第三章 乾杯

 高校男子四人組は田んぼの中の浮き島みたいな小山にいた。ここにも諏訪神社があったが、お神輿程度の小さな社で、参拝客と言うより農作業の休憩用にかベンチが置いてあった。中倉町にはあちこちにこうした小さな神社があった。

「こっちはお寂しいこって。ま、おすそ分けを」

 黒ずんだ湯のみ茶碗があったのでペットボトルからお神酒をちょっと注いでやり、形ばかり拝んだ。

 四人……酒田修一、古田将馬、米田拓、酒井豪太、は、地面に車座になり、紙コップを配ると、お神酒を注いでいった。それぞれ紙コップを掲げ、

「そいじゃ俺たちはストレートで」

 ヒヒヒ、と笑い、

「乾杯」

「カンパーイ!」

 ゴクッ、と普通にジュースを飲むように喉に流し込んだ。



 彼らが飲酒をするのはこれが初めてではなかった。

 元々彼らは熱心な野球少年たちだった。

 持てる時間の全てを練習に費やし、夏の大会ではかなり本気で甲子園出場を目指していた。

 しかし彼らの夢は、三回戦、優勝候補の強豪校に破れてはかなく散った。

 心にぽっかり穴が開き、その穴を埋める為に安直な行為に走った。

 それが飲酒だった。

 それはあっさりばれ、彼ら四人は大目玉を食らった。

 けれどそれは町の中だけに留め置かれた。夏休み中であり、彼らの通う、隣りの市の高校には報告されなかった。

 中倉町は酒造りの町だ、その町で未成年者が飲酒したなど、町のブランドイメージに傷が付く。

 特に四人の内、リーダー格の酒田修一が問題だった。彼は杜氏(とうじ:酒造りの職人の最高責任者)の息子だった。

 修一は父親にこっぴどく叱られ、

「杜氏の息子が安い酒なんか飲むな」

 と言われた。

 彼らが飲んでいたのはコンビニで買った2リットルパックの一般的な日本酒だった。

 町の大人たちから、一方ではこっぴどく叱られ、その一方では守られて、夢に破れてやさぐれていた修一たちの心はますます荒れた。


(ちっくしょう……。今に見てやがれ)


 と、復讐の機会を伺っていたのであった。



 ゴクン、と紙コップの酒を飲むと、

 ゲホン、ゲホン、と一人が激しく咳き込んだ。他の三人は、あーあ、と哀れに眺めた。

「やっぱ駄目か?」

「ああ……」

 酒井豪太……お神酒をちょろまかす時には表で見張りをしていた……は、うえ~、と舌を出し、舌まで洗うみたいに手の甲で口をゴシゴシ拭った。

「やっぱ俺、アルコールは受け付けねえ体質なんだわ」

「へえー」

 三人は呆れて、意地悪く笑った。

「名前はぶっちぎりで飲みそうなのになあ」

「うっせーよ」



 夏休みの飲酒がばれたのは、酒井が中毒症状に陥ってしまったからだった。

 酒井自身、初めて飲む酒に、

(こういうものなんだろう)

 と、無理して飲んだのが悪かった。二口、三口で、ドクドクと血管が脈打ち、強烈な頭痛がして、座っているのにグラグラ世界が回って、ぶっ倒れた。

 他の三人が驚いて声をかけても、うんうんうなって、顔は真っ赤で、汗が玉になって噴き出して、すぐに

 これはやばい。

 となった。

 大事な仲間の命に関わる事なのですぐに119番通報した。……この点だけは偉かった。

 飲酒がバレて、大人たちにはこっぴどく怒られたが、おかげで酒井はすぐに快復した。


 今回の飲酒リベンジ、他の三人は、

「おめえはいいよ」

 と言ったのだが、

「なんだよ、仲間はずれにすんなよー」

 と酒井も加わった。

 酒井がそう言うならと、他の三人も承諾した。



 酒井は早々にコップを置き、顔をしかめて三人を眺めた。

「おまえらは平気なのか?」

「全然。な?」

「おう。さっすが上等な酒。さらさら行けるぜ」

「おう。美味えじゃねえか? 俺ってかなり行ける口みたいだぜ?」

「ほんとかよ?」

 笑いながら、ゴクゴク飲んで、

「プハー。うんめえー」

 と舌なめずり。

「水よりかかなり美味いじゃねえか?」

 ハハハと笑って、三人は一杯めを飲み干すと、次々二杯めを注いで、またゴクゴク飲んだ。

 下戸げこの酒井が呆れて、

「おいおい、酒ばっか飲んでると悪酔いするぞ?」

 と、つまみと言えばこれだろうと用意していたソフトさきいかの袋を開けてやった。

 三人は、「おう、サンキュー」とさきいかをつまみながら、ますますグイグイ酒を飲んでいった。

「なんだ、もう終わりか」

 残りわずかで、三杯めはちょっとずつしか当たらなかった。1リットルをほぼ三人で空けたから、ほぼ330ミリリットルずつ、缶ジュース一杯分だ。

「足りねえな」

 グイッと一口に飲んでしまって、三人ともつまらなそうに顔をしかめた。

「おいおい」

 酒井が慌てた。三人とも既に顔が真っ赤になっている。

「もう十分酔ってるって。これで満足しろよ」

 三人は、ギロッ、とまぶたの重くなって据わった目で酒井を睨んだ。酒井はひるんだが、三人は、


「うひゃひゃひゃひゃひゃ」


 と、相好を崩して大笑いした。

「酒井くふ~ん」

 首に腕を回して絡んできた。

「めでたいお祭りだよお? 未成年が酔っぱらって何が悪いっつーのお?」

「いや、そもそも未成年が飲酒しちゃ駄目だから」

「硬い事言うなよお~~」

 ベタベタ抱きついてきて、酒井は気持ち悪そうに押しのけた。

「酒が飲めないなんて、君は可哀想だなあ」

「そうだぞお、人生損してるぞお?」

 三人とも酒とイカ臭い息を吐いてうひゃうひゃ笑った。しらふにとっては完全に迷惑な酔っぱらい親父どもだ。

「よーし、もう一軒行くぞ!」

「おー!!」

「おいおい」

 盛り上がる三人の酔っぱらいに酒井は慌てまくった。

「この町で俺らに酒売ってくれる店なんてないって。諦めろよ」

「祭りなんだから酒なんてそこら辺にいくらでもあるだろう?」

「ねーよ!」

「あー……、うるせえなあ……」

 酔っぱらいどもの目つきが凶悪になったので酒井はビビった。

「そいじゃあ……、蔵に取りに行こう!」

「おー、行こう行こう!」

 彼らはまたあっさり機嫌よくなって、立ち上がった。その途端、ふらついて、

「ほら見ろ」

 酒井は三人を危ない危ないと支えてやった。

「ご苦労!」

 偉そうに言って、

「さあ行くぞ」

「おー!!」

 三人は意気揚々、田んぼの道に降りて行った。

「おい、やめようぜー」

 酒井はどうしようもない酔っぱらいどもに手を焼きつつ、誰か大人に見つかりはしないかとヒヤヒヤしながらついていった。

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