第7話 狐の嫁入り⑥
レクリエーション前日の木曜日。
ようやく明日、買った服をクラスの皆に見せることができる。
クラスの皆からオシャレなやつだと認められればそれが鳴神たちに伝わって鳴神たちの俺に対する評価が変わるかもしれない。
ワクワクする反面、まだ鳴神たちとしゃべれない現状に焦りを覚える。
嫌われてる相手に話しかけに行くってしんどい。本当に。
昼休み。自然と足が音楽室へ向く。身体がストレス発散を求めてる。
皆が昼ご飯を食べているこの時間なら人がいない。学校でどうしても弾きたくなったら昼休みに突入してすぐに移動するのがベストだ。
音楽室の戸を開ける。
「っ」
案の定誰もいなかった。
代わりに、ラックにかけられた一本のギターが教壇付近に鎮座していた。
青空色のボディ。レスポールを一回り小さくしたような形状。ヘッドに輝くギブソンのロゴ。
ナイトホーク。
流通数の少ないレアなエレキギター。
思わず手が伸びそうになる。
「おいてめぇ、何するつもりだ」
背後からのドスのきいた声で背筋が伸びた。
「べ、別に何も」
振り向くとそこにいたのはよりにもよって六道だった。
校則違反のロン毛の隙間から覗く眼光に思わず後ずさる。
そっか。このギター、六道のか。
六道は軽音楽部所属。素行不良生徒の集まりで過去に下級生を病院送りにした恐ろしい先輩が所属しているらしいとのことで、軽音楽部の人間は敬遠されがちだ。
「ギターに触れようとしたように見えたがな。音楽室に何か用か」
三白眼を鋭く細めながらねめつけてくる。
「いや、特に。じゃあ俺行くわ」
回れ右。足早に去る。
部活動が無いから当然部活棟も施錠されている。音楽室でギターの練習をするつもりだったんだろう。
六道と関わったらロクなことにならない。君子危うきに近寄らず。
俺も弾きたかったな。でもしょうがない。軽音楽部の生徒の方が優先だろうし、俺の趣味は誰にもバラしたくない。
諦めて昼ご飯食べよう。また保健室で。
放課後すぐに帰宅して明日着ていく服をチェック。タグとか付いてないよな丈の長さとか大丈夫だよな。
鏡の前で色んな角度から眺める。変なところは無さそう。
最後に全身像をぼんやり見つめる。
変、というか違和感を感じるな。何か服に着られているような。見合ってないような。
鳴神たちはどうやって着こなしてたっけ。
頭の中の彼らと今の自分とを照らし合わせる。
まあ顔だよな、うん。分かったわ。どうしたって変えられない部分だわ。
人生に失望してベッドに倒れこむ。
生まれつき顔が整ってる人間はいいよな。輝かしい未来が約束されてる。
いつものようにネガティブに陥りかけたとき、なぜか愛野さんの強気な顔が浮かんだ。
ダメだ。変わるためには、今までとは違う考えを持たないと。
愛野さんだったら今の俺に何て言葉をかけるだろう。
最初から諦めるな、とか?
立ち上がって再び鏡の前に立つ。あまり見たくない、鳴神たちと比べると見劣りする自分の顔を見つめる。
本当に生まれつきのものは変えられないのか?
もう一度鳴神たちの姿と自分の姿を脳内で照らし合わせてみる。
あったぞ。生まれつきではない部分で変えられそうなところが。
すぐにスマホで店を検索。ネット上で予約。
二時間後。
選ばれし者すなわちカーストトップ勢しか入れないような煌びやかな店の前で足踏みすることしばし。
プレッシャーがすごい。ただお店に入るだけなのに。
やっぱキャンセルして帰ろうかな。いつもみたいに近所のおっちゃんが経営してる床屋でもいいんじゃないか。
洋服店で愛野さんに背中を押されたときの感触を思い出す。
ここまで来たんだ。行け!
「いらっしゃいませ~。ご予約はされてますか?」
「は、ひゃい!」
とまあ噛んでしまったけれど。
無事、目的は達成。
家に帰る途中、ショーウィンドウに映る自分の姿をまじまじと見つめる。
服を買ったときも大分変わったなぁと思ったけど、今回は劇的な変化だ。
髪型、それと眉毛。
ネットで評価が高かった美容院に行ってカットしてもらった。眉毛も整えてもらった。その後ワックスの使い方を教えてもらった。
洋服店の店員さんにおススメされた服を着て、眉毛を整えワックスで髪型セットした自分の姿があまりにも別人で見入ってしまう。
これなら明日、皆を驚かせることができるんじゃないか。
自然と足取りが軽くなる。
ああいう店に自分から行くことができた。ワックスの使い方、眉毛の整え方を教えて欲しいと頼むことができた。見た目が大幅に変わった。嬉しい。楽しい。
自信ってこういう小さなことの積み重ねでついていくのかもしれない。
明日が楽しみだ。
レクリエーション当日。
一時間以上早起きして自撮り写真を見ながら何とか昨日美容師さんにセットしてもらった髪型を再現することができた。
昨日の夜はテンションマックスだったのに朝になってみれば緊張しまくりという。
大丈夫かな。笑われないかな。
ビクビクしながら駅に向かう。学校集合ではなく現地集合だ。
考えれば考えるほど不安になっていって歩く速度がどんどん落ちていく。
気付けば集合時間五分前。ギリギリの到着だ。
何気なくクラスの輪に入ろうとしたが、一斉に向けられた奇異の視線のせいで足が止まる。
『あれ浅野?』
『一瞬、どころかずっと見てても誰か分からん』
『何て言うか……』
僅かに聞こえてくるそんな言葉たち。ぼそぼそグループ間で呟き合ってるせいでよく聞き取れない。
呆然と立ち尽くしていると、クラスメートの女子が二、三人ぴょこぴょこ近づいて来た。
「浅野どしたん? 好きな人でもできた?」
「え、いや、そんなことないけど」
この質問の意図はなんだやっぱり微妙ってことか!?
「やるじゃん浅野! イケメンに見えるわ!」
イケメンという決定的なワードにドキリとする。
俺がイケメン!? そんなこと人生で一度も言われたことなかったぞ!
落ち着け落ち着け落ち着け。ここで調子に乗ったらいつもの俺だ。何て返すのが正解だ?
愛野さんみたいに当然だろ? とか言っちゃうか? キャラじゃないか。
「イケメンに見えるって、それ雰囲気イケメンってこと?」
「そうそう! 分かってるじゃん!」
「雰囲気だけでもイケメンになれて嬉しいわ~」
このあたりが落としどころじゃないだろうか。
それからひとしきりチヤホヤ、じゃなくイジられ続けた、先生の号令によってようやく解放される。
良かった、よな? 好評だった、よな?
鳴神たちも遠巻きにこっち見てたし、アピールできたはず。
上手くいったはずだと自分に言い聞かせながらバスに乗り込む。
車内アナウンスが終わったタイミングでスマホを開くと一件のlineが来ていた。
『合格。女子たちに好評だったわよ。髪型とか眉毛とか自分で整えてきたのはナイスだったわ。おめ』
驚いて後部座席を見る。
愛野さんはフラットな表情を崩さないまま一度だけチラッと目を合わせ、一瞬だけVサインを作ってくれた。
「何? 用でもあんの?」
と思ったらすぐにそれを引っ込め、普段の刺々しい雰囲気をまとってガンを飛ばしてくる。
クラスメートの前では関係を悟らせないためだ。
「ごめん何でもない。虫いた気がして。気のせいだったわ」
言って座席に腰を下ろす。
隣に座っている男子に何だコイツ的な視線を向けられる。
邪険にされたのに俺がニヤついていたからだろう。
愛野さんのメッセージのおかげで、前に進めたことを実感できた。
バス内がざわつき出し、皆が一斉に窓際に集まって外を眺めはじめた。
つられて俺も外を見る。
日が照っているのに雨が降っていた。
この現象には名前が付いているらしい。後ろから聞こえてきた誰かさんの呟きで知った。
狐の嫁入り、と言うそうだ。
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