第2話 死者の行進
意識の覚醒は唐突にやってきて、
眼前に広がる草原は地平線のかなたまで続いて、真っ赤に染まっていて、そして、彼女の周りには誰もいなかった。
彼女は遠くに見える町に向かって歩いた。そこにいけば誰かに会えるのではないかと。だが、その望みも打ち砕かれた。
やっとの思いで着いた町には文明の残滓だけが残されて、柊利以外の人間は消え去ってしまったようだった。ちいさな町の広場には何も残っていなかった。
「――誰も、いない」
町中を走り回って柊利は結論する。
自然と嫌な想像が胸中に浮かび上がったが、それを意識的に振り払いながら人影を探す。現実であれば不法侵入だと指摘されるだろうが、そこには指摘する人すらいなかった。
だが、その想像を肯定するかのように、どこからか声が聞こえた。
「みんな死んでしまったのさ」
上の方から声がした。見上げると、そこには町のシンボルだったのだろうか、大きくそびえ立った半壊のオブジェがある。
まるで破壊の爪痕を象徴するかのように立っていた。
「ここだよ、ここ」
すると向かいの家の窓からひょっこりと少女が顔をだした。
真っ白な、まるで細雪のように消えてしまいそうな、血の気のない少女だった。
言葉をなくす
「ほら、ごらん。きみのうしろを」
少女が指差してそう言ったので、柊利は振り返る。すると、彼女が歩いてきた草原には死者たちが手を振って微笑んでいた。かたちが保たれているものもいれば、色々と欠損しているものもいた。腕や脚が曲がって互いに絡まりあっているものや、皮膚が爛れたものもいた。
肉の焼ける臭いと、髪の毛が焼き焦げる臭い。もう既に煙を放っていないのに、柊利はその臭いを想像してしまい、吐き出してしまう。
「みんな死んでいるんだね」
柊利の口からやっと出た言葉はただそれだけだった。第三者からすると、それはひどく冷たい言葉だったかもしれない。だが、少女はなにも言わずに首を縦に振るだけだった。
はるかかなたでは、死者たちが河のようにゆっくりとここでない何処かへと行進を続けている。
柊利はふと、あの行進のなかに自分の祖母もいるのだろうかと思う。
彼女の疑問を見透かしたかのように少女は彼方を指差す。
「ほら、あそこにきみの望む人がいるよ」
その先には確かに祖母がいた。どこからか、消毒剤の匂いが漂ってくる。
柊利は懐かしさからか、それとも安堵したのか涙が溢れた。かなたの行進には見慣れた顔がいくつもある。癌で亡くなった祖父、顔の知らない両親、そして、私が殺した祖母。
自ずとからだが動き、柊利は彼方の行進へ加わろうと歩いてゆく。
不意にそれとは反対に腕を引っ張られて柊利はよろめく。引っ張ったのは、白い少女だった。
「きみは、そっちへ行ってはならない。まだそのときじゃない」
少女は、柊利の間違いを正すように首を横に振った。
「なぜ」と少女に質問を投げかける。
なぜ自分はあちらへ行ってはならないのか。
「きみのからだをみてごらんよ。彼らと違ってまだ腐ってない」
そう言った少女の柊利をつかむ手に力が篭る。まるで逃さないぞと、彼女を取り押さえるかのように。
なぜ、あの人は逝ってしまったのか。
なにを、あの人は感じていたのだろうか。
だれを、あの人は想ったのだろうか。
かなたの死者たちの列にいる祖母に尋ねたかった。そして、自分の手をとって、あの行進へと導いてほしかった。己の罪を断罪してほしかった。
だけど、それは叶わない。少女がそれを許さない。
「―― 言葉は、自分の罪を消すものなんかじゃないし、自分を罪から解放するものなんかでもない。背負う罪は、最期まで背負え。簡単に許されると思うな」
少女の
だから、わたしは逃げ出した。
どんなに遠くまで走っても、少女の声は容赦なく柊利の頭のなかに響いてくる。まるで魔女のようだ。彼女は頭を抱えて、周りの風景を、聞こえる音の何もかもを自分から閉め出そうとした。
「頭を抱えてたって、どうすることもできないよ? だってあなたの地獄はここにあるんだから」
少女は自分の頭をトントンと指差して無垢な声でそう言った。
「 やめて――ッ!」
柊利の叫びにに呼応するかのように、地面が吹き飛ぶ。
『死者の国』が壊れていくにつれて、徐々に彼女の意識は遠のいていった。
*****
まったく光のない。
太陽も、月もみえない。
穏やかな風で森が僅かにざわめく音だけが、闇を飾るかのように聞こえてくる。
「――う、げっ」
意識が現実に舞い戻り、持ち上げた両手を開閉しながら、体の感触を確かめる。
柊利は両目をつむって眠る前の記憶に思いを馳せ――眠っていた間のこと、『死者の国』を思い出す。
祖母が死んでから『死者の国』を見るようになった。
そういうわけで
「大丈夫かい? ずいぶんとうなされていたようだけど」
聞き馴染みのある声が耳を通って、脳に状況を伝えてくる。
現状を悪化させた原因である男。
夢屋を名乗る男はそこにいた。
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