第11話 卯の花腐し④
「そろそろいいかしら」
「何が~」
「何がじゃないわよ腑抜けきっちゃって。あたしへのアドバイスよ」
「そうだったごめん! 疲れてボーっとしちゃってた」
あれだけ気合入れて考えてきたのに。今日のお礼も兼ねて全身全霊で助言しなければ。
自身の頬を引っぱたき、目を覚ます。
「やる気ね。それじゃあ聞かせてもらおうじゃないの。取り付く島もない藤堂たちにどうやって取り入るか」
「取り入るって言い方は良くないよ。愛野さんの言う通り藤堂さんたちは聞く耳を持たない。並のやり方じゃこのまま無視され続けるだろうね。だから思い切った方法で行く。愛野さんの負担が大きくなるし勇気もいるだろうけど、頑張れる?」
「無論よ。話の内容次第だけど」
一瞬で矛盾が生じていた。ある意味愛野さんらしい。やれると判断したら全力でやるんだろうな。
「じゃあ今から愛野さん向け藤堂さんグループ必勝法を伝授しよう」
『必勝』。こうやって断言するのは好きじゃなかったけど、愛野さんを真似てみた。強い言葉は勇気がもらえるものだ。実際には難しいことでも、できないかもしれないけどと前置きされると不安になって勝率が下がる可能性がある一方、できるできる! と鼓舞された方がモチベーションが上がって勝率が上がる、気がする。愛野さんに言い方がどうとか指摘するけど、俺も自身のネガティヴな言動を改めていった方がいいと最近思うようになった。
「あんたがそこまで言い切るなんて珍しいじゃない。よろしく」
愛野さんが髪をくくる。集中モードオンの合図。俺も緊張してきた。
舌で乾いた唇を舐めてからこの一週間自分なりに藤堂さんたちを観察して考えた作戦を話す。
「午前中に話したんだけど、藤堂さん、深海さん、間さんはそれぞれ部活を生活の主軸に置いてる。それほど彼女たちにとって部活が心の多くの部分を占めている。つまりここを攻略すれば勝てる」
「えーっと、それぞれ何部だったっけ」
「今から言うから絶対覚えていて。作戦のキモだから。藤堂さんが弓道部、深海さんが美術部、間さんが陸上部ね」
「皆イメージ通りね」
そうかもしれない。凛とした雰囲気をまとっている黒髪白肌の藤堂さん。言動につかみどころがなくエキセントリックな深海さん。快活で明るい笑顔と小麦色の肌が似合うスラリと細い間さん。
「まさにその部活を体現しているような人たちだよね。それぞれの部活の中心人物だし。だからこそ作戦が立てやすい」
「まだるっこしいわね。本題に入りなさいよ本題。その作戦の内容は?」
人に伝えるときは簡潔に。こういうところ見習わないと。ただ簡潔にし過ぎると愛野さんみたいに乱暴な物言いになりかねないから注意。
「それぞれの部活に入り込むんだよ。プレイヤーとしてじゃなくマネージャーとして。サポーターとか言い換えてもいいかな。その部活のお手伝いさんになるんだよ。本人たちのみならず部活全員から好かれることで相乗効果も得られる」
「あたしは具体的に何をすればいいの?」
「俺も部活の人間じゃないから想像でしかないけど、運動部だったらドリンク作ったり、美術部だったら備品整備とかかな。運動部も備品整備あるか」
「細かくて泥臭くて一年生の下っ端がやるような仕事ね」
「言い方考えようって。必要な仕事なんだよ。選手が練習に集中できるように。芸術家が雑事に心乱されないように」
「支える側に回ってみろ、ってことね」
「そう。愛野さんは常に表舞台に立ってきたのかもしれないけど、舞台を作り、運営する人がいる。愛野さんが例えばいきなり陸上部に入ってエース級の選手になってリーダーシップ発揮して部を引っ張る、なんてできないでしょ。でも支えることなら小さなことからでもできる」
「なるほど、ね。確かに効果ありそう。特にあたしみたいのがやると特に」
「ギャップ萌え狙えるかもね」
「は? キモ」
隙を見せたらすぐこうなる。愛野さんと分かり合う日は一生来ないかもしれない。
「ごめん言い方が悪かった。普段の愛野さんとは違う姿を見せることで印象変えられるってこと。良い方に」
「これまでのあたしの振る舞いもあって作戦の成功率が上がるってことね」
「そういうこと。普段良い人が良いことをやってもいつも通りで特段もてはやされないけど、ヤンキーが改心して良いことをしだすと皆称賛する。その理論だよ。元々良い人と元ヤンキーがやってることが全く同じだったとしても、ね」
「皮肉なものねぇ」
顎に手を当ててしみじみとそう言っている。それには同意だ。良い人はもっと報われるべきだと俺も思う。
でも今回はこの事象を利用する。だって言うなれば愛野さんはこの話のヤンキー側、クラス内評価が低い立場だから。
一週間、机に突っ伏して得たクラス内情報は藤堂さんたちのものだけではない。クラス全体のうっすらとした情報も入ってくる。
その中で愛野さんと俺自身について分かったことがある。
愛野さんがした失言にまつわる騒動はクラス全体が知っている。でも誰も触れない。想い人を暴露された間さんを気遣って。おかげで、少なくとも表面上は鳴神グループ藤堂さんグループともこれまで通りに見える。その代わり、愛野さんに対する陰口が爆発的に増えた。
こそこそと小さな声で、でも確実にそれは行われていた。愛野さんサイテーだよね、流石にアレは人としてない、ゴミ、等々。騒動に関係ない人までほぼクラスの全員が。まさに四面楚歌。それほど愛野さんがやらかしたことは大きなことで。まあ無関係の人間があそこまで言うのはどうかと思うけど。
だからこの作戦は藤堂さんたちだけじゃなく、クラス全体の愛野さんに対する評価を回復させる役割も持っている。わざわざこのことを愛野さん自身には言わない。本人がクラス全体からの冷たい視線を感じているだろうし、今は藤堂さんたち以外の問題に目を向けている余裕はない。愛野さんが望んでいるのは藤堂さんたちとの仲の修復であってクラス全員から好かれることじゃない。
ちなみに俺について分かったことは、誰も俺に興味が無いということだった。ビックリするくらい誰一人として普段とは違う行動をとっていた俺に反応を示す人はいなかった。これはこれで問題だし心にボディブロウを喰らったが、愛野さんにアドバイスするために色々考えてたことで自分自身の状況から意識を逸らすことができ幾分楽になった。
俺は、本当はクラス全員から好かれたい。というか誰からも嫌われたくない。嫌われたくないけど、無関心もそれはそれでキツい。
俺もひとまず鳴神たちだけに集中しないと。それ以外は後回しだ。俺も愛野さんも多くは望めないことがこの一週間で嫌というほど突き付けられた。
「この作戦、間さん・陸上部が一番大変だと思う。藤堂さんや深海さんは愛野さんの失言の当事者じゃないからいいとして。間さんに許してもらえるかが最重要だ」
「そう、だよね。あたしさ、あの失言、そこまで怒られる必要あった? って当時は思ってたのよ。脈無いんだからその恋心に先が無いわけで、ならそれに早く気付いて次の恋を探しに行った方が効率的じゃん、て。でもさ、あんたと色々話してその考えが変わってきた。あんたみたいに丁寧に物事とか人間関係考えるやつもいるんだなって。軽率に言うべきじゃなかった、ハザマっちや森には悪いことしたなって」
愛野さんは眉間に皺をよせ、唇を噛んだ。悔恨がありありと浮かんでいる。
愛野さんも俺と接することで変わりつつある。その変化を良いものにしていきたい。
「そういえば森にも謝ったっけ?」
「うん。ハザマっちと同じくガン無視だった」
「それもいつかどうにかしたいところだなぁ」
あと名前出された鳴神にも迷惑かけてるし。
「とにかくあたしが今からすべきなのは死ぬ気で部活手伝って信頼回復に努めることね」
「行動はそうだけど、その過程でちゃんと藤堂さん、深海さん、間さんという人間を見てくること。部活手伝うことは、俺が前言った、人に興味を持つこと、その延長なんだから」
「分かった。そこ意識する」
お互い話がひと段落した気配を感じとり、大きく息を吐いて椅子に身を沈める。
ふと外を眺めると雨が降っていた。最近ずっとこの調子。雨は気が滅入るから好きじゃないけど、時期的にしょうがないんだよな。
「すっかり梅雨入りしたな」
「そうねぇ」
◇◇◇◇◇◇
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