第10話 卯の花腐し③
◇◇◇◇◇◇
視線が集まる。おそらくこれまでの人生の中で一番。
「もっと背筋伸ばしなさい。胸張って、ほら! あんた見てくれそんなに悪くないんだから」
「この状況じゃ尻込みするわ」
「あたしとあんたじゃ顔面偏差値の差がすっごく開いてるから気後れするのも仕方ないことかもしれないけど」
「その顔面偏差値って言葉あんまり好きじゃないな」
「でも皆内心値踏みしてるでしょ。今だって視線感じるように」
「俺は言い方が好きじゃないってことを言いたいだけで」
と、まともに会話しているように見えて、実はほとんど内容が頭に入ってこないほど緊張していて会話どころじゃない状況にある。
なぜか今、俺は愛野さんと腕を組んで町を歩いていた。
「ふぃ~、視線が気持ち良いわねぇ。さすがあたし。どう? あたしにあやかって注目されてるあんたは。誇らしくない?」
「ひたすら緊張するだけなんだけど。お前じゃ釣り合ってねぇよって四方八方から言われてる気がする」
「いやいやあんたに向かってる感情は嫉妬でしょ。あんなかわいい子と付き合ってるなんて羨ましい~って。優越感感じときなさいよありがたく」
「実際付き合ってないし」
「だから、思い込むの! 虚構の自信は武器になるわよ。自分がイケメンだと思うことで行動がイケメンになって結果モテるってこともあるんだから。~の行動や~の言動は自分には無理だ似合わないとか思い込んでしないのはもったいないのよ。そんなの気にしなくていい。ほら、今あんたは超絶美女の彼氏なの。胸張ってにこやかに笑いなさいって」
もう先ほどのポニーテールは解いておりストレートの髪が歩くたびにさらさら流れる。表情も外行き用なのか、普段は吊り上がっている目じりが柔らかく下がりトゲトゲしい雰囲気が消えている。協力するようになってその表情を見るのは二回目くらいだけど未だ慣れない。戸惑ってしまう。
でも、その笑顔に引っ張られて俺も笑顔を作ることができた。グッと胸を張る。
ショーウィンドウに映った自分をチラ見してみる。
クラス一、下手すれば学校一綺麗な女子と腕を組み、胸を張って堂々と歩いている自分。それは確かに自分ではなくて。つまり明確に『変わっていて』不思議な気分になる。疑似的なものだけど、心がけや姿勢を変えただけで全然違う。
「で、どこまで歩くの?」
「まずは低価格帯の洋服店に。ってかあんた歩く速度少し落としなさい。あたしと歩けて嬉しくなって気持ちが逸るのは分かるけど」
「ちげぇし」
この状況が楽しくなってきてつい速くなってしまったとは言えない。
一五分ほど歩いて洋服店に到着。
そこで組んでいた腕を解く。
「何物欲しそうな顔してんの? 本当にあたしと付き合いたくなっちゃった?」
「んなわけないだろ。まあなんだ、愛野さんの言う通り思い込んだら明るい気分になれたっていう、それだけのことだよ」
愛野さんは、こと俺に関しては異常な観察力を発揮する。物欲しそうというよりは名残惜しかった。しかも仮に付き合いたいと思ったとしてもイケメンでコミュ力あってオシャレで常に愛野さんのこと考えてる系男子になるとか無理ゲー。
ってかよくよく考えてみたら、俺って愛野さんの理想の男子を目指してるんじゃないか? 服のセンスとかコミュ力とか鍛えていくわけだし。高すぎる目標ではあるが目指してみるのはいいかもしれない。愛野さんと付き合うためじゃなくて自分のために。
「あたしのアドバイスが役に立ったってことね。感謝しなさいよ~」
もうこのドヤ顔を不快に思わなくなってきた。実際感謝してるし。
「ここは素直に感謝しとくよ」
「感謝の気持ちは行動で示しなさいよね。有益なアドバイスくれるだとか」
「うん。多分、良いアドバイスができると思う」
「まあそれはあんたの意識改革フルコースをこなしてから聞かせてもらうわ。とりあえずここで服装から変えていきましょ。前行った洋服店でもう一パターンおススメされたやつ、自分で似たようなの集めなさい」
愛野さんはどこに何があるか分かっているようで足取りに迷いが無い。俺も鳴神たちの服を取りに行ったり返したりで大体の位置は把握してるけど単品単位では無理だ。
何回も店内を回り、以前イケメン店員さんに提案された服たちと同じような見た目のものを集めていく。
低価格帯の店ということで一式揃えてもそこまでの金額にはならなかった。
店を出る前に、店内の鏡の前で服装に合わせた髪型にささっと整える。
「ちょっと待って。分け目変えたほうがいい。あとトップのボリュームもうちょい足した方が良さそう。しゃがんで数秒間じっとしてて」
愛野さんはポーチから小さ目のワックスを取り出して、手早く俺の髪をセットした。
「すごい。少しイジッただけなのに印象が全然違う」
「あんたの髪質的にやや硬めのワックスのがいいわよ。あと毛束もっと作るの意識して。それと流す方向はあんたのつむじの位置からしてこっちのがいいわよ。このワックスあげる」
愛野さんが持っていたワックスを俺の手に押し付けてくる。
「いくら?」
「そんなのいいわよ。兄貴の使いかけのだし」
「それお兄さんに怒られない?」
「大丈夫大丈夫。兄貴ワックスマニアでね。試しては使い切らずにその辺に放置して結局ゴミになるだけだから。むしろもらってくれた方が助かるのよ」
「そういう事情ならありがたくいただく。助かるよ」
「この形忘れないように覚えておきなさいよ」
愛野さんはセッティングされた俺の頭を写真で撮り、lineで送ってくれる。
「ありがたい。これでいつでも再現できる。愛野さんのお兄さんに感謝しないと。ワックスマニアってことは髪型に相当こだわってるんだな」
「そ。兄貴、見た目を良くすることに余念がないのよ」
「話聞いてるとイケメンそう」
「当たり前じゃない。このあたしの兄貴よ? あたしに負けず劣らず顔が良くて超絶オシャレでコミュ力高くて友達沢山いていつもあたしのこと考えてくれてる自慢の兄貴よ」
何だその漫画のキャラみたいなハイパースペック人間は。
にしても聞き覚えあるなその設定。
記憶の糸を手繰ると割とすぐに辿り着いた。愛野さんの理想の男子像だ。
どうりで彼氏作らないわけだ。理想の男性が現実世界、しかも身内にいるんだから。愛野さんのお兄さんと同等かそれ以上の男性じゃないと愛野さんの彼氏にはなれない。
愛野さんの理想の男子を目標に頑張るのが良さそうと思ってたってことは、俺は愛野さんのお兄さんのようになれるよう頑張るってことか。何だか複雑な気持ちだ。
お兄さんの話をしている愛野さんの声音はいつもよりワントーン高く、隠しきれていないニヤつきが漏れている。
これはあれだ。本人に言うと間違いなく怒るから言わないけど
「ブラコンだぁ」
やべえ声に出ちゃった。
「はぁ!? 違うし! 確かに自慢の兄貴だけどそんなんじゃないし! 兄貴とかどうでもいいし!」
顔を真っ赤にして早口で否定。その反応で確信できた。愛野さんはブラコンだ!
「うん。そうだね。愛野さんはブラコンだね」
「その顔やめなさい。ねぇ、やめなさいってば!」
珍しく愛野さんが狼狽してる。弱点見つけたり。でも弱点突いたときのリスクが大きそうだから、端的に言うと反撃が怖いから今後はあんまり触れないようにしよう。
買った服を着て、バシッとキマッた髪型で店の外に出る。
見た目を整えて外に出るとなんだか気持ちが良い。
「ボーっとしてないで次行くわよ次」
「次はどこに行くんだ?」
「ちょ、あんた、ま、まあいいけどさ。さっきあたしから組んだし」
俺から顔を背け、小声でそう言う。
背筋が凍る。テンションが上がってしまったせいで、愛野さんと腕を組みにいってしまった。
即座に距離を取る。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい調子乗りました」
「いいって別に。今日はあんたが変われるよう一肌脱ぐって決めてんだから」
愛野さんは怒ったような顔をしながら強引に俺の腕を取った。
目的地に着くまで何となく気まずくて黙り込む。
違う。俺と愛野さんはこういう変な感じになる仲じゃない。畜生、俺が勢い余って腕取ってしまったせいで。冷静になった頭で考えてみると俺らしからぬ行動だった。普段と違う自分に舞い上がってしまった。愛野さんの目論見は当たった。さっきの瞬間だけは自分が自分じゃなかった。
到着したのは総合アミューズメントパーク。
ボウリングや卓球、ダーツ、ビリヤード、ゲームセンター、スポッチャ、カラオケなど一日遊び尽くせる施設だ。
入口前で腕を解く。愛野さんは気合を入れるように自ら頬を張った。
「さっきまでのあたしたち、らしくなかったわね。普段通りいくわよ。フラットに」
「だな。ごめん。俺が変なことしたせいで。でもあの瞬間、俺は変わってた。服や髪型を変えたおかげで楽しい気分になっちゃったんだ」
「つまりあたしの目的は達成しつつあるってことね。まだ全然足りないけど。さて、ここでまた探すわよ。あんたが変われるキッカケを」
力強い足取りで店の中に入っていく愛野さん。その背中に頼もしさを感じてしまう。
俺も愛野さんの力になりたい。アドバイス内容まとめておかないと。
一発目はボウリング。愛野さんが行きたがってたやつだ。
「っんよしっ! ストライクゥ!」
愛野さんが見事にストライクを決める。笑顔でハイタッチを求められれば応じる他ない。
次は俺。一投目で惜しくも一本残ってしまったが二投目でその一本を倒せた。スペアだ。
「っしゃ! スペア!」
「いえーい!」
さっきの愛野さんにならい、俺もハイタッチ。
「なあ、普通に遊んでるだけなんだけどいいのか?」
「うん。だってこれあたしがやりたかっただけだし。あんたが変わるための何かじゃないわよ。あんただってボウリングなんて鳴神たちと何回も来てるでしょ?」
「気合入れて損したわ」
「何言ってんの。常時気合入れときなさい。遊びも全力だから楽しいのよ」
愛野さんはこうやって時々ハッとするような言葉をサラッと言うものだから油断できない。
二人で二ゲームした後、こういうパークにありがちな通常より何十円も高いジュースを飲みながら次のエリアに向かう。
「この施設で行ったことないとこある?」
「鳴神たちとはカラオケとボウリングしか行ったことないからそれ以外」
「おっけ。じゃあダーツ、ビリヤード、ゲームセンターの順番で行きましょうか」
受付を済ませ、ダーツ・ビリヤードエリアに入っていく。
ダーツもビリヤードもやったことない。大人がやるイメージがあったから。敷居の高さを感じていた。別段興味も無かったし。
だから特に期待してなかったんだけど。
「っし真ん中また刺さった! これ何て言うんだっけ?」
「ブルよ。三連続ブルとか。才能あんじゃない?」
「かもしれない!」
投げ方を色々試してみて、一番ハマった投げ方でやってみたら面白いように狙ったところに刺さる。
逆にビリヤードはてんでダメだった。
「だからこのルールじゃ白い玉落としたらアウトなの!」
「力加減が調節できない上めっちゃ芯外す! なんで球形のものを上手く弾けるんだ!」
オーソドックスなルールらしい、白い玉で他の色のついた玉を穴に落とす遊び方でやっているのだが、落としちゃいけない白い玉をことごとく落としていく俺。テレビとかでたまに見る芸術的な玉突き事故的ショットなど夢のまた夢。反対に愛野さんは結構上手かった。台に乗り出す姿が目のやり場に困ったので動きの参考にはできなかった。
続いてスポッチャ。色んなスポーツで遊ぶことができる。
「あんた的当て系全般上手いのかもね」
「そうかも」
アーチェリー。一〇本中八本命中。
「球技はその反対ね」
「すぐに目で追えない……」
バッティングコーナーやテニスなどはバッド、ラケットに当たりすらせずスカること多数。バスケはスリーポイントシュートだけ上手くできた。
一通り回って身体を動かして小休憩を挟んだ後、ゲームコーナーへ。
「あんたこういうところ行ってそうだけど」
「そうでもない。鳴神たちあんまりこういうところ来ないからな。そういう愛野さんは?」
「あたしはちょくちょく来てるわよ。兄貴に付き合わされて」
「へぇ」
ゲームコーナーと一口に言ってもコインを使うエリアや対戦ゲームエリア、音ゲームエリアと細分化されている。順番に愛野さんと回っていった。
ゲーム経験があまり無かったからというのとはじめて触るものが多かったため、ぶっちゃけ下手だった。やってきたものの中で特に印象に残るものも無かった。
ただ、最後に行った音ゲームコーナーだけは別だった。
回り続けること一時間。ほぼ全ての音ゲームを巡ったところで。
「的当ての才能もあるかもだけど、こっちのは段違いだわ。何そのズバ抜けたリズム感。初見のくせにほぼパーフェクトとか」
愛野さんは俺のプレイを終始口をあんぐり開けて見ていた。
自分でも驚きだ。テンポスピードの把握は瞬時にできたし、次に大体何が来るか予想、パターン化ができた。
「カラオケとかでも音程取るのだけは得意だったよ。歌が上手いかはともかく」
「あんた、音ゲーム、それだけじゃなく楽器とかやればいいんじゃない? 音ゲーの中でもあのギターとかドラムとか模したやつ特に上手かったしそのあたりとか」
心臓が跳ねる。
「いいよ楽器とか。興味ないし。それにほら、うちの軽音楽部見てみなよ。あの評判の悪さ。バンドなんてやったら白い目で見られるよ。あとああいう楽器やるならライブとか披露してなんぼだし、そういう表舞台に立つ人たちは自分の存在や容姿に自信があって、実際カッコよかったり可愛くて、とにかくそういう選ばれた人たちがやるべきで」
「どうしたのよ急に饒舌になって」
俺のマシンガントークに訝しげな顔を向けてくる。
まずい。変な勘繰りはされたくない。
「や、別に。ともかく楽器はやりたくない」
「ふぅん。もったいない。絶対上達早いでしょうに」
「適性があってもやりたくなければ意味ないでしょ」
「まぁねぇ」
この話をこれ以上続けないために歩き出す。
パークを出てすぐのところにあるカフェに二人で入って振り返りをする。
「今日は俺のために色々してくれてありがとな」
「感謝の言葉はいいのよ。それよりあんたが実感できたかどうかよ。変化を。実際どうだった?」
愛野さんは感情表現が豊かで、身振り手振りが大きい。今もグイッと身を乗り出してきて顔が近くなる。
「服と髪型変えたときは明確に感じられたけど、その後のアミューズメントパークはよく分からなかった。新鮮な楽しさはそこかしこにあったけど」
「それよそれ!」
ビッシィッ! と人差し指を突きつけてきて、その勢いで俺の頬を突いてくる。テンション上がってるなぁ。マニキュア塗った爪が食い込んで地味に痛い。
「痛い痛い痛い」
「あごめん。で、その新鮮な楽しさよ! あたしがあんたに言ったやつ! 他人に依存しない幸せ、それによって会話内容も充実ってやつ! どう? どれかハマりそうなのはあった?」
聞かれて考える。確かに最初から上手くできたのがあって楽しかったし、上手くできなくても楽しめたのはあったけど、ハマる、まではいかないかなというのが正直な感想だ。でもこんなキラキラした瞳で見つめられたらそんなこと言えない。
「一番気になったのはダーツかな」
「音ゲーじゃないのねぇ。ダーツ、兄貴が好きなんだけど、自分で色々買ってカスタマイズしてるわよ。そういう部分でも楽しめるけど。あと大会もあるらしいわ。参加して結果を残せれば皆あんたを見る目変わるわよ。何事にも自信が無さそうなあんたがてっとり早く自信を手に入れるには実績を作っちゃうのが一番」
「確かにそうかもしれない」
何事も結果を出している人間というのはカッコいい。そういう人になれたらきっと自分自身を好きになれるだろう。だけど結果を出すことは簡単じゃない。すごく難しいことだ。俺なんかじゃとても。
と惰性で思考を走らせたところで一旦止まる。
愛野さんがずっと俺に伝えたかったこと。『どうせ俺なんか』という言葉を使って逃げることなんてできない。
「どうしたのよ話の途中でスマホいじりだして」
「とりあえず来週にある大会にエントリーしてみた。地元の小さい大会だけど」
調べてみるとプロリーグなんかもあるみたいだ。ダーツにプロ選手がいるだなんて知らなかった。
「やるじゃない! そうよ! その行動力よ! 未来を切り開くのはいつだって即断即決即行動! たとえ結果が出なくても話のネタになるからどっちに転んでもよし!」
拳を振り上げ喜んでいる。興奮して頬が紅潮している。こうやって物事にのめりこんで感情的に話せるのは愛野さんの美徳だ。演説者とか向いてそう。
「これで少しは現状を変えられたらいいんだけど」
「大丈夫よ。今まで中身スッカスカだった人間がいきなりダーツはじめて大会にまで参加した、なんて話すれば鳴神たちじゃなくても興味深くあんたの話聞いてくれるわよ」
中身スッカスカって。そういうこと面と向かって言うのはどうなんだ全く。まあもう愛野さんはそういう人間だからって諦めてるからさしてイライラしないけど。事実だし。
「愛野さんが連れ回してくれなかったらダーツなんて一生やらなかったと思う。ありがとう」
「お礼を言うのは結果が出てからにしなさい」
ドヤ顔で足を組む。カッコつけちゃって。そういうのが様になるキャラだ。
会話がひと段落したところで各々コーヒー、紅茶をすすり、デザートを頼んで食べながらスマホをチェック。
一日の疲れでボーっとしていると、愛野さんが不意にスマホをしまった。
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