第3章:決戦の始まり
第18話:ずっと抱いていた気持ち
ラインとの激闘を制した海翔たちは、その後も順調に天使たちを撃破していった。
槍を扱いし白の天使――リラ。
無表情で不愛想な彼女は契約者を主人と呼び、主人をこの世界の神とすべく奮闘した。
ブーメランを扱いし黄の天使――フィン。
天真爛漫な彼女は妻を失い悲しみの底に沈んだ老人の太陽となった。
杖を用い数多の魔法を扱いし緑の天使――マリ。
彼女は孤独に苦しみし少女の母となった。
彼らには皆願いがあった。
どれもこれも美しいものばかりだった。
願いを、何かを強く想う事は素晴らしい事だ。
彼らと相対する度に海翔は思った。
果たして願いのない海翔がこの場に立つ権利があるのだろうか、と。
海翔の願いはきっと願いを見つける事なのだと。
これはとんでもないこじつけだ。
だけど、海翔はそうでもしないと彼の横には立てなかった。
あの自信に満ち溢れた悪人顔を見ることは出来なかった。
そうやって海翔はどんどん歪んでいってしまったのかもしれない。
五分ほどの葛藤のすえ、海翔はスマホの画面の『通話』を押す。
プルルという数回の呼び出し音の後、スピーカーから少女の声が聞こえる。
「もしもし。海翔君?」
詩織が電話に出た瞬間、心臓がこれまでで一番強く鼓動した。
どうにかして平静を装う事に努める。
「おはよう、詩織。いま大丈夫かな」
「うん、大丈夫だよ」
小さく深呼吸をして、綿密にシミュレーションしていた事を口に出す。
「この前の事を確認しておこうと思ってね」
「この前の? ああ、そうだね」
今残っている天使は残り二人。
クロウと、ソウだ。
最後の決着をどこでつけるか、その打ち合わせをこの前したのだ。
「明後日の夜、あの丘でいいんだよね」
「うん、勿論」
海翔達が住んでいるこの町には大きな山がある。
小さい頃はこの山によく遊びに行ったものだ。
この山には町を一望できる展望台の様な場所が整備されていて、休日にはハイキングで訪れた人で賑わうのだが、平日はそれも夜は全く人がいない。
まさに決着をつける場所にうってつけの場所といえるだろう。
……。……。
なんというか電話を掛けるのに精一杯でその後を考えていなかった。
気まずい沈黙が訪れる。
「ええと、ああ。ごめん、それじゃあ」
海翔は沈黙に耐え切れず、思わず電話を切ろうとしてしまう。
「ちょ、ちょっと待って!」
とつぜん、詩織が大きな声で海翔を引き留める。耳が少しキーンとする。
どうやら詩織も少し緊張している様だ。
ただ、その緊張に気づかないほど海翔も緊張していたのだが。
「あの……ね。明日暇……かな?」
正直後半、正確に聞こえたか不安になるほどの消え入りそうな声。
電話越しからも不安が伝わってくる。
海翔はゴクリとつばを飲み込み返事をした。
「……うん。明日は暇だよ?」
「そう!? あのね、この前商店街の福引で遊園地の招待券が当たったんだけど……どうかな?」
さっきまでの不安そうな声から一転、嬉しそうな声に変わる。
遊園地……たぶん郊外のワールド・ランドの事であろう。
外国の有名な映画をモチーフとした遊園地で、外国人旅行客からも人気の遊園地だと聞いたことがある。
(そう言えば行った事無かったな、僕)
海翔はこの遊園地には行った事が無かった。
どんな有名な観光地でも、地元の人間は意外と行かないってやつである。
「うん、いいよ。行こうか、明日」
「ホント!? それじゃ、明日駅前でね? それじゃ!」
「うん、分かっ……」
プツッ。ツーツー。
最後まで言い終わる前に電話は切れてしまった。
「ま、いいか。明日楽しみだな」
何にせよ初めて遊園地に行くのだ。
わくわくするなと言う方が無理があるだろう。
ジェットコースターに3D映画、想像上の物でしかなかったアトラクションが浮かんでは消える。
たまらず、海翔は部屋の中をグルグル歩き始める。
「うん、楽しみだ」
遊園地が楽しみで仕方ない。
海翔はそればっかり思っていた。
楽しみな気持ちばっかりが先行していた。
だが、海翔はふとした時気づいたのだ。
遊園地に出かける。そこまではいい。楽しみじゃない訳がない。
問題はここからだ。
誰と行くの? 詩織とだ。
これもいい。というか願っても無い事だ。
ここで足を止め、ふと考えてみる。
詩織と遊園地に行く。勿論二人で。
興奮しきっていた頭がスゥ―ッと冷めていく。
「あれ、これもしかして……」
考えるまでも無い。
男女が二人で遊園地に出かける。
この行為は俗に言う……。
「デート……なのか?」
デート。
その言葉が浮かんできた瞬間全身がボッと沸騰したかの様に熱くなる。
「デ、デデデ、デート!? いやいや、デートだけど、これはあれだ、あれ。そう、あれだ、あれあれ。うんうん」
全く分かっていないのに無理やり頭を理解させる。
あれだとか、それだとかしか言ってないが大丈夫だ。
海翔には理解できている。
「……デートか」
その言葉を発した瞬間、心が温かい気持ちでいっぱいになる。
(そうか、やっと僕は気づいた)
海翔は詩織の事が好きだったのだ。
初めて会ったのは高校に入学した時。
あの時は何だか暗いイメージで、どこかに寂しさを感じさせる笑顔が印象的だった。
クラス発表の日、同じクラスだと知った時、感じたあの高揚感はそういう事だったのかとやっと理解した。
窓を開け空を見る。
外は肌がヒリヒリするような冷たい風が吹いてくる。
だが今はその冷たい風が、火照った体に丁度いい。
ニヤ付きが止まらない。
今クロウに僕の顔を見られたら、「気持ち悪い、こっち来んな。」って言われるだろう。
だが、今の海翔はそんな暴言くらい笑って流せるくらいの余裕で満ち溢れている。
「明日、楽しみだな」
ボソッと呟き空を見上げると、パラパラと雪が降ってきていた。
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