、今度はこの場よりの離脱を計ろうとする『盗賊の首魁』―――でしたが……“闇”へと、“影”へと、同化しようとした途上、何者かの手によりそれは阻まれた……



そん……な―――わ、私の忍術が効かない?!そう言えば!その最初からこの女には通じていないと言う気がしていたが……

でっ―――では、今までの私のまやかしは、この女に総て見破られて……!


その“手”のあるじとは、ニルヴァーナのものだった……

そう、リリアやホホヅキには通用していた『盗賊の首魁』の忍術は、実はニルヴァーナには通用していなかった事がこの時判明してしまったのです。

“ネタ”が判っている手品ほど、面白みに欠けるものは……ない―――

その事が知れるまで、実は自分は道化を演じているようなものだった……?


そして、直感をしてしまう―――  自分の生命のついと言うものを……


、悔恨の涕が伝ってしまう―――


「そなた、何か隠しておるな?」

「フン―――盗賊風情が、隠す事なんて……」

「止めておけ……私も今しがたこの者の眸に宿りし感情を読み取ることにより判ってきたのだ、それに……妙だとは思っていたのだ。」

「“妙”―――?とは……」

「リリアよ、そなた先程この者の事をなんと言っていた。」

「“チビすけ”―――か……」

「それは事実ではない、恐らくこの者は120のよわいを重ねているはず。」

「120……私達の倍以上も―――」

「……で、あるのにやたらと軽かった、恐らくこの者は発育の障害……いや、違うな―――単に栄養が足りていないのか?そなた、兄妹は何人いる。」


その言葉が、オーガの口より漏れた途端、その目より涕が堰を切ったかのように溢れ、また戦意も喪失する―――


『盗賊の首魁』の名―――『ノエル』……


ノエルが、その身を盗賊にまでやつし、他者の生命を―――財産を奪うのには理由がありました。

単純にして明確な理由―――『貧乏人の子沢山』

ノエルの兄妹は、全員で15人……が、しかし―――貧困であるが故に行き渡らなければならない食糧も、行き渡ることがなかった―――……


10人……


15いた兄妹も今や5人にまで減り、残された兄妹達の食い扶持をノエル一人が稼いでいた……自分達が生き残るためには、他者の心配など無用するものではない―――

だからこそ、その手を染めてしまう……他人に理解してもらおうとは思っていない……

それ程までに、薄汚れてしまった、自分の手―――

まだ幼い兄妹までには、自分の生業なりわいは明らかにはしていませんでしたが、自分のよわいに近しい兄妹には、自分が言わずともどこか理解してくれている様だった……


ただ一つ言えた事―――


自分ノエルの生命の終焉は、残された兄妹達の生命も、握っていたと言う事……


そして、今―――


「(えっ……―――)」

「さぞや不憫であったろう、この剣自体はやれぬがこの剣についている飾りくらいは良かろう。 これで、その……そなたの兄妹の飢えを充たしてやるがよい、そしてそなた自身の飢えも―――な……。」


ニルヴァーナの腰に下げていた剣は、刀身や柄、鞘までも黄金であつらえたものでしたが、剣自体を取り巻いている“飾り”もまた豪華なものでした。

その一つを取り外すと、“それ”を元手にしてノエル自身や残された兄妹に施すよう伝えたのです。






つづく

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