09. 破廉恥な誘惑
「ヤらせる……とは、何を?」
梓は、笑いながら答える。
「わざわざ聞かなくても、分かるでしょ? SEXよ、セックス!」
あけっぴろげな言い方に、一同が唖然とする。
「そうね、ひとり1回、30分まで。中出しオーケーよ!」
彼女の提案に、一部の男たちが色めき立つ。
「まじかよ!」
「妊娠なんて、しないでしょ? 現実の体じゃ無いんだし」
梓はそう言って、白服の少年に目線を送った。少年は苦笑いして、肯定もしないが、否定もしない。
蘇我田は、そんな梓を憎々しげに、にらんでいた。
男性をヤクザから救った事を切っかけに、自分がこの場の流れを作り出していた。しかし、彼女の登場によりそれが崩れ、このままだと主導権を奪われかねない。
これからが、勝負だと言うのに……。ぶざけやがって、この売女が!
蘇我田は、心の中でそう毒づいた。
すると、身なりのよい年配の女性が、顔を真っ赤にして梓に言った。
「破廉恥! なんて、破廉恥な!」
一部の女性たちが、彼女を
「うらやましいなら、あなたもやれば?」
そんな同性たちを意に介さず、梓はさらに火を注ぐような言葉を返す。それは効果はてきめんで、女性たちの表情が怒りに歪んだ。
「体を売るなんて、恥ずかしくないんですか!?」
ひときわ大きな声で、曽我田が梓の非難に加わった。
ここにいる人々の、半分近くは女性なのだ。この流れで彼女を糾弾し、舞台から退場させてしまいたい。
瞬時にそう目論んで、蘇我田が話の主導権を奪い返そうとする。
「だって、死にたくないもの」
曽我田の質問に対する、梓の答えはシンプルだ。
「命より重要なものってある? そされに、空気を読んだら、何も決まらないんじゃないの?」
先ほどの自分の言葉を引用され、曽我田は一瞬言葉に詰まる。
「貴方の言うところの、対立ではなく、対話による解決方法でしょ? 何か文句があって?」
当然、蘇我田なりの文句はある。それは、単純に自分の邪魔は許さないというものだが、人々に支持されやすい言い方に変換した。
「ここには、隠れる場所も無い。公衆の面前で、ヤるつもりですか? 幼い子供も居るんですよ!」
「普通の倫理を、かざされても困るわ。事態がもう、普通じゃ無いんだもの」
梓はヒールを脱ぎながらそう言うと、さらに履いていたストッキングまでおろし始めた。
それを見た曽我田が、慌てて怒鳴る。
「何やってるんですか!」
「え? 下準備?」
黒いストッキングがめくられて、露わになった白い素足がまぶしい。脱いでいる姿が妙に艶かしく、曽我田は顔を赤らめ視線を外してしまった。
同時に、梓が面白そうにこちらを見て笑っているのを、目の端でとらえる。なんだか負けたような気になり、蘇我田はさらに苛立ちを覚えた。
行動の読めない、女だ!
彼女のペースに、巻き込まれてしまっている。一度、冷静になる必要があると、蘇我田は感じた。
一呼吸おいて視線を戻すと、いつの間にか、梓が目の前に迫っていた。
「な! なんです、か……」
シャツの隙間から見える胸の谷間を、目が自然に追いかけてしまう。巨乳とまではいかないが、身体がスリムな分、その膨らみが強調されて見える。白いシャツの下にある、均整の取れた肢体を想像し、蘇我田は無意識にゴクリと唾を飲み込む。
「あなたが、最初にする?」
そう言って梓はさらに近づき、そっと何かを蘇我に手渡した。ほのかに温かなそれは、先ほど彼女が脱いだストッキングを丸めたものだった。
「ふ、ふじゃけるな!」
その温もりを振り払うかのように、曽我田は渡されたストッキングを、おもいっきり地面に投げつけた。
その声は裏返り、少し変な発音になる。醜態をさらしていると自覚して、顔が上気し、鼓動が激しくなった。
最悪だ! この女、馬鹿にしやがって……。
「そんなに、怒んないでよ」
梓は、おどけて曽我田に言った。
「全員は生き残れないのよ? だったら、最後に女を抱くって選択も、アリなんじゃないの?」
それは曽我田だけではなく、そこに居る男性全員に向けられた言葉だ。
「私じゃ不満?」
梓がかもし出す、大人の女性としての色香に、男たちは見惚れてしまう。
「そんなハレンチな事が、許されてなるものか! 管理人! これは明らかな迷惑行為だ! 罰を求める!!」
曽我田は髪を振り乱して、白服の少年にそう訴えた。しかし、少年は肩をすくめながら、首をふって苦笑する。この程度では、干渉に値しないらしい。
これが迷惑で無かったら、何なんだ!
蘇我田は心の中で毒づくが、管理者の少年に表立って反抗するのは避けた。逆に自分が目をつけられては、たまったものではない。
「さあ、誰かいない?」
梓は裸足のまま、人々の列に沿って、男たちの顔を眺めて歩く。だが、興味を示している者も、まだ珠を渡すという決断に踏み切れないようだ。自ら名乗り出る者はいない。
そんな中、梓は列の端にいた、制服姿の中学生に目をつけた。
「ねえ君。童貞?」
彼女はそう言いながら、少年の目の前に立つ。
「い、ち……違う……」
少年は顔を真っ赤にし、梓とまともに目も合わせられないでいた。その否定は、梓に肯定として受け取られたたろう。
「私としない? 珠をくれるかどうかは、終わってから決めていいから」
そう言うと、少年の手を引いて歩き出す。
「え? あ、あの……」
少年は戸惑いながらも、手を振りほどこうとはしない。そのまま、人々から10メートルほど離れて立ち止まった。
梓は、少年の肩に手を回してささやく。
「ねえ。私じゃ嫌?」
梓から漂う、ほのかないい香りが、少年の鼻口をくすぐっていた。少年の期待は大きく膨らみ、鼓動と合わせて弾けんばかりだ。
「こ、こんなとこで?」
「他に、場所ないから……。恥ずかしいのは、お互い様」
梓に耳元でささやかれ、彼の体から力が抜けてしまったようだ。そして、少年は羞恥心よりも、目前にある女体に釘付けだった。
彼が逆らわないことを了承ととり、梓はシャツのボタンをひとつずつ外していく……。
都築たちは他の人々と同様、そんなふたりを見守ることしか出来なかった。
「まさか、本当にここでするの?」
結衣香は恥ずかしそうに手で顔を覆いながらも、ふたりから目を離せないでいる。
しかし、それも梓がシャツを脱ぎ出すところまでだった。本当にそれが始まると察すると、彼女はみことを連れて、その場から逃げ出した。それが合図となり、情事を見たくない人々が、その場から離れていく。
だが、男の大半はそこから動かなかった。都築はざっくりと、その人数を視認する。数にして、30人弱といったところだった。
残った全員が、彼女と取引するとは限らない。逆に、その場を離れた男の中からも、珠を献上する者が現れるだろう。
結局、彼女が手にする珠は、30に満たない数だろうと、都築は推測した。
ふと、一緒に移動する人々の中に、苦虫を噛み潰したような、曽我田の姿を見つける。
完全に、彼女に持っていかれたな……..。
あの演説の印象が、すっかり薄れてしまったことに同情しつつも、少し笑いがこみ上げてきた。
「何、ニヤついてるの?」
そんな都築を見て、結衣香が冷たく言い放つ。
「今からでも、参加してくれば? 珠が無くても、見学は出来るでしょ?」
自分はそんなイヤらしい顔で、笑っていたのだろうか? 何か弁明しようとしたが、何を言っても墓穴を掘ってしまいそうな気がする。
結局、都築は何も言えず、結衣香に苦笑いを返すことしか出来なかった……。
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