第22話 滝落とし⑤

 スマホのバイブレーションで目が覚めた。一回ではなく連続で振動しているということは、着信。


「はい、浅野です」

『その声寝起きね』

「あ、愛野さん?」

『そうよ』

「えと、どうして」

『別に。モールであんた見かけたから』

「俺も愛野さん見かけたよ」


 どこで? 

 ほぼ二人同時にそう言う。


『あんたが楽器店に入ってくとこだけ見た』

「俺は愛野さんがイベントブースの席に着くとこだけ見た」


 ふぅん。へぇ。と互いに気の抜けた声が出た。


『あんたさ、鳴神に渡すプレゼント買いに行ったんでしょ。高いモノ貢いで鳴神に味占めさせてそのまま金づるにされないようにね』

「愛野さんこそ藤堂さんへのプレゼント探しに来たんでしょ。渡すとき、あたしセンスいいでしょ!? 感謝しなさいよとか言ってウザがられないようにね」


 通話の切れる音がした。そのままスマホをスリープモードにして投げ出す。

 なんで急に電話してきたんだ。アガッてた気分が台無しだ。

 ライブの前に見た、愛野さんの笑顔を思い出す。

 ……合同誕生日会、せいぜい上手くやれよな。


 ◇◇◇◇◇◇


「浅野ぉ、明日は頼んだぞ!」

「会の成功は君の肩にかかっている。頑張ってくれたまえ!」

「浅野。頑張れ」

「おう! 俺にドーンと任せとけ!」


 教室を出ていく鳴神、森、吉良。

 帰りのホームルームの後に誕生日会を行う。すぐに会を行えるよう、担任に許可をとって前日から準備することに。

 まだ飾り付けを作れていない。あの鎖みたいなやつ。それを今からやる。

 鳴神たちが帰っていったタイミングでそれまで教室に残っていたクラスメートたちも一人また一人と去っていき、あっという間に教室には俺だけになった。


 さて。やるか。

 ハサミを手に取る。

 と、教室のドアが開く音が。


「片桐先生が呼んでるわよ。音楽室で待ってるって」


 驚きで声が出ない。俺が何か言うのを待たず、愛野さんはドアを閉めた。

 はじめてなんじゃないか。愛野さんが学校内で俺に話しかけてきたの。まあただの業務連絡なんだけど。

 片桐先生が音楽室で待ってる、か。嫌な予感しかしない。

 ハサミを置き、渋々教室を出る。

 音楽室への道のりは身体に染みついていて、考えごとをしていても足が勝手に運んでくれる。


「やあ。急に呼び出してすまないね」


 肩にギターを引っ掛けながら、片桐先生は鷹揚に笑う。


「何してるんですか」

「君とセッションしたくて。本当はもっと早く声かけたかったんだけど、期末は忙しくてね」


 片桐先生は、授業で使うアコースティックギターを軽く撫でた後、一フレーズ爪弾いた。


「なん、その、曲」


 星の魚のイントロ。聴き間違えるはずがない。 


「先生もこのバンド好きでね。よく聴いてたよ。君がエルガーデン知ったのは多分彼らが引退した後だろうけど、先生は直撃世代でね。ライブに足しげく通ったよ」

「羨ましい! あの激エモな超新星からはじまるライブ行ったことあります!?」


 その問いに応えず、代わりに片桐先生は超新星のイントロを弾きながら、動画で何度も見た伝説のMCのシーンを再現してみせる。


「あの真っ只中にいたよ。さいっこうだった。あの日からバンドメンバーとエルガーデンばっかり演ってきた」


 普段クールな片桐先生が熱っぽく語る姿は新鮮で、魅力的に映った。


「いいなぁ」

「そう思うなら君もやってみないか? バンド。幸いなことにこの学校には軽音楽部がある。僕が顧問をしている。だからこれは勧誘ということになるのかな? どうだろう?」


 脳裏に、バンド演奏をした日のことが蘇る。

 軽音楽部に入れば、あんな強烈な体験が何度もできる?

 揺らぎかけた心を理性で押しつぶす。


「ごめんなさい。入部できません」

「なぜだい?」

「だって、軽音楽部って、その」

「暴行事件を起こした生徒のことだね。彼には前々から何度も注意してたんだけど、僕の指導力不足であんなことになってしまった。ただ、彼以外の部員は音楽に真摯な良い子たちなんだ。信じて欲しい」

「信じるか信じないとかそういうのじゃないんです。学校全体にこびりついたイメージの問題なんです」

「それは……そうだね。その部分はどうしようもない」

「話はこれで終わりですよね」

「待って。もう勧誘はしないから、セッションだけはしていってよ。チューニングしたギターが可哀そうだ」

「えと、なら、一曲だけ」

「何の曲やりたい? どっちパートやりたい?」

「では高架橋で。パートはバッキングの方で」

「いいよ。やろう」


 片桐先生にギターとピックを渡される。

 ギターの音色が二つ。気持ち良く溶け合っていく。

 ああ、ダメだ。やっぱり楽しい。一人のときも楽しいけど、他人と合わせるのは別格だ。

 ギターを返却し、音楽室から出ていく。


「先生、実は見ちゃったんだよ。ショッピングモールでのライブ。学校での君とは大違いだった。活き活きしていた。軽音楽部はいつでも君を待っているよ」


 去り際にかけられた言葉を無視して足を動かす。

 先生には分からないんだ。人からどう見られるか気になって仕方なくて、鳴神たちと一緒にいるために少しでも不安要素をなくしたい俺の気持ちなんて。

 今は鳴神・藤堂さん合同誕生日会に集中しないと。

 興奮冷めやらぬ指先を冷ますように、両手を合わせ息を吹きかける。

 弦を押さえていた指がヒリリと痛んだ。



 教室に戻ると、なんと飾り付け用の装飾が出来上がっていた。

 誰がやってくれたんだ? 短時間でこんなに終わらせられるものなのか? よっぽど手先が器用とか、こういうの作り慣れてないと不可能なんじゃないか? 

 咄嗟に思い浮かんだのは、自分の机の上でいつも何かを作っている細田さん。だけど俺に力を貸してくれる義理なんてないはずだ。俺一人で可哀そうだからと気を遣ってくれた?


 明日それとなく聞いてみようかな。

 装飾品を教室の各所にセット。

 これで良し。後は当日買い出しして終わり。

 明日の会で俺の株を上げて今度こそ対等に見てもらうんだ。

 最終確認をしてから学校を出る。折り畳み傘を展開し、中庭付近まで歩いたところで教室を見上げる。

 窓際。鳴神たちがよくたまっている場所。

 今日みたいな雨の日。嫌でも思い出してしまう。キョロ充。サンドバッグ。

 振り払う。もうあんな想いしないために、もっともっと頑張らないと。

 靴に染み込んでくる雨水の不快感に耐えながら、家路についた。


 ◇◇◇◇◇◇

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