07. 暴力の価値
少年の元から帰ってきた
「生きたいとは、思わないの?」
都築は、苦笑しながら返答する。
「まあ、なんて言うか……。そういう順番だったんだよ」
言っている意味がよく分からない、といった表情の結衣香は、さらに何かを問いかけようとする。
そんな彼女に向かって、都築はひと言謝りを入れた。
「ごめんね」
謝られる理由が分からず、結衣香はさらに困惑した表情になる。
「君に譲るという選択肢も、あったと思うんだけど……」
都築のその言葉が予想外だったのか、結衣香はあわてふためいた。
「な、何言ってるの!? そんなの、謝るようなことじゃないよ……」
彼女はさらに何かを言おうとするが、急に頬を赤らめてうつむいてしまう。どうかしたのかという都築の問いにも、首を振って何も答えない。
彼女の気に触るようなことを、言ってしまったのだろうか?
都築が戸惑っていると、結衣香は恥ずかしそうに、ぽそりとつぶやいた。
「私、そんなに物欲しそうにしてた?」
ジャージのヤクザこと金井 清は、この状況を甘く見ていた。
「ようするに、100個集めればいいんだろう? カンタンじゃねえか」
問題は生き返れるのはひとりということだが、そこは
しかし、そうなると自分はどうなるのだろう?
「まあ、後で考えりゃあいいや」
あまり深く考えず、とりあえず行動に出るのが、彼の信条だ。それが、清の長所でもあり、欠点でもあるのだが……。
清は近くで珠をまじまじと見つめていた、スーツ姿の男を標的として定めた。30代半ばの小太りメガネで、いかにも気が弱そうだ。脅すなら、こんな奴が丁度いい。
「おい、てめえ。珠よこせや!」
その男はビクッと反応し、恐怖に歪んだ表情で清を見た。しかし、清の予想通りの反応は、そこまでだった。
「いやです!」
力強く拒否して、清から珠を守る様に背を向ける。
清は舌打ちしながら、後悔した。声をかける前に、奪ってしまえばよかったのだ。
とにかく、こういうのは勢いだと、大声で男を怒鳴り散らした。
「痛い目見る前に、渡せゴラァ!」
男は視線を合わせたく無いのか、清の動きに合わせ、くるくるとその場で回りだした。きちんと正面から脅したいのだが、これでは戯れているようにしか見えない。
「さっさと、よこしやがれ!」
ラチがあかないので、清は珠が握られた手を、強引にこじ開けようとする。しかし、男が必死に抵抗するので、なかなか上手くいかない。
さらに力を込めようとすると、男に手の甲を噛まれてしまった。
「痛ってえな!」
キレた清が男の顔面を殴打すると、しベっと奇妙な声を出して、男は派手に倒れこんだ。しかし、珠は決して離そうとしない。
さっと亀の様にうずくまり、珠を持つ手を腹に抱え込んでしまった。
「この、ブタ野郎が!」
清は仕返し足りないとばかりに、男の横っ腹を蹴り上げた。男はうめき声を出しながらも、必死に耐えている。
「まだ、痛い目にあいてえか! よこせってんだよ!」
「いやだあああああ!」
普通であれば、この争いはすぐに決着がついただろう。しかし、この部屋においては、打ち身程度の傷は、すぐに完治してしまうのだ。
さらに、彼の脂肪は、緩衝材として優秀だった。痛い事には変わり無いだろうが、清の攻撃をよく耐えている。
数10回蹴り上げたところで、清の息が上がり始めた。
「てめえ……いい加減に、しろよ」
清が少し息を整えようとした瞬間、男はその体型から想像できない速さで立ち上がり、珠を口に入れ飲み込んでしまった。
「ああ!?」
男の予想外の行動に、清は驚きの声を上げる。
呆然と立ち尽くす清を残して、男はさっと人混みの後ろに紛れてしまった。そして、人壁の向こうからひょこひょこと顔を出して、こちらをうかがっている。
清はどうしようもなくムカついたが、飲み込んだ珠を奪う方法が思いつかず、これ以上関わる気力が起きない。
ぐったりとしつつも、もっと扱いやすい奴がいないかと、清がぐるっと辺りを見渡して、周囲に緊張が走った。
「もう、やめましょうよ!」
急にそんな声が、清の後ろからかけられた。振り向くと、背の高い男若い男が立っている。
年齢と格好から察するに、大学生だろうか? Tシャツにジャケットという清潔感のある服装で、髪型もヘアワックスで綺麗にまとめられている。
ただし、キツネ目で右口角を上げて笑う人相が、ひたすら好感度を下げていた。
「なんだてめえ!」
清は割り込んできた青年を、苛立げににらんだ。
「暴力のみで、珠を集めるのは不可能だ! 無意味な事は、やめましょう」
「不可能かどうか、試してやろうか?」
清はそう言って、青年に向かって歩き出す。
「貴方がこれ以上、暴力を振るうのであれば、全員で協力して縛り上げますよ? ふたりでこの人数を、相手に出来ると思いますか?」
辺りを見回すと、人々が清に抗議の視線を送っている。中にはガタイの良い男もいて、人垣の前に立ち、こちらを睨んでいた。老人や女も多いが、流石に清も、この人数を相手に勝てる気はしない。
「この空間で、暴力に価値はない!」
そんな清を見て、青年は勝ち誇ったように語り始めた。
「殺して奪うことが、出来ないんですからね。拷問して奪うにしても、そんな悠長な事が出来ますか? 100人が順番に、待ってくれはしないですよ?」
そう言いながら、清に一歩づつ近付いてくる。
「生き残れるのがひとりとなれば、必然的に数の力では負ける。対立ではなく、対話が必要だ。暴力にしか頼れないあなた達に、出る幕はない!」
青年の動きに合わせて、背後にいた人々も、清に少し詰め寄った。その群集の圧力に気圧されて、清は後ずさりする。
「お、覚えてろよ!」
お決まりの負け惜しみを言って、清は
ずっと緊張していた人々から、安堵のため息がもれる。
「暴力の価値とは、面白い言い方だな」
ただ見守っていた自分を不甲斐ないと感じながら、都築はそんな感想をもらす。同時に、その場を上手く収めた青年に感心していた。
誰もが暴力行為を許せないと感じていて、その流れを上手くつかんで、まとめて上げたのだ。
ただし、彼の人を見下すような態度は、少し気になっていた。
「さて、皆さん。聞いてください!」
青年は手を大きく広げつつ、人々に向けて語り始めた。
「生き残るひとりを、どの様に選ぶべきだと思いますか?」
皆の視線が自分に集まるのを確認し、彼は右口角を上げ、ニヤリと笑った。
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