ウィニングロードのその先へ

カピバラ

ウィニングロードのその先へ



 運命の時が、刻一刻と迫る、


 ——私はこの時を待っていた


 解き放たれる、この時を——



 私の周りには幾億もの挑戦者ライバル達が犇いている。スタート地点の熱量はピークに近い。

 ゲートが開くのも時間の問題だろう。


「へへっ、緊張するな、キョーダイ!」


 私の隣で鼻をすするのは仲間のゴルバチョフだ。その名は自分でつけたらしいが、名前なんて大層なモノはこの勝負に勝ってから考えればいい。

 つまり、私に名は無い。

 ここにいる殆どの者が名無しであり、珍しいのは逆にゴルバチョフの方である。


「キョーダイ、お互い、恨みっこなしだぜ?」

「あぁ、わかってるさ。ゲートが開いたら、私達は敵同士だ」

「へっ、それでいい。どちらが彼の地へ到達しても、俺達の友情は揺るがねぇ!」

「君のその熱苦しい言葉を聞けるのが今日で最期だと思うと、ほんの少しだけさみしいよ」

「じゃあなキョーダイ。俺は勝つ為にポジション取りをするぜ」


 そう言ってゴルバチョフは私に背を向けた。背中越しに片手をあげて、ライバル達に紛れてしまった。

 私だって、負ける訳にはいかない。

 彼の地へ行って、ひとつになるのは、私だ。


 次第にヒトが増えてきた。熱量はオーバーヒート寸前だ。激しい揺れが私達を襲う。私は転ばないように踏ん張った。中にはその揺れで壁に叩きつけられる者もいた。


 瞬間、ゲートが開いた——


 私達は一斉にゲートから飛び出そうと走り出した。先頭にいた奴らがゲートを潜ったのが見えた。私はそれに続けと走った。しかし、


「ゔぁぁぁぁっ!!!!」


 ゲートが閉じた!?

 私の目の前で突如閉まったゲートはライバル達を押し潰してしまった。血の気が引いた。

 無残な声と無惨な効果音が、私の足を止める。


 そこで再び、ゲートが開いた。

 私は意を決して飛び込んだ。潰されたライバル達の屍を踏んだ。そして目を閉じて一思いにゲートを潜り抜けた。振り返りはしない。

 次々と壁に激突しライバル達が断末魔をあげている。そんな細い道を私は走っていく。


 激しく吹く追い風に足元を掬われそうになりながら、走る、走る、はしる! ただ、前に向かって走る。彼の地へ向けて、無我夢中で走った。


 私は今、どの辺りだろうか?

 そんな思考を巡らせる。ライバルの数はスタート時の半分以下、いや、恐らくそれ以下にまで減ってしまった。皆、自らの命を賭して闘い散っていった。


 先頭集団に追いつくべく、私は速度を上げた。

 私は、彼の地を見たい!

 必ず勝って、セカイの真理を知りたいのだ。その為なら、私は鬼となりライバル達を蹴散らそう。


 走れ、走れ、もっとはやく!

 もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、

 一人、二人、三人、

 追い抜け、追い越せ! 全てを越えろ!


 その先にある、真理に辿り着く為に!


「ゔぁぁぁーーーーーーっ!!!!」


 身体が灼けるように熱い。喉が千切れそうなくらい痛い。腕が、脚が、もげるかのようだ。


「わ、たしはぁっ……!!!!」


 負けたくないんだ! 誰にも!


「わた、しがぁっ……!!!!」


 先頭集団に追い付いた。目と鼻の先に、彼の地が見えた。何とも神々しい、光る球体。

 彼の地、——私達の目指す、ゴールであり、


 始まりの場所!!



 その瞬間、私の視界が激しく揺れた。足元が浮いた。先頭を行っていた奴に足を引っ掛けられたのだ。全速力で走っていた私は前のめりに激しく転びそうになった。このまま地面に転べば、


 ——私は、死ぬ。


 終わった。頑張ったけれど、私では真理に辿り着くことは出来なかった。


 さよなら、まだ見ぬワタシよ、


 君とひとつに、なりたかったな……




「ばっかやろう! 諦めんなっ!!」

「えっ!?」




 君は、ゴルバチョフ!? 何故!?

 転ぶ寸前の私の手を握ったのはゴルバチョフだった。彼は乱暴に私の手を引いて前に押し出した。

 そして私に足をかけた奴目掛け突進し、壁に激突した。私は目を瞑った。


「行けぇぇーーっ! お前が真理を見ろ! 俺の、ぶん、ま……」


 その言葉を最期に、ゴルバチョフは死んだ。


 私の周りからは、誰も居なくなっていた。

 私は振り向かず走った。そして、彼の地で彼女と、



 ひとつになった——

 ——————

 ————

 ——






 ——私の名前は、実里みのり

 今年で十五になる女子中学生。とはいえ、学校には行けてないんだけれど。

 正直、もう生きているのも疲れちゃった。

 手首にもいっぱい模様がついちゃった。私の心はもう、傷だらけ。そう、思ってた。


「そう! それで実里が出来たってことさ! 父さんはあの時のエキサイトを忘れたことはない!」

「あらやだ、貴方ったら〜」


 目の前で力説を繰り広げるのは私のお父さんだ。

 お父さんとお母さんが私を呼び出したのだ。そして、なんの話かと部屋から出てみると、二人の馴れ初めから初体験の話に広がった訳。しかも精子が卵子に辿り着くまでの話まで出てきた。


 正直、親のそんな話は聞きたくないんだけれど。


 どうせ、私に学校行けって言いたいんでしょ?


「実里、お前はそうやって生まれたんだ。幾億ものライバルに打ち勝って、いちばんになり、生まれたんだ」

「お父さん、でも、それじゃあゴルバチョフは死に切れないんじゃないの?」

「そう、それだ。ゴルバチョフはお前の為に、お前に全てを託して死んだ。そんな彼の気持ちを汲まなければいけない」

「……学校に行けって、いいなよ」


 私は目を逸らした。するとお父さんは私の頬に手のひらを添えた。きっと、打たれるや。

 そう思って目を閉じた。

 でも、お父さんは打たなかった。優しく私の両頬に大きな手を添えて真っ直ぐに視線を送ってきた。


「別にいいんじゃないか? 学校が全てじゃないさ。父さん達はね、実里にそんなことを言う為に呼び出したんじゃない。

 ただ、実里に生きて欲しい。それを伝えたかった。辛いこともある、理不尽なことは生きる上で数え切れない程経験する。

 その度に、死にたくなるかも知れない。そんな時は、彼を思い出すんだ」

「……ゴルバチョフ?」

「そう、ゴルバチョフだ。彼の見れなかった景色を実里は見ているんだよ? 彼が生きたかった世界を、実里は見ているんだ。幾億もの中で、いちばんになった君が、いや、君だからこそ、負けちゃぁいけない。世の中はそんな悪いことばかりじゃない。

 実里はまだ、世界の一部しか知らないんだから。父さんと母さんが実里に言いたいことは一つ。自分を大切にしてほしいってことだけだよ」


 お父さんってよくわからないや。

 いつも変なことばかり言って、たまに真剣に向き合ってきて、でも、でも、


「お父さん、この傷、綺麗に消えるかな」


 私の質問に、お父さんは笑顔で答えた。


「勿論だ。実里が笑顔でいれば、消えない傷はないよ」


 あぁ、私は馬鹿だな。


 こんなにも愛されているのに、生命を投げようとしていたんだもの。もっとはやく、二人と話せば良かった。聞いてもらえば良かった。

 殻を破れば良かったんだ。


「これからでも、遅くないわよ。だって実里の人生はこれからなんだから」

「お母さんっ……」

「あらあら、甘えん坊さん? よしよし」


 あたたかい、お母さんの胸、小さいけれど柔らかくて良い香り。

 泣いたのは、いつぶりかな。



 もう少しだけ頑張ってみるよ、ゴルバチョフ。



 君の見れなかった未知を、私が見てくる。それが私の生きる理由、ううん、違う、義務なんだ。



 さぁ、人生を始めよう。


 現在いまを悔いなく生きよう。




 最期に笑って終われるように——





 完

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