08. 生き残るべき人

 誰もが生きたいと思うのは当然だが、多くの人がそれを諦めないと、1/127の可能性は閉ざされてしまう。


 人々がまだこの世界のルールを理解しきれていない中、青年は自分の考えを訴え始めた。


「年齢は若い方がいい。老い先短い高齢者を、選ぶ理由など無い! 長く生きる可能性が高く、生物としての全盛期がこれから訪れる。そいういった人間が、優先されるべきです!」


 そう言いながら、青年がひとりの男性に視線を送る。白髪が目立ち始めた60半ばといった男性は、視線を感じて何か答えようとするが、何も言えず押し黙ってしまう。


 それを見た青年は、薄く微笑んで主張を続けた。


「次に当然、優れた人間の方がいい。自分の大切な命を託すのだから、社会に貢献できるような優秀な人間でなければならない。バカで役に立たない人間を選ぶなど、可能性の無駄使いだ!」


 彼の言い分の半分は、暴言で構成されている。しかし、究極の選択と言えるこの状況で、正しいと感じさせる力強さも、合わせ持っていた。


「分かりやすい指標は、やはり学歴です。反発する人もいるでしょうが、社会の評価は常にそこを基準としている! 頑張って結果を出して来た人と比べ、結果が出せない、あるいは努力さえして来なかった人間を、信頼することができますか?」


 青年の予想通り、学歴という言葉に何人かが渋い顔をしている。それでも、表立って反発する人は出てこない。


 賛同しないまでも、誰もが彼の言葉に耳を傾けていた。


 しかし――。


「ちなみに、私は現役で東大に入りました。幼い頃から、学力は常にトップです!」


 さらりと自慢が入り、青年は実にいやらしい笑みを浮かべる。彼の言わんとする結論が、見えて来た。


「私は、生き残るべき条件を満たしている! 若さ、頭脳、そして行動力! 残りの人生で、人類に貢献する自信があります! 是非、この曽我田そがた 真司しんじ に、皆さんの命を投資して下さい!」


 一段と大きな声でそう言い切った曽我田は、自分の演説に満足そうだ。


 しかし、ここまで彼の話を真面目に聞いていた人々は、その結論に裏切られた気分だった。


「偉そうなこと言って。結局、自分が生き残りたいだけじゃないのか?」


 曽我田に聞こえる様に、ひとりの男性がそう言った。30代半ばのその男性は、着物のえりを模したシャツを着て、いかにも居酒屋の店員といったいでたちだ。


 先ほどの演説に反感を持った者が少なからずおり、彼の意見に賛同する声が上がる。


「それの、何が悪いんですか?」


 演説の余韻を邪魔され、曽我田は不機嫌そうに言った。


「誰もが、生きたいと思うのは当然だ。それを正直に口に出しただけで、批判されるんですか?」


「いや、そうは言ってないが……」


 予想していなかった反論に、居酒屋店員の男は口ごもってしまう。


「まさか、空気を読めとか言いたいんですか? 空気を読んだら、何か決まるんですか?」


 男性も何か言おうとしたが、その隙を与えず曽我田が畳みかける。


「結局、自分が生き残りたいから、俺の意見を否定したいだけじゃないですか? 学歴では勝負にならないから、俺を貶めたいんだろ!」


「そ、そんなんじゃ……」


 反論しようとする彼の声に力が無いのは、全てではないにしろ、図星と思うの部分が有るからだろう。


「もし、貴方が生きるにふさわしい価値が有るのなら、それを証明して貰いましょうか!」


 相手が考えをまとめる前に、曽我田は早口でまくし立てる。


「私は、この訴えを辞めませんよ。それが私の行動力を証明し、人より優れている証になる! 自分では何も提案せず、不満を言うことしか出来ない人間は、黙っててもらいましょうか!」


 反論を封じるような言葉を、上手く選んでいる。


 蘇我田のやり取りを、都築はそんな感想を抱いて見ていた。正直、彼の性格は好きになれそうに無い。


 だが、彼の主張は、少し好感を持って聞いていた。乱暴ながらも、一応筋が通っていて、実に素直な意見だと思う。当たり障りのない意見を聞くよりも、よっぽど有意義だと思う。


 しかし、都築はその結論を、支持出来なかった。


 彼の理論は多様性に欠け、心情にも訴えかけず、なにより面白味が無い。



 都築が話に割って入ろうとした時、ヒールを打ちならしながら、スーツ姿の女性が近づいてきた。


 年齢は、30歳くらいだろうか。会社の広報にでも登場してきそうな、少しウェーブのかかったロングヘアが似合う、顔立ちの整った女性だった。


 上着は歩く途中で脱ぎ捨てたようで、彼女の背後に捨て置かれていた。白いシャツと、身体にフィットしたスーツスカートが、女性らしいラインを際立たせている。


 しかも、胸元のボタンを大きく開けて、谷間を不自然にさらけ出していた。


 その女性は、曽我田たちのいる所まで進み出ると、長い髪をかき上げながら言い放った。


「私、立候補します!」


 その突然の宣言に、一同が面をくらう。


坂祢さかね あずさよ」


 女性はそう名乗った。


 曽我田は、値踏みするような無粋な視線を、その女性に送りながら聞いた。


「ではまず、貴方の最終学歴を教えて貰いましょうか?」


 その問いかけに、梓は笑いながら答える。


「学歴勝負なんてしないわよ! 貴方、勉強しすぎて、頭が石にでもなったんじゃないの?」


 そう、曽我田の価値観の狭さを一蹴した。怒りを抑えた形相で、曽我田は梓にたずねる。


「では、何をもって、貴方を選べと?」


「私の提案は、いたってシンプル!」


 彼女は集まっている男性の顔をぐるりと見回しながら、妖艶に言い放つ。


「珠をくれたら、ヤらせてあげる!」

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