第六章 対策会議

 お神酒を薄めた事を白状すると、事務所にはそれまでとは違った、ザワザワした焦燥感が沸き立った。

 酒井は大人たちが何をそう深刻に受け止めているのか分からず不安になった。

「で、でも。……みんな美味そうに飲んで、いやあ、今年も良い酒が出来そうで良かった良かった、って、喜んでいたじゃないか?」

 しゃべっている内に酒井はリーダー格の酒田を代弁するように得意になって言った。

「上品な上等な酒なんて、元々水みたいな物で、ちょっとくらい薄めたって分かりゃしなかっただろう?」

「分からないわけがあるか」

 なんにも分からない子どもに忌々しそうにして、島田社長は言った。

「お供え物ってのは神様にお召し上がりいただく為にお供えするんだ。もちろん神様が実際に食べたりはしないが、神様がお召し上がりになれば、その分、味は薄まる。ねえ、先生。そうですよねえ?」

 社長に振られて紅倉は。

「そうですね。そういうこともあるでしょうね。召し上がると言うのとは別でしょうけど、霊的な影響で味が変わると言うのはよくありますよ。日本酒は特に敏感ね。よく言われるのは、不可思議な現象が起こる部屋に、コップに日本酒を入れて一晩置くと、味に変化がなければよし、ひどい味になっていたら、悪い霊がいる、って言う風な判定に使う、ってね」

 そうでしょう、と社長はしたり顔で頷いて。改めてガッカリした顔で少年に言った。

「だからなあ、そうであってくれれば、と、みんな思ってたんだよ。胸の中に疑念を覚えながらもな」

 色ガキまっさかりの酒井は都会の綺麗なお姉さんにドギマギしつつ、この人が言うなら本当かもな、と思って、ますます身の縮まる思いになった。

 社長は反省した様子の少年にため息をつき、「先生」、と改めて紅倉に向き合った。

「どうでしょうねえ? 神様のご機嫌……なんてのは、お分かりになりませんでしょうかねえ?」

 紅倉は、ふうむ、と首をかしげて酒井を透かし見るようにした。

「そりゃあもう、ものすご~~く、怒っていらっしゃるわねえ」

 はあーー……、とため息をついて、島田社長は困った顔を岳山社長と見合わせた。



 事態が判明して、醸造関係の有力者たち……松尾神社の拝殿に入って神事に参加した会社の社長らが招集された。

 十名余の大人たちで事務所はいっぱいになり、ほとんどが立ち話で、隅っこで椅子に座らされた酒井には針のむしろだった。となりに都会の美人の芙蓉と紅倉が並んで座っているのがちょっぴり嬉しくもあったが。

 社長たちに混じって、岳山酒造の杜氏(とうじ)も参上していた。

 悪ガキ四人のリーダー格、酒井修一の父親である。

 駆けつけ一番、濃い毛を角刈りにした壮健そうな、まだ若い職人の頭が、

「皆様。この度はまたうちのせがれがご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございません」

 と厳しい顔で深々お辞儀した。

「誠に、申し訳ない」

 岳山社長も並んで頭を下げた。

「まあ、そりゃあ後でいいから」

 と島田社長は納めつつ、思い出し、

「息子さんたち、容態は?」

 と訊いた。酒田杜氏は顔を上げながら、

「まだなんとも。うちの《家内》が病院に向かいましたんで、その内連絡してくると思います」

 と、心配するのも申し訳ないように言った。

「まあ、鍛えてる子たちだから大丈夫だろう」

 島田社長は慰めつつ、「さて」と本題に入った。


「子どものいたずらとは言え、わしらは神様に大変な失礼をしてしまった。どうしたものでしょうなあ?」

 社長たちはお互いの様子を伺いつつ、

「失礼をお詫びして、お供えを上げ直すしかないんじゃないか?」

 と意見を出した。

 うーーん……、それしかないだろうなあ……、と皆難しい顔でうなずいた。

「お神酒だけ取り替えたらいいんだろうかなあ? 他の、鯛やら野菜やらも全部替えないといかんかなあ?」

「神様に誠意を見せにゃならんからな。やっぱり全部やり直しだろう」

「晩の宴会用に食材は揃えてあるからなんとかなると思うが」

 あれとあれはある、あれはどうだ?、と、

「調理しちまう前に確保せんとな」

 よし、急げ急げ、と、皆さっそく準備に掛かろうとしたが。


「エッヘン。オッホン。ンッンン」


 紅倉がわざとらしく咳をして皆の注意を引いた。

「紅倉先生。何か問題でも?」

 町の大立て者の島田社長がやたら心酔している東京の女霊能師に、他の社長らは興味津々、ちょっぴりうさん臭さも感じつつ、注目した。

 皆の視線を集めると、紅倉は、フンフンやって、鼻の上にしわを寄せた。


「くちゃい」


 一同、目をぱちくりさせて、ばつの悪い顔になった。さんざん飲み食いしてきて、ワイワイガヤガヤやったから、大して広くない事務所内に自分たちの息が充満していた。

「いやどうも、若い女性のいらっしゃる所で、申し訳ありません」

 島田社長が頭を掻いて謝ったが。

 紅倉はフンフンやって、


「この子が一番、青臭い」


 と、芙蓉の向こうの酒井を指さした。

「青臭い?」

 なんだろう?と社長らは思った。紅倉は、

「皆さんからもします」

 と大人たちも指さした。

「それは……なんの臭いです?」

「青臭いと言ったら、」

 紅倉は自嘲するように嫌な笑いを浮かべた。

「ヘビでしょう。皆さん、うわばみに取り憑かれています」

「うわばみ?」

 大蛇の事だ。大酒飲みの代名詞にも使われて、納得いくように思いつつ、何かの例えなのか?と社長たちは疑問にも思った。

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