第23話 滝落とし⑥
翌日。合同誕生日会当日。
早起きしてコンビニに寄ってジュースやお菓子を確保。両手で持てるギリギリの量を買ったため途中で落としそうになったけど何とか運搬し切った。これで事前にできる準備は全て終了。
プレゼントはしっかり持ってきた。包装も完璧。何度も確認した。これが要だからな。
今日最後の授業が終わり、帰りのホームルームがはじまる。
ハメ外しすぎるなよ~という担任からのありがたい言葉に、は~いと気の抜けた声で応える鳴神や藤堂さん。
先生が出ていった後、教室中が一斉に湧きたつ。
ホームルームが終わった瞬間、六道が教室を出て行こうとしたのが見えた。が、周りの生徒に取り押さえられ、苦々しい顔で席に戻り、教室の後ろに置いてあった自身のギターを持ってきて弾き始めた。我関せずを貫くらしい。この会は一応クラスメート全員強制参加ってことになってる。俺たちと全く関係がない六道にしてみれば苦痛でしかないか。ギターだけじゃなくそこそこの大きさがあるアンプも持ってきているのが見えた。不満が溜まった結果、あれで爆音出したりしないだろうな。
まあ問題が起きたときに対処すればいいか。六道監視は今はとりあえず放棄。会の進行を優先しなければ。
準備したのは俺だけど司会は森。俺は今から裏方に回る。
「はい! んじゃ鳴神と凛ちゃんは後ろ向いててね~」
森の指示で二人が後ろを向く。
今からクラスメートたちによる黒板メッセージ書きタイムだ。
俺はプレゼントにメッセージカードを添えているため、これには参加しない。その代わりお菓子やジュースの準備をする。
机を合体させ、いくつか島を作る。ある島には使い捨て紙コップとジュース類を、ある島にはスナック菓子類をパーティ開きにして展開、ある島にはチョコやマシュマロなど甘い系を。ゴミ箱も分別しやすいよう自前で用意した。
そうこうしているうちに黒板メッセージを二人にお披露目。鳴神も藤堂さんも大はしゃぎして喜んでいる。良い調子だ。
撮影係でもある俺は自分のスマホでその様子を写真におさめる。
そんな俺なんて見えてないかのように鳴神や藤堂さんはクラスメートたちと楽しそうにふざけ合っていた。
あれ。おかしいな。俺もあの中に混ざる予定だったのに。どこから間違えたっけ。
ダメだ。この思考は危険だ。目の前のやるべきことに集中集中。
雨が降ってきたため窓を閉め、教室の電気を点けたり早めに黒板のメッセージを消したりとやることは尽きない。
だから気付かなかった。愛野さんが陥っている状況に。
偶然、俺が近くで作業していたからこそ耳に飛び込んできた鳴神グループと藤堂さんグループの会話。話を聞いてたら輪に混ざりたくなるから意識的に聞かないようにしてたんだけど、『愛野』という単語だけはそんなフィルターを突き破ってきた。
「ねぇねぇいいじゃん。隣の準備室で着替えればいいんだし」
「そうそう。難しいことじゃないよね。藤堂の誕生日なんだからさ、そこは喜ばせてあげようよ空気読んでさ」
「はは、でも、これは流石に」
藤堂さんと間さんから愛野さんが何事か頼まれている。愛野さんは嫌がってる様子だ。
チラッと様子をうかがう。藤堂さんが手にしていたのは、何かのキャラのコスプレ衣装。
「兄貴がいらないって言ってたから、それ、愛野にやるよ。誕プレのお返しってことで」
「鳴神やっさしぃ! 逆プレゼントとか! 愛野さぁ、ありがたく受け取っておけよ」
どうやらコスプレ衣装は鳴神の兄のもののようだ。
「じゃあ、受け取るだけってことで」
「それは寒いじゃんね~!」
「うんうん寒い寒いあり得ない」
「ぶ、物理的に寒そうな衣装だよね、これ」
愛野さんが震え声でそう言う。コスプレ衣装、布面積が小さいやつなのか。
「ばっちり写真におさめてやるからさ! アイコンとか待ち受けにしたらいいよなぁ」
「ナイスアイデア!」
藤堂さんたちだけじゃなく、鳴神たちからも頼まれている。
それでも愛野さんは曖昧に笑うだけだった。
それはそうだろう。クラスメート全員がいる中で、露出が多い、エッチな服装になんかなれるはずがない。
そこで間さんが、こう言い放った。
「これ着てくれたらさ、うちらのグループにちゃんと戻してあげるから。あんたの失言も許してあげるから。どう?」
なん、だって。
その衣装を着れば、全てが解決する? ってかまだ間さん、愛野さんのこと許してなかったのか。
「おれもあの件は水に流すからさぁ。いいっしょ?」
森まで。愛野さんの失言によって被害を被った二人が、同時に許すと言っている。
愛野さんは数瞬顔を伏せた後、ぎこちない笑顔で分かったと応え、藤堂さんから衣装を受け取り、教室を出て行く。
違和感が背筋をつたう。
こう言ってはなんだが、そんなことくらいで二人が許すだろうか? 今まで何度も謝って、献身的に尽くしても許す様子が無かったのに。
「うわ、マジで着替えに行ったよヤバ」
「ウケるわ。あんな簡単に信じちゃってさ」
ああ。やっぱり。
黒いインクが紙に染み渡るかのように、胸に絶望感が広がっていく。
「あーおもしろ。あの愛野がこんな従順になるなんて。めっちゃ気分いいわ~」
「んね。お情けで近くにいるのを許可してあげてるだけありがたく思えっつの」
「まあ最近は部活の方で役に立ってるしね」
「あんなに使えるようになるとは最初思わなかったよ~」
「これからも手伝ってもらわなきゃね。だからあんまりいじめすぎちゃダメだよ~」
「それ藤堂が言う!?」
そんなことを、ニコニコ笑顔で楽しそうに話している。
「まあ間や森にしたこと考えるともっと償ってもらわなきゃいけないんだけどね~」
「もーいいじゃんその話はー!」
間さんが恥ずかしそうに身をよじる。そんな間さんの肩に森が腕を回した。
「ま、愛野の失言のおかげでおれたちくっつけたんだけどな!」
「ちょ、離せ!」
そう言いながらも間さんは嬉しそうに顔を赤らめている。
そういうことだったのか。鳴神グループと藤堂さんグループがまた絡むようになったのは愛野さんが何かしたとかじゃなくて、間さんと森が付き合うことになったからか。
「結果オーライでも愛野の失言は無かったことにならないんだよねぇ」
藤堂さんのその発言に、間さんがウンウンと頷く。
「そそ。だからもっとうちらのために働いてもらわないとね。はー、うちら何だかんだ優しいな~。こうやって贖罪の機会を与えてあげてるんだから」
「贖罪っつっても許す気ないでしょ」
「それね」
そろそろ耳を塞ぎたくなってきた。
それじゃあ愛野さんの目的はこの先達成されることは無いということじゃないか。
教室の扉が開く音で思考が中断される。
「お、おまたせ」
着替えを終えた愛野さんが戻ってくる。
教室中の視線が愛野さんに一斉に集まった。
あまりに短いスカート。お腹や肩が丸見えになっており、胸部もかなり際どくなっている上半身。
「えっろ! こんなん持ってる鳴神の兄貴変態なんじゃないか!?」
興奮気味に鳴神の肩を叩く森。間さんににらまれてすぐ大人しくなる。
「兄貴、そういう服彼女に着せて楽しんでるらしい。確かにこれはいいなぁ!」
鳴神もテンションが上がっている。
「うわぁこれは恥っずかしい~! ほとんど痴女じゃん!」
「愛野、そこのトレー使ってジュースとかお菓子運んできてよ!」
間さんがトレーを指さしながらニヤニヤと笑みを浮かべた。
愛野さんはしきりにスカートを気にしながらトレーを手に取り、言われた通りジュース・菓子を運んでくる。
「いつからここはコスプレ喫茶になったんだぁ!?」
森のその言葉に場がドッと盛り上がる。
愛野さんは騙されている。こんなことをしてもグループに戻してもらえず苦しい思いをし続ける。
騙されていることを伝えて辞めさせる? それが愛野さんのためになるのだろうか。
生唾を飲み込む。
ここで俺が鳴神、藤堂さんグループの前で愛野さんに、間さんたちは許すつもりなんてないよ、だからそんなこと辞めようって言ったらどうなる。
間さんたちは否定するだろうか。それとも認める? そうなったら今度こそ愛野さんはグループに戻れなくなる。いや、どっちにしろ愛野さんは戻れない。先ほどの会話を愛野さんに伝えたところで愛野さんが傷つくだけだ。
愛野さんが傷つくだけ? 今まさに愛野さんは傷ついてるんじゃないのか? ここで何とかしないとこの先も傷つき続けるだけなんじゃないか?
掌に食い込んだ爪の痛みで、知らず知らずのうちに拳を握りこんでいたことを自覚する。
俺がここで何か言ったら間違い無く白い目で見られる。その後、きっと俺は鳴神たちのグループから追い出される。
怖い。居場所を失うのが怖い。向けられるであろう冷たい視線が怖い。逆ギレされそうで怖い。鳴神、藤堂さんグループ、愛野さんに嫌われるのが怖い。クラスの皆から哀れみの目で見られるのが怖い。いきなり会話に割って入るのが怖い。
呼吸すら忘れそうになるほど思考の奥深くにこぞんで動けなくなる。
そのとき、何者かに袖を引かれた。
身体を縮めて申し訳なさそうに、いや、すがりつくように。
「あ、愛野さんね、昨日、飾り付け、作ってた。だから」
細田さんは顔を真っ青にして訴えかけてくる。緊張でその後の言葉が続かないようだ。
それでも言いたことは分かる。伝わってくる。
愛野さんを助けてあげて。
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