第8話 卯の花腐し①

 レクリエーションの翌日。土曜日。

 スマホの振動で目を覚ます。眠い目をこすりながらロック解除。画面には愛野さんからのメッセージが表示されている。


『前回の店。朝八時集合』


 とだけ。いつもこんな簡素なのかと尋ねてみたところ、んなわけないでしょ絵文字もスタンプも使ってるけどあんた相手にそんなの必要ないから、とのこと。まあそうでしょうね。俺だって鳴神たちのグループlineでは『!』やスタンプを多用してるけど愛野さんからのメッセージには『了解』としか返さない。

 急いで支度して待ち合わせ十分前に間に合わせる。まだ来てないと思ったが、もう店先には愛野さんが立っていた。

 今日はラフめの服装だ。ダボっとしたパーカーにショートパンツ。簡素なのに美人だからとことんサマになる。


「今日は早いんだな」

「何? 初日遅刻したことに対する嫌味? うっざ」

「深読みし過ぎだって」

「あっそ。ってかあんたやっぱり昨日の服以外ロクなの持ってないわね。組み合わせ方勉強して着回しするかもう一パターン揃えるか。まあそれはおいおいやっていきましょう。今日は見た目じゃなく中身の話をするわよ」

「やっぱりそうなってくるよな」


 入店し、まずは飲み物を頼む。前回と同じ流れだ。


「あんた今日お金持ってきた?」

「また買い物とかしそうだなと思って持ってきたよ」

「おっけー。お昼ご飯食べた後、ボウリングとカラオケ付き合ってもらうからよろしく」

「は? なんで?」

「あたし、一ヶ月に数回ボウリングとカラオケ行かないと死んじゃう病にかかってるから」

「嘘つくな」

「それくらいあたしの中でルーティンになってるってことよ。今までは藤堂たちに付き合ってもらってたんだけど……」

「あー分かった分かった付き合います!」


 投げやりにそう言うと、愛野さんは不機嫌そうに唇をすぼめた。


「何よその言わされた感。言っとくけどあたしと二人きりで出かけたいって男子たくさんいるんだけど」

「そうなんだ」


 それだけ美人なら当然モテるよね、とか言うのは癪だったので言わない。見た目だけは一級品。見た目だけは。中身はともかく。


「ま、あたしほど可愛ければ当然よね。だからこの一週間うっとおしいったらなかったわ。あたしが一人になったことをいいことにlineとかで男子からメッセ飛んでくるのよ。大丈夫~? とか、悩みあるなら聞くよ~とか。教室内で話しかけてこないくせに。下心見え見えだっつの」 


 はぁ~、と大きなため息をつきながらティーカップの中でスプーンをクルクル回している。

 少し。ほんの少しだけ優越感を感じてしまった。そんな男子に人気な愛野さんと二人でカフェに来ていることに。

 優越感を感じてすぐに、己の浅ましさに反吐が出そうになる。違うだろ。俺はそういうどうでもいいことを感じるためにここにいるわけじゃない。


「愛野さんは彼氏作らないの?」


 余計な思考を振り払うように前々から聞いてみたかった質問をしてみる。めちゃくちゃモテるのに彼氏がいるとか好きな男子がいるという噂を聞いたことがない。


「作らないわよ。理想の男子が学校にいないのよね」

「愛野さんの理想の男子ってどんな男子?」


 偏見だけどすごく理想高そう。


「イケメンでコミュ力あってオシャレで常にあたしのこと気にかけてくれる人」

 大当たりだった。そんなやつそうそういないわとツッコミを入れようとしたけどやめた。よく考えると愛野さんと釣り合いが取れるのはそういう男子だけかもしれないと思ったから。

「そういう人と出会えればいいね」

「そうねぇ。出会いを待つより自分でそういう男子を育てる方が早いかも」

「確かに。愛野さんレベルの人と付き合うために必死に努力する男子いそう」

「あんたはどうなのよ」

「俺? そうだなぁ」


 あんまりそういうこと考えたことなかったかも。


「まさかあたし!?」


 愛野さんがのけ反る。んなわけあるか!


「違うわ。理想の女性ね。えーと、引っ張るより引っ張られたいかも。それと明るくて自分に自信があっていつも輝いてる子、かな」


 ぼんやりと浮かんだイメージを何とか言葉にする。


「へ、へぇ。まあいいんじゃない?」

「何だその反応」


 横を向いて頬杖をついている。何となく気まずそうだ。知り合いに俺の理想像ピッタリの人がいるとかかな。

 これ以上会話を広げられなさそうだから話を本筋に戻すか。


「んで、中身の話だっけ」

「そ。意識して変えていかなきゃいかない部分について。とりあえず見た目の面は及第点に達したとして。次は立ち居振る舞いとかね」

「ああ。愛野さんが直さなきゃいけない部分ね」

「あたしだけじゃなくあんたもなんだけど! 再現してみてよ。教室でのあんたをあたし相手に。そうね、朝教室入って鳴神たちに声かけるときのやつで」

「? 分かった。……おっすー! っはよー皆! 調子どう? 俺は絶好調だぜ!」

「引くわ普通に」

「何でだよ」

「うわ切り替え完璧じゃん。キモ」


 本気で引いてキモがってる様子が胸にクるんだけど。


「何がキモいんだよ」

「目立ちたいのかどうか分からないけど高すぎるテンションがウザいってこと。あたしと接してるくらいのテンションでいいのよ」

「いやいやダメでしょ。鳴神たちだって声大きいし」

「それは鳴神たちに存在感があって、鳴神たちが話すと皆気になって口をつぐむから静かになって声通ってるだけだから。あんたの場合逆効果だから。あんたの声デカすぎて周囲の人間が不快そうにしてるの知らないでしょ。鳴神たちしか目に入ってないから」

「マ、マジか」


 鳴神たちの前では元気に明るく振る舞わないと、と意識しての行動が逆効果だったなんて。


「それに忘れたの? 森に言われてたでしょ。鳴神たちがいないときのテンションの低さヤバいって。素でいいのよ素で」

「ダメだって。素の俺、つまらない人間だもん。それじゃあ鳴神たちの近くにいれない」

「その通りよ。あんた、つまんない人間なのよ」

「は?」


 フォローされるかと思ったらまさかの追撃だった。ってか愛野さんにフォローを求めること自体間違いだった。愛野さんが他人のフォローなんてするはずがない。

 にしてもズバッと言い過ぎじゃね? 


「正確に言うとつまんない人間に見えちゃってるのよ周りから。改善点その二。会話内容を充実させる。あんたと鳴神たちの会話聞いててずっと感じてたんだけど、あんた、鳴神たちの会話に相槌か肯定の言葉しか使ってないのよ。あんたっていう人間が全く見えてこない。そりゃ鳴神たちの中で優先順位下がるわよ。ってあんた話聞いてる?」

「ん、あ、ああ、聞いてる聞いてる。別の意味でも効いてる。つまり会話内容が薄いと」


 愛野さんが俺と鳴神たちの会話を聞いていたという事実に動揺して少し上の空になってしまっていた。俺が鳴神たちとよく会話してたのは愛野さんとあの雨の日に会ったとき以前。うちのクラスの男子グループと女子グループってあんまり絡みないから、俺と愛野さんに接点が無かったときから俺を認識してることに驚いた。


「そゆこと。さて、つまんない人間から脱却するためにはどうすればいいと思う?」

「えーと、面白い人間になること?」

「それが近道でしょうね。いきなり変わるのは難しいだろうけど、教室でのあんたと素のあんたのギャップを小さくすればある程度改善されるわ。だってあんた、あたしと話すとき、ちゃんと会話に中身あるもん」


 言われて気付く。愛野さんに対して素に近い自分で接してるかも。なんでだろ。あの雨の日、似たような表情を浮かべていた愛野さんに親近感を抱いたせいかな。


「本当に教室での俺より今の俺のがマシ?」

「当たり前じゃない」

「そっか。う~ん、素の自分に自信ないから抵抗感あってすぐにギャップを埋められるか分からないけど、やるだけやってみるか」

「いいじゃないその当たって砕けろ精神」

「砕けちゃダメだろ」

「もう砕けてるでしょ」


 何がおかしかったのか、愛野さんが小さく笑った。


「愛野さんもそうやって教室で笑えるようもっと努力しないとね」

「うっさい」


 人懐っこそうな笑顔から、すっかり板に付いてるであろう不機嫌顔に早変わり。


「それで、当面はテンション抑えめにして会話内容を意識するとして、そもそも面白い人間になるにはどうしたらいいんだ?」

「さあ。手っ取り早いのはアイデンティティをアピールすることじゃない? 何かないの? ずっとやり続けてることとか、なぜか上手くできることとか」

 咄嗟に、六道との一幕を思い出す。音楽室。ピカピカのエレキギター。

「ない、な。やり続けてることも上手くできることも。まずそれを見つけることかな」

「趣味系じゃなくても、オーソドックスに勉強とか運動でもいいけどね。あんたどっちも微妙でしょう?」

「仰る通りで」


 俺の学力はせいぜい中の下。対して愛野さんは確か学年全体二〇〇人中二〇位とかだった気がする。教室で大きな声でそう言っていたのを何となく覚えている。それに今はもう辞めちゃってるけど高一の頃はバスケ部で同学年の中で一番上手かったらしい。これも教室で聞こえてきた情報。


「まあ頑張んなさい。ポテンシャルはあるかもしれないんだから」


 ある、と断言しないところが愛野さんらしい。


「ちなみに愛野さんが自分自身に自信を持てるものって何?」

「沢山あるわよ。まずこの美しい顔でしょ。それを際立たせるためのメイク術。コーディネートについてもネイルやアクセ含めて自信あるわ。それとこの、ん、これはいいわ」


 最後、愛野さんはカバンについていた猫型ビーズキーホルダーに手を添えながらそう言った。小物選びも自信あるって言いたかったのかな。


「心から自信持てるのは羨ましいな。まず根拠の無い自信だけでも持てるよう意識してるんだけど中々できなくて。どうせなら根拠のある自信が欲しい」

「探して見つけるしかないでしょうね。根拠になりうる何かを」

「だな」


 会話が一段落したところで各々頼んだ飲み物を飲み干し、おかわりを注文する。


「真面目な話して疲れたわ」

「一旦気分転換する?」

「今してる。パズルゲームなんだけど知ってる?」


 画面を見せてくる。クラスで流行ってるアプリだからもちろん入れてるし、そこそこやりこんでいる。


「知ってるも何もランカーだけど?」

「うっわやりこみ勢じゃんきっしょ」

「んでそうなるんだよ!」


 思わず教室でのノリで突っ込みしてしまった。若干というか普通に本心から怒ってるけど。キモい、きしょいというシンプルでストレートな罵倒言葉は脳みそに響く。


「じゃあ対戦してもつまんなそうだから協力プレイでレベル上げに乗っからせてもらお」

「いけしゃあしゃあとまあ。いいけどさ」


 それから一時間もゲームしてしまった。鳴神たちと協力プレイあんまりやらなかったからぶっちゃけ新鮮だった。ちょっとしたミスでツッコんでくるし終始騒がしかったけれどなぜかそんなに不快にならなかった。


「ふー、これで次のステージに進めるわ。ありがとねーん」

「はいはい」


 ゲームアプリを閉じた後、それぞれランチメニューを頼む。


「へぇ。あんた一番人気無いDセット頼むんだ」


 愛野さんがやや驚いた様子でそう言う。


「これ一番人気無いのか。美味しそうなのに」

「あたしはもちろん一番人気のAセットだけど」

「なんで得意げなんだよ」


 マウント取られた気がするようなしないような。

 食事が届き次第手早く平らげ、食後のデザートを頼む。

 各々デザートをつつき、ホッと穏やかな時間が流れたところで愛野さんが気だるそうに口を開いた。


「さ、じゃあそろそろお店出ましょうか、って冗談よ冗談。はぁ、切り替えていきますか」


 小さなポーチからえんじ色のシュシュを取り出し、髪をくくる。長めの茶髪が一括りに。見事なポニーテールの出来上がりだ。


「何それ。普段集中するときとかそうしてるの?」

「ううん。気分。まあこれで本当に集中できるんなら今後も続けるかもだけど」


 気分屋のケがあるのかも。ポニテなんて学校で見たことない。活発な愛野さんによく似合っていてクラリときそうになった。持ちこたえて思い直したからセーフ。ほんとに見た目だけは抜群に良いから厄介だ。


「そっか。で、次は何話すんだ?」

「あんたと鳴神たちの関係で気付いたこと。多分これからする指摘であんたの気分大きく変わるわよ。覚悟しなさい」


 そう宣言されるとこちらも構えざるを得なくなる。何だ何だ何を言われるんだ?

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