第21話 滝落とし④

 今までこのショッピングモールでうちの生徒を見たことはほとんどない。クラスの皆にバレることはない、はず。つまり後は俺の気持ち次第。

 バンド演奏か。しかも初対面の人と。何の曲をやるのか分からないまま。

 昔の俺だったら即断っていた。

 今の俺はどうだ。結局鳴神たちの中の俺の印象は変わっていなかったし、むしろ悪くなってるくらい。

 俺自身は。自分が良い方向に変わった、いや、変わりつつあると、そう言えるか。

 ここで踏み出せば、胸を張って変わったと言えそうだ。

 どっかの誰かさんも褒めてくれるに違いない。


「やります。やらせてください」

「ありがとうございます! では裏にご案内いたしますね!」


 ホッとして泣きそうになっている店員さんにスタジオの方へ連れていかれる。


「代理の方、連れてきました! PAに戻ります!」


 楽屋っぽい場所に放り込まれ、そのまま放置。店員さんは説明もろくにしないまま疾風のごとく去っていった。

 楽屋の中には三人のバンドマンがいた。もう見た目からして三人ともザ・バンドマン。

 一人目。マイクをもてあそんでいるのは金髪ロン毛で長身の青年。大きなヘッドホンをつけて首を前後に揺らしリズムをとっている。俺の姿を見て一瞬動きを止め、ニヤリと笑ってまた動き始める。ヤバい。

 二人目。ムキムキお兄さん。ドラムスティックで曲芸してる。鼻の頭に乗せて集中しているのかこちらを見ない。ヤバい。

 三人目。V系っぽい濃いメイクを施した黒髪お姉さん。パンクファッション。ステップを踏み、豪快に髪を振り乱しながらベースを乱れ弾いている。ヤバい。

 なんだここ魔境か。店員さん、楽器教室の体験会に参加した人のお遊び会みたいなこと言ってたのに、バリバリ楽器やってそうな人しか集まってないんだけど。

 呆然と立ち尽くしていると、パンクお姉さんがステップを踏みながら徐々に近づいて来た。


「ヘイ少年! よく来てくれたな! 助かるぜ!」

「はあ」

「アタシらの出番は三〇分後! それまでにいけるよなぁ!」

「あの、まだ何の曲やるか聞いてないんですけど」

「おっとそりゃすまん! 少年のバッグについてるそいつですっかり油断しちまった」


 思わず自分のバッグを見る。

 エルガーデンの缶バッヂ。そういうことか。

 お姉さんはニヤリと笑い、とあるフレーズを弾き始める。


「星の魚ですね。これ一曲だけですか?」

「もういっちょ」


 今度は別のフレーズ。


「晴れの日ですね。どっちとも大好きな曲です」

「好きそうな顔してるもんなぁ。顔見たら分かるぜ!」


 この人ノリで話してない? 大丈夫?


「あの、練習とかは」

「少年はセッティングで時間かかるっしょ?」

「そうだ! ギターは!?」

「あれ。店のやつ。普通に売ってるやつにピックガードカバーかぶせてあるだけだから丁寧に扱えってさ」


 楽屋の奥に立てかけられていたギター。ヘッドのロゴで分かる。ピカピカのギブソンのレスポール。二〇万円はくだらないはず。

 ビビりながらそれを手に取る。レスポールだけあって重い。早速弾いてみる。 

 なんだこの弾き心地は! 圧倒的に押さえやすい。高いギターってこんなに違うのか。


「ボーカル! ドラム! ギターよさげだから今からスタジオ入ってワンコーラス合わせっぞ!」


 お姉さんがベースを肩にかけたまま楽屋を飛び出す。パート名で呼ばれた二人もそれに追随。俺も急いで着いていく。

 が、突如現れた店員さんに道を阻まれた。


「すみません! 巻きすぎてしまったせいでもう出番が来てしまいました! 今すぐステージに向かっていただけますと!」

「オッケィ! 聞いたな野郎ども! 行くぞ!」


 え、嘘。リハーサルとかそういうの無しでぶっつけ本番? 

 不安になる間もなく追い立てられ、あれよあれよとライブ会場へ。

 フロアにはちらほらと人がいて、さっき演奏していたバンドについてあれこれと話している。

 うん。ダメだ。会場の方見たら心がやられる。アンプとギターだけ見ておこう。

 ギュワーンと気持ちの良い音が出る。それだけで頭の中のごちゃごちゃが吹き飛んだ。


「少年。ちょい音量落とせ」


 お姉さんが真面目な顔でそう言う。慌てて絞った。きっとお姉さんはライブ経験者だろうから指示にはすぐ従わないと。 


「うん。それくらいでいい! 本番は思いっきり弾きな! アタシのブースター貸してやるからサビとかソロんとき踏めな!」


 お姉さんが一時的に音量を上げるエフェクターをつないでくれる。優しい。

 セッティングが終わったので仕方なく観客側、後ろ側を向く。

 ちょうどそのタイミングで照明が暗くなり、人がぞろぞろと入ってくる。

 一気に緊張が押し寄せてきた。ヤバい。身体動かない。

 脇腹をつつかれる。ロン毛ボーカルさんがすぐ近くにいた。


「少年。エルガーデンは好きか?」

「はい。大好きです」

「そうか。俺もだ」


 ロン毛で目が隠れているため表情が分かりづらいはずなんだけど、思いっきり上を向いた口角で笑っているのが分かる。

 緊張をほぐそうとしてくれてるん、だよな。多分。被せるようにドラムさんがバスドラムを鳴らしてたからきっとドラムさん。

 少し気が紛れた。ボーカルさんも、ドラムさんも、ベースお姉さんも、皆エルガーデンが好きなんだ。俺と同じだ。

 そんなメンバーとエルガーデンの曲が弾ける? それってめっちゃ楽しくなるんじゃないか? ライブがはじまる直前にようやくワクワクしてきた。


「音量調節したいのでワンコーラスくださーい」


 店員さんがそう言ってくる。ワンコーラスって何だ?


「いくぜお前ら! 星の魚のサビ!」


 いきなりスイッチの入ったボーカルさんが叫ぶ。ドラムさんがカッカッカとスティック同士で打ち鳴らしてカウントを取る。

 サビを弾けばいいんだな!? 

 脳内で曲を再生し、ギリギリ音合わせに間に合う。

 響き渡る音。サビだけで頭がぐわんぐわん揺れる。

 なんだこれ。なんだこれ。


「オッケーでーす。そちらのタイミングではじめてくださーい」


 店員さんのアナウンス。えもうはじまるの待って待って。


「うぇーい! 今日は集まってくれてありがとーう! このバンドはこれまでのやつらとは一味違うぜ。お前らもっともっと盛り上がれるよなぁ!?」


 ボーカルさんの煽りに観客がうおおおお! と雄たけびを上げながら片腕を掲げる。すげぇ。


「一曲目いきます。エルガーデン、星の魚」


 煽りのときのハイテンションとは一転、落ち着いた声音でのスタート合図。それによって場が引き締まる。やっぱりこの人たちライブ経験者だわ。

 ワンコーラスくださいのときと同じように、ドラムさんがカウントを取る。

 はじまる。初っ端、ギター、俺のアルペジオから。

 弦を弾くと火花が散るかのようなイメージが浮かぶ。俺が奏でる音がアンプによって何倍にも何十倍にも増幅されて観客に届く。

 ヤバい。緊張で一小節多く弾いちまった! ど、どうやって立て直すんだ。

 と焦ったころにはなんとドラムさんとベースお姉さんが俺のミスに合わせて一小節増やしてくれた。そのおかげで俺はそのまま次のパートに自然と移ることが出来た。

 安心した。きっとこの人たちならどんな失敗もカバーしてくれる。そんな頼もしさを感じた。

 精一杯弾こう。いつも部屋の隅でしていたように、激しく。

 


 ライブが終わった。体感時間は二分くらい。実際には一五分以上経っていた。

 楽屋で汗を拭いていた面々に、ベースお姉さんが呼びかける。


「お疲れ~。どうせお前らヒマだろ? こんな体験会ライブに参加してるくらいなんだから。そこら辺で飯食いながらエルガーデン語ろうぜ」

「お、いいね~」

「(こくり)」


 ボーカルさんとドラムさんが手を挙げる。皆の視線が一斉に俺に集まった。

 ここまできたなら最後までいこう。躊躇はライブ出演を承諾したときに放り投げた。


「いいっすね! 行きましょ行きましょ!」

「そうこなくっちゃなぁ! んじゃ早速行くぞ! ライブ熱が冷めないうちに語り尽くーす! おらおらとっとと荷物まとめろーい!」


 ベースお姉さんに急き立てられ、急いで楽器店を出る。何か今日は追い立てられてばかりのような気がする。悪い気分じゃない。

 ショッピングモールからほど近い大衆向け焼き鳥屋に連れていかれる。ベースお姉さんが一通り料理を注文して、それらが届いたところで全員で杯を掲げる。

 俺以外の三人は生ビール。俺は未成年なのでジンジャーエール。


「この奇妙な縁に乾杯!」


 ベースお姉さんの音頭で杯をぶつけ合う。カチン、カラーンと小気味いい音が響いた。


「かーっ! 昼間っから飲むビールは最高だなっ!」


 一人だけ一気に飲み干してた。豪快だ。

 ボーカルさんは半分くらい。ドラムさんはちびちび飲んでいる。

 ジンジャーエール、そんなに好きじゃなかったんだけど、ベースお姉さんの真似をして一度に全部喉に押し込んでみたら、不思議なことにとても美味しく感じられた。


「お、少年、良い飲みっぷりだねぇ! 将来が楽しみだ! 店員さーん! 生ビールとジンジャーエールおかわりぃ!」


 最初は怖そうなメイクでビビってしまったけれど、破顔して笑った顔にはとっつきやすさがあり親しみを抱いた。

 解散するまでの間はまさに夢のような時間だった。

 途中から初対面の相手だとか年齢とか性別とか関係無しに、好きなバンドについて語りまくった。引くほど話した。六時間くらい経ってた。

 ベースお姉さんがタクシーで俺を家まで送ってくれた。


「また集まろうな~」

「は、はい! ぜひ!」


 ライブしたメンバー全員とlineを交換したから連絡を取り合うことができる。

 自分の部屋に戻り、背中からベッドにダイブ。スマホを掲げ、連絡先一覧に追加された三人をぼんやり眺める。

 こういうのを『縁』って言うのかな。

 怒涛の一日だった。強烈だった。刺激的だった。


 目を閉じれば浮かんでくる。

 暗がりの中、自分たちだけを照らすスポットライト。

 伸びやかに歌い上げるボーカル。

 地を轟かすベース。

 心臓を打ち抜くドラム。

 そして自分で出しているとは思えない、気持ちよく歪んだギター。

 目の前には、手を上げ、身体を揺らし、時には一緒に歌ってくれる観客たち。

 思い出すと鼓動が早まる。顔が熱くなる。また味わいたいと焦がれるあまり身体がよじれる。  

 何度も何度も頭の中で今日の出来事を再生していたら、睡魔が襲ってきた。

 そこではじめて疲れを自覚する。自覚した頃にはもう眠りに落ちていた。

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