第五章 天罰覿面


 部外者のお巡りさんは「蔵から」と言ったが、高校生たちが一升瓶を盗み出したのをは瓶詰めされた商品を入れている貯蔵庫ではなかった。四人も最初はそのつもりだったのだが、ちゃんと鍵がかかっていて無理だった。

 しかし祭りの最中と言うのが幸いした。

 松尾神社の神事が終わって一同は解散すると、醸造関係の社長らは自分の会社に帰り、醸造所の神棚に松尾大社から戴いた大木札を納め、お参りすると、職人たちはさっそく酒造り、味噌造り、醤油造りの作業を始め、社長たちはそれを見届けると町のお祭りの会場へと出かけていった。

 酒造会社の多くで一般のお客さんに向けて酒造りの見学コースを設けている。

 岳山酒造もそうだった。

 しかしこの日は祭りと酒の造り始めの大事な日と言うことで、見学コースは休止していた。外の招待客の見学は町で一番大きい島田酒造が受け持っていた。

 そう言うわけで岳山酒造では、外からお客さんが来る事もなく、職人以外の従業員は祭りの手伝いに出ていて、職人たちは大事な造り始めの作業に集中していて、警備の面で隙が出来た。

 独立した建物の貯蔵庫が駄目だった四人は、母屋の正面玄関からそうっと中をうかがいつつ侵入した。職人たちが作業をしている醸造所と、それを見学するコースは衛生面からガラスで隔てられていた。四人は見学コースを腰を屈めてそうっと奥へ進み、すると、見学者に試飲を振る舞う休憩所があって、その奥の台所に、試飲用の一升瓶が置かれていた。

 しめしめとそれをバッグに入れて、四人はまたそろりそろりと、表玄関から出て行ったのだった。


 首尾よく追加の酒を手に入れた四人は、早く飲みたくて堪らず、近所の、ひっそりとして祭りとは関係なさそうな寺に入り込んだ。こどもの頃、探検ごっこをした本堂の床下に潜り込み、そこで宴会を再開した。


 この地域一帯で高級な酒と言うと「研ぎ澄まされた辛口」が多い中、岳山酒造は「芳醇な旨口うまくち(甘口)」の「田舟(たぶね)」が蔵を代表する銘酒となっている。

 原材料の米を決まった田で決まった量しか作らず、昔ながらの手間のかかる作り方をしているので、他の蔵に比べて作られる量は少なく、お値段もそれなりにする。一般に出回る量も限られていて、全国の酒好きの憧れの逸品、幻の酒になっている。

 アルコール度数は変わらないのだが、味わい深い分、消化が早く、酔いが回りやすいかもしれない。


 一升瓶から遠慮なしに紙コップにどぼどぼ注いで、美味い美味い、とゴクゴク飲む三人に、下戸の酒井は、

「おい、おまえら、あんまり無茶な飲み方するなよお」

 と、恐ろしそうに言った。三人とも既に真っ赤な顔になっている。全体的に膨らんで、目が細くなっている。一目で飲酒をしたと分かってしまう。

 酒井の心配を他所に、

「うひぇひぇひぇひぇひぇひぇ」

 と三人は気色悪い笑い声を上げた。

「こんな美味い物を飲めねえなんて、おまえ、ほんっとうに、可哀想な奴だなあ」

 そうしてコップで飲んでるのももどかしく、酒田が一升瓶を持ってラッパ飲みし、

「あ、この野郎、俺にも寄越せ」

 と、古田も、米田も、寄越せ寄越せ、と一升瓶を煽り、三人で順繰りにゴクゴク飲んでいった。

 酒井は呆れ返るよりなかった。

「おまえら。絶対に後で後悔するぞ」

 明日は二日酔いで大変だぞ、と思ったのだが。

 しかし。

 彼らが後悔する時はすぐにやってきた。

 寄越せ、と一升瓶を奪った酒田が、瓶の口を口に持ってきて、そこで止まった。じっとそのまま動かず、けっきょくそのまま瓶を地面に置いた。他の二人もじっと瓶を見つめたまま、手を出そうとはしなかった。

 三人とも微動だにしない。

「どうした?」

 酒井が三人の顔を覗き込んで声をかけると、

「う、……うおええっ」

 三人は一斉に嘔吐の声を上げた。しかし吐き出せずに、おえっ、おえっ、と苦しそうに口を開けて舌を出しながら、つばを飲み込み、また、おええっ、とくり返した。

「おい、大丈夫かよ?」

 とても大丈夫ではなく、三人は切なくてしょうがないように体を横向きにして下を向き、肩で息をしながら、おええっ、と、やがて体をブルブル震えださせた。

「おい、大丈夫かよ?」

 三人のただ事でない様子に心配で堪らず酒井は重ねて声をかけた。

 三人は横向きに寝て、下を向いて、おええっ、と吐きたそうに背中を震わせるのだが、吐けずに、ブルブルガタガタ震え続けた。

「おいっ、しっかりしろよ!」

 酒井は叱咤するように声をかけたが、三人はもう自分の事に精一杯で、まったく聞こえてもいないようだった。

 三人はバタバタ地面に転がり、ゼエゼエ、荒い息をつきだした。

 苦しそうにうめき声を上げる。

 大変だあ、と酒井は青くなった。急性アルコール中毒と言うやつだろう。

 一升瓶を見ると、もう四分の一もなくなっている。

 この馬っ鹿野郎どもが、とその無茶ぶりに腹が立ったが、もうそんな事を言っている状態でもなく、

「待ってろ、今、救急車を呼んでやるからな」

 と、酒井は携帯電話を取り出しつつ、

 あ、そうだ、

 と、床下を抜け出し、

「すみませーん!」

 と寺に助けを求めた。まずは水を飲ませようと思ったのだ。

 本堂につながる住居に駆け込むと、幸い住職がいて、とにかく水を、

「いっぱい、ペットボトルとかありませんか?」

 とお願いして、自分は携帯で119番通報した。やかんに水を入れてきた住職は電話のやり取りで事態を知り、怖い顔をしながらも、

「どこじゃ?」

 と、三人の介抱にいっしょに向かってくれた。


 そうしてやがて、救急車がやって来て、パトロールのお巡りさんがやって来て、こりゃ大変だ、と町の有力者たちにご注進に向かったわけである。



 三人は病院に搬送され、住職が付き添いに同乗していき、残された酒井はお巡りさんに引っ立てられて、祭り会場の温泉旅館の、事務所にやって来た。

 怖い顔の岳山酒造社長と島田社長がやって来た。途中、

「や、紅倉先生。おいでくださりましたか」

 と会った紅倉と芙蓉も同行した。

 怖い親父たちに睨まれて、酒井は、以上、一升瓶を盗み出してからの顛末を白状した。

「こおの、馬鹿モンが!!」

 島田社長が雷を落とした。

「一度ならず二度までも。あれだけ叱られて、まだ懲りないか!?」

「済みません」

 酒井はひたすら恐縮して謝った。島田社長は絶対甘い顔を見せるものかとなお言った。

「大人と社会を舐めるのも大概にしろよ。今度はもうどう言い訳もつかないからな。おまえら四人とも、専門学校に行くつもりなんだって? だからって飲酒が許されると思うか? 専門学校行く以前に、高校だって、退学させられるかも知れないぞ?」

「済みません」

「えーと、まあ、なんだ。おまえは飲んでないのか。だがまあ……、こうして叱られるのを覚悟で119番したのは偉かったが。だからってなあ、そんな大事な友だちなら、そもそも悪いことをさせるんじゃあない!」

「はい。済みません」

「うーんと、えーと、なんだ……」

 島田社長はもっと叱る材料を捜したが、なかなか出てこないようだ。

 どうやら社長は、本気で少年を怒っているより、隣りの岳山社長の事を気にしているようだった。

 腕を組んでじっと黙っていた岳山社長が口を開いた。

「どれだけ飲んだって?」

「一升瓶を三人で……、あ、いや、四分の一くらいは残ってました」

「うちの酒をラッパ飲みしたって?」

「済みません……」

「酒ってのはそういう飲み方するもんじゃねえや、馬鹿野郎」

「済みません…………」

「下手すりゃ、死ぬぞ」

「…………………」

 椅子に座らされている酒井は、ズボンの膝をぎゅうっと握りしめた。三人の様子を思い出して、死ぬかもしれない、という恐怖がリアルに胸中に膨れ上がった。

「それで」

 静かだがドスの利いた声に、酒井はビクッと顔を上げた。

「他に悪さはしてねえのか?」

「い、いえ、他には特に……」

「本当か?」

 酒井は岳山社長のじっと見つめる目から目を逸らせずに、どっと脂汗を吹き出させた。

 にらめっこに耐え切れずに、とうとう白状した。

「済みません。最初に、松尾神社に奉納されてたお神酒をちょろまかして、水で薄めました」

 済みませーん!、と酒井は平謝りした。

 あーー……、と島田社長は天を仰ぎ、情けなく、呆れ返った顔で、今度は心から少年に言った。

「なんって、馬鹿な事をしでかしてくれたんだ…………」

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