第19話:デートの結末は残酷か
翌日の朝、昨日と違い、今日の空は宇宙の果てまで見えてしまいそうな程澄み切っていた。
深呼吸をすると、朝の清々しい空気が胸一杯に入り込んでくる。
この冷たい空気は今の火照った体に丁度いい。
しばらく歩くと、待ち合わせ場所の駅に着く。
今日はしっかり待ち合わせ三十分前に到着した。
その辺は抜かりない。
しかし一応周囲を見渡す。
詩織はまだ来ていないようだ。
海翔の性分的にも待たせるより待つ方が気が楽だ。
ボンヤリと空を眺める。
因みにクロウに今日の事を言うと、
「ああ? 詩織と出かける? 勝手にしろ。もうお前を狙う奴もいねえだろうしな」
と相も変わらずコーヒーを飲みながら言っていた。
「そう言えば、いろんな事があったよなぁ」
ふと目を瞑ると、様々な思い出がよみがえってくる。
思い返せばクロウと出会ってからまだ半年も経っていないのだ。
最近はずっと平穏な生活を送ってきたから、こんな激動の時間を過ごしたのは初めてだ。
これまでの事を思い返していると、激しく波打っていた心臓も落ち着いてきた。
時計を見ようと、ゆっくりと目を開ける。
すると、目の前には詩織が立っていた。
「おはよう、海翔君。寝不足かな?」
突然の出来事だったので頭が回らない。
驚きのあまり数回口をパクパクさせてから、やっと声が出た。
「あ、ああ。おはよう。声かけてくれたら良かったのに」
「考え事してるみたいだったから。悪いかなって」
どうやら僕は声を掛けるのがはばかられる程難しい顔をしていたらしい。
ふと、詩織を見る。
普段は、パンツルックでボーイッシュな格好が多い詩織だが、今日はスカートを履いている。
なんというか詩織はスカート履いているイメージがないのですごく印象が変わる。
いや、スカート姿は制服で見慣れているのだが、何というか制服と私服は違うのだ。
なにがと言われると説明できないが、こうとにかく制服と私服は違うのだ。
「どうかした?」
海翔がいつまでも黙っているので、不思議に思ったのか、詩織は顔を覗きこんでくる。
「ああ! いや別に。何か今日はイメージ違うなって思って」
詩織はイメージが違うと言われ、慌てて自分の服装を見直す。
「変……かな?」
そして不安そうな表情で言った。
それも上目遣いで。
女子の上目遣いというのはどうしてこんなにもかわいいのだろうか。
とんでもない破壊力だ。
「いや、そんな事ないよ。僕は……かわいいと思うな」
上から薄手のジャケットにニット、そしてロングスカートにブーツ。
しょうじき可愛くない要素がどこにもない。
可愛いの権化だと思った。
後半は自分でも聞き取れるか分からない程小さい声だったが、詩織の顔を見ると聞こえていたようだ。
俯きながら「そっか。」と小さく呟いた。
おそらく二人とも顔は真っ赤だろう。
目が合うと、自然と笑みがこぼれてくる。
何がおかしいのかは全く分からないが、なんだかおかしいのだ。
笑いが止まらない。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
ひとしきり笑った後、海翔たちは二人並んで駅へ向かった。
遊園地までは約三十分。
この時間は遊園地への特急電車が走っているので普通に行くより早く着く。
降りる駅は『ワールド・ランド駅』
昔は違う駅名だったそうだが、これが出来てから名前が変わったそうだ。
電車を降り駅を出ると、そこにはまるでこれから映画の世界にでも飛び込むような派手な入場ゲートがあった。
まさにここの為の駅って感じだ。
入場ゲートを通る時、従業員の女性に、
「本日はカップルのお客様にはこれをプレゼントしてまーす。楽しんで下さいねー」
と言ってワールド・ランドのオリジナルキャラクターである、ワールデンの耳をモチーフにしたカチューシャをもらった。
それはいいのだが、カップルと言われた時は慌てたものだ。
本当は否定しなければならないのかもしれないが、心の中で否定したくない自分の方が強かったので否定はできなかった。
心の中の天使と悪魔って奴だ。
「さ、どこから行こうか」
入り口でセットでもらった場内の地図を眺めながら言った。
「う~ん。海翔君ってジェットコースター乗れるタイプ?」
詩織はいたずらっぽい笑みを浮かべ聞いてきた。
女子に挑戦されて受けないわけにはいかない。
「うん、勿論。望む所さ」
海翔は余裕たっぷりに笑って言った。
「じゃあ、そこだね」と詩織が指さす。
どうやらここの名物コースターらしい。
「ここのジェットコースターは結構怖いって有名だから、覚悟してね」
「今の僕に怖い物なんてないさ」
一体海翔がどれほどの修羅場を潜り抜けてきたと思うのだ。
あんな乗り物なんて怖い訳が無い。
海翔らは勇み足でジェットコースターへ向かった。
初めて堕天使に出会った時よりも、マカイズに鎌を向けられた時よりも、ラインの撃った銃の流れ弾が飛んできた時よりも、怖い事があるなんて思いもしなかった。
安全が保障されているがゆえに、自分ではどうしようもないという恐怖。
ジェットコースター恐るべし。
登るまでは良かった。そこからの急降下。あれは一体なんだ。
こんなスリリングなマシンがこの世に存在してもいいものなのだろうか。
あれが海翔に与えた衝撃はどれ程のものだったかというと、降りてからしばらく経った今でも足の震えが止まらないという程だ。
ちなみに詩織は得意なのかとても楽しそうで、安全バーをギュッと掴んで顔が引きつっていた僕とは対照的に、詩織は手を放して上にあげ、満面の笑みを浮かべていたくらいだった。
「大丈夫? 海翔君」
詩織は心配そうに海翔の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ、ありがとう。出来れば次は落ち着いたもので……」
そこからは時間の許す限りアトラクションを回った。
お化け屋敷や、宇宙旅行を疑似体験できる体感型の映画など、初めての体験ばかりで海翔はとても楽しかった。
そして何よりも、隣に詩織がいるという事。
楽しかったねと笑いあえる事。
こんな些細な事がこんなにも幸せな事だとは思わなかった。
しかし、楽しい時間というのはあっという間に過ぎるものだ。
二人は、パーク内のあちこちに置かれている休憩用のベンチに座り空を眺めていた。
あんなに高い所に位置していた太陽はもう数十分で沈んでしまいそうだ。
太陽が沈んでいくのと同じように、楽しい時間もいつまでも続かないのだ。
「ねぇ詩織。一つ聞いてもいいかな」
「……いいよ。何かな」
恐らく海翔の質問が何か分かっているのだろう。
詩織は覚悟を決めたような表情で海翔をジッと見つめる。
本当はこんな時に聞くべきではないのかもしれない。
楽しい日は楽しい思い出だけで締めくくりたかった。
だけど今日、聞かねばならないのだ。
そうじゃないと海翔は明日の決戦には望めない。
「詩織の叶えたい願いって何なの?」
「……やっぱり気になるよね。少し長くなるけどいいかな」
「勿論」と海翔が答えると、詩織は少し安心したような表情をした。
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