第5話

「そのジャンパーダサいわね」

Aは、更なる追い討ちをかけてきて、「あたしドSだから、へしし」と勝手に会話を打ち切り、食事が終わった。

「もっと、しゅーくんみたいにオシャレしたら?」

会うといつも同じ服着てるAにオシャレの道を説かれる筋合いは、まっさらないが、彼女が名前を出したしゅーくんがオシャレなのは確かである。

どうでも良いが、Aも多少なりとも美醜の感覚は正常に機能しているようだとわかる発言であった。コイツとは別れたいが、しゅーくんのファッションを参考にするとまたコイツが来かねない。それだけは勘弁だ。


男女関係に疎い僕でも、次はそういう卑猥な場所に行くのではないかとわかる。危険察知のアンテナを張り巡らしつつ、いかに早くこの関係を終えようと考慮していたが、 Aは僕を意外な場所に連れて行った。

ネットカフェのファミリールーム。

不思議だ。これまでも、そしてこれからも、決してファミリーになる予定のない女とファミリールームに。

Aは慣れてるようで、部屋に入るなら、ゴロンと横になる。おそらくは、パンツ丸見えで、僕に襲いかかる隙を存分に与えているようだ。

しかし、いかんせん、燃えない。萌えない。当たり前だ。Aは河馬なのである。人間の3大欲求が、性欲、睡眠欲、食欲だとしても、だ。その欲求を満たす要素になるものをとんと持ち合わせていない。「懐かしいわぁ。タッテーとはココでシタのよ」Aが言う。

僕は吐き気を覚えた。胸の、いや、胃の奥から、不快でしょうがない何かが押し寄せてきた。殺される生き物の気分を味わったのだろうか? だとしたらもう味わいたくない。僕の視界がグラグラと揺れだし、頭がキンキン痛み出す。わずかに捉えた視界には Aが夕食に食べたピザのバジルで、汚れた歯茎が映る。

「ちょっとトイレ」

「あら、緊張してるの?」

言葉を振り絞って部屋を逃げ出した僕に悪魔のささやきが追いかけてきた。

緊張? そうかもな? こんなボスキャラと戦うことはそうそうないだろうからな。平幕力士にとって見たら、恐怖の大関戦。あのブクブクボディと打ち付け合うことを想像するだけで憂鬱になる。

僕は道程だ。あえてこの漢字を使う。いまだ道半ばだと思ってるからだ。しかし、 Aで道程をへるのはお勧めしない。

もし、この中で彼女とそういう関係を強いられているものがいるとすれば、だが。

僕は胃をコーラで満たし、再び戦闘態勢を整えた。さぁ、ここが正念場だ!

ちなみに、コーラが不妊に効くというガセネタは、当時僕は知らなかった。単にコーラが好きで飲んだだけである。このガセネタだってネタ元は Aであったような気がする。いや、これはどうでもいい。

とにもかくも、僕はコーラで臨戦態勢を整え直したのである。

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