第12話 卯の花腐し⑤

 一週間後。俺はダーツ大会の会場に来ていた。


「自信のほどはどうなのよ」

「あるわけないだろ。付け焼き刃の練習しかできなかったし、はじめて愛野さんとやったときブル連発できたのはビキナーズラック、まぐれだって分かったし」


 なぜか愛野さんが来ていた。当日の朝に急にlineが来て『あたしも見てみたい』と。 

 今日の髪型もはじめて見るやつだ。アイロンを使ったのか普段はストレートな髪がウェーブがかっている。何というか大人っぽい。ロングスカートで全体的に大人しめ。


「じゃあ今回もビギナーの気持ちでいけばビギナーズラック起こせるんじゃない?」

「そういうもんじゃないだろ。つか何でいきなり来ることにしたんだ?」

「暇だから。言わせないでよ。今までは休日は藤堂、ふかみん、ハザマっちの誰かと過ごしてたから、一人の時間の過ごし方分かんないの」


 そういえば以前も同じ理由で買い物とか色々付き合わされたっけ。もう理由を聞くのはやめよう。


「なら一日でも早く俺と過ごすことが無くなるよう頑張らなきゃね」

「頑張ってるわよ。そのためにこの一週間目立たないよう動いてたわけだし」


 そう。この一週間、俺と愛野さんは教室内で目立った行動はせず、お互いのアドバイスを元に動いていた。俺はダーツの練習、愛野さんは各部活への根回し。


「そうだね。頑張ってたな」

「あんたもあたしと会わなくて済むよう早く鳴神グループの正式メンバーになりなさいよ」

「言われなくても」


 二人並んで受付場所まで歩きながらそんな会話を交わす。周囲の視線からカップルだと思われてるっぽい。蓋を開けてみれば全然違うんだけど。俺たちの関係はある種の契約に基づいている。目的が達成されればその瞬間に終わるドライな関係だ。そのドライさが楽で、つい愛野さん相手には素になってしまうのかもしれない。

 受付を済ませ、俺は控室に。愛野さんは観客席に。

 しばらくして予選がはじまった。


「がんばんなさ~い」


 気だるげに脚を組みながら片手でスマホをいじって片手をぷらぷら振っている。視線はもちろんスマホ固定。別に応援して欲しいとか思ってたわけじゃないけど。けどね? まあ声をかけてくれただけマシだと考えよう。

 俺の番が回ってくる。マイダーツを握る手が汗ばむ。最近出費が激しかったから高級なのは買えなかった。だが生まれてはじめて買ったダーツということで思い入れがある。

 勝負はあっけなくついた。


 予選敗退。緊張と単純な実力不足で圧倒的大差で負けた。

 悔しくない、わけじゃないけど、本気で悔しがるほど積み上げてはいない。こんなもんかと結果をあっさり受け入れてしまった。

 洗練された予選突破勢の投げ方を見る。完成された姿勢は美しい。弓から放たれた矢のごとく鋭くダーツが突き刺さる。見ているだけでも中々に楽しい。

 閉会式を経て解散。最後まで会場内にいた愛野さんにと合流する。


「おっつ~。あんた手ぇめっちゃ震えてて笑っちゃったんですけど」


 くっくと喉の奥で押し殺したように思い出し笑いをしている。端的に言ってムカつく。


「うっざ。しょうがないだろ大人数に見られながら投げるのなんてはじめてだったんだから」

「言い訳は聞きたくありませ~ん」

「ああそうだよ言い訳だよちくしょう」

「んで、楽しかった? 趣味友達できた?」

「緊張であんまり覚えてないけど今振り返ったら楽しかったな。趣味友達、はできなかったけど知り合い未満くらいの人はできたよ。控室でちょっと話した。唯一の同級生だったから」

「知り合いできたの!? 男子? 女子? line交換した!?」


 わざわざ立ち止まってそう聞いてくる。袖掴むな。引っ張られて肩痛い。


「男子。交換してない。学校名とどれくらいダーツしてるかくらいしか話さなかったし」

「なんだ。つまんない」

「悪かったなつまらなくて」


 自分がつまらない人間だったって自覚してからつまらないって言葉が刺さるようになったんだぞ気付け。絶対気付かないだろうけど。


「んまあでも良い経験になったでしょ。新しいことに挑戦すればするほど新しいことをすることに抵抗なくなってくし、次はもっと交友関係広がるかもしれないし、話のネタになるし」

「だな。何にせよ飛び込んでみて良かった。すごく疲れたけど」

「体力無いわねぇ。あたしは全然疲れてないわよ」

「見てただけだから当たり前だろ!」

「あっはは」


 普段の厳ついイメージや表情のせいで、笑ったときのギャップが。そう、これはギャップという仕組みのせいで俺のせいじゃないし相手が愛野さんだからでもない。笑顔の人間は誰しも魅力的だってことだ。

 ぽつぽつと中身のない話をしながら歩いていたら駅に着いた。


「それじゃあ」

「ちょっと待ちなさい。あんた、この後ヒマよね? どうせヒマだろうからちょっと付き合いなさい。すぐそこのカフェで課題やりたいから」  

「勝手にヒマって決めつけるな。……まあヒマだけど」


 鳴神たちとのlineグループで遊びに誘ってみたが、お前ずっと調子悪そうだったじゃん大人しく休んでろよと言われてしまった。


「なら決まりね」

「俺宿題持ってきてないんだけど」

「あ、そう。じゃああんたは家でやることね」

「無慈悲だなぁ。写真撮らせてくれよ」

「仕方ないわねぇ」

「仕方ないじゃねぇよ」


 またしてもケラケラ笑っている愛野さん。今日はやたら笑うな。上機嫌なのかそういう気分なのか。

 駅の近くのカフェに寄り、愛野さんと一緒に宿題を解く。俺の方が成績が低いから教えられることはないと思いきや得意分野と不得意分野があり、一部分だけ貢献することができた。大概は俺が分からなくてバカにされてただけなんだけど。愛野さんの煽りスキルは常人より遥かに高いから大変だった。


「愛野さんって塾行ったり家庭教師付いてたりするの?」

「ううん。兄貴に勉強教えてもらってんの。兄貴高校生の頃いつも五位以内キープしてたくらい頭良いから」

「愛野さんのお兄さんの設定盛り過ぎなんじゃないか」


 オーバースペックだよ現実世界でチートできちゃうよ。


「兄貴のスペック、大体本人の努力によるもので、そういうところが尊敬できるのよねぇ。学力でカースト上げるってセンも残ってるからあんたも頑張んなさい。こうやって宿題見てあげるくらいいくらでも付き合ったげるから」

「ありがとよ」


 こういう姉御肌なところをもっと周りにも見せればいいのになぁもったいない。

 宿題を解き終わり、スマホゲームでちょろっと遊んだ後解散。

 電車が来ていないため、反対側のホームにいる愛野さんが見える。気だるげにスマホをいじる姿がサマになっているのは本人の容姿や雰囲気によるものだろう。

 思えば、愛野さんは俺と違って元々あっち側の人間で。俺はずっとあっち側に憧れて、あっち側にいると錯覚してただけの、こっち側の人間だった。それを自覚してから境界線を越えることの難しさを何度も突き付けられ、それでも憧れることをやめられない。


 無意識に手を伸ばす。このまま頑張り続ければあっち側に行けるのかな。行きたいな。

 スマホの通知で我に返った。途端、こちらのホームとあちらのホームの間に横たわる二本の線路が目に飛び込んできた。厳然たる壁。現実。

 愛野さんからのメッセージだった。

『死んだ目しながらこっちに向けて無意味に手伸ばすのやめてくんない? 不気味なんだけど。ホラー映画にでも出るつもり?』

 自分の中の感傷的な空気が一気に霧散した。肩がガックリ下がる。


「ふ、ふふ、ふ」


 思わず変な笑い声が出てしまった。可笑しい。シリアスに悩んでいた俺が滑稽に見えて。


『ねえそのニヤつき顔もやめなさいよ。猥褻物陳列罪で逮捕されるわよ』

『失礼なやつだな。そろそろ電車来るしスマホしまったらどうだ?』

『しまいませーん』

『明日からお互い頑張り時だな。これまでのアドバイス、反省を活かして、この一週間の成果を発揮するぞ』

『いきなり真面目にならないでよ』


 と言いつつ、『がんばろー!』とふきだしの中に書いてある、ライオンが拳を掲げているスタンプが送られてくる。

 電車が来て俺と愛野さんを隔てる直前、愛野さんが健闘を祈るとばかりにサムズアップしたのがチラリと見えた。

 不覚にも。不覚にも背中を強く押されたように感じた。勇気をもらってしまった。そういうこと不意にやるのズルいし、咄嗟にそういう行動が取れるコミュ力に嫉妬さえ覚える。


 電車が過ぎ、愛野さんがいなくなる。

 一抹の寂しさを感じてしまった。こんなこと本人に言ったら『キモ』と一蹴されそうだけど、一抹、ほんの僅かだから許してもらいたいところだ。

 時間差で俺が乗る電車が来る。

 ポツポツと雨が降ってきたが、ちょうど良いタイミングで電車に乗ることができたためほとんど濡れずに済んだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇

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