05. 1/127

「人殺し!」


「違う! こいつが勝手に……」


 人々の非難の目が、輿田よだに集中する。


 彼は冤罪で刑が確定したかのような、絶望を感じていた。ヤクザ稼業もそれなりに長いが、実際に人を殺したことは無い。引き金を引いた指先が、かすかに震えている。


 はめられた事もそうだが、自分の命を粗末にした、少年が許せなかった。


「なぜ、こんな馬鹿なことを!」


 人を集めたのは、何か伝えたいことがあったのではないのか? であれば何故、このタイミングで、自ら死を選ぶ必要がある。単なる、愉快犯だったのだろうか?


 倒れた少年の体が、ビクンと小さく痙攣けいれんする。輿田は少し驚いたが、彼の死は明らかだ。きっと、筋肉の反射か何かで、動いたのだろう。輿田は漠然と、そう解釈した。


 しかし――。


 少年の亡骸が、カクカク震えながら、起き上がろうとしていた。


 周囲の人間がそれに気付き、新たな悲鳴をあげる。遺体はゆっくりと揺れながら上半身を起こすと、探る様に手をついて立ち上がり始めた。


 さらに驚くことに、飛び散った血がゆらゆらと宙を漂いながら、少年へと集まっていく。


 体が姿勢良く起立し、全ての血が撃ち抜かれた額に吸い込まれていくと、その傷はもう見えなくなっていた。


 そして、少年は静かに目を開き、何事もなかったように話し出す。


「分かって頂けたでしょうか?」


 誰ひとり声が出ず、ただ少年を見つめていた。少年は事もなげに、解説を続ける。


「死んでいる人間を、さらに殺すことは出来ないということです。私が、特別という訳ではありません。ここにいる全員、肉体が無いのです。傷付いたとしてもすぐ完治するし、食事や排泄の必要もありません」






 少年の言っていることを、結衣香は理解できないでいた。まるで、出来の悪い手品を見せられた気分だ。


 全員、同じ?


 自分もすでに、ゾンビの様な存在だというのだろうか?


 呆然としていると、すぐ隣から『ぶちん』という、奇妙な音が聞こえてきた。何かと思い、そちらを向いて、結衣香は小さな悲鳴をあげる。


 都築が手の平から、大量の血を滴らせていた。


 先ほど聞いた音が、彼が自ら手を食いちぎったものだと知り、背中に悪寒が走る。自分の両腕を抱き寄せ、身震いしながら文句を言おうとしたその瞬間、それが始まった。


 都築の腕から滴った血が、ゆっくりと重力に逆らい、傷口に向かって這い上っていく。


 噛み切った時に飛び散った血も、宙を漂い傷に吸い込まれてゆく。まるで、逆再生の動画を見ているかのようだ。


 そして、少年の時と同じように、傷は跡形も無く消えてしまう。白昼夢を見ているかのような、現実感の無い光景だった。


「痛みは、きちんと感じる。でも、傷が癒えてしまえば、勘違いだったかのようだ……」


 自傷を試みた都築本人も、事実を受け入れられないといった様子だった。


 結衣香は都築に近づき、恐る恐る傷があった場所を凝視する。しかし、どこから血が出ていたのか、もう全く分からない。


 ふたりは困惑しながら目を合わせるが、結衣香は思い出したかのように、頬をふくらませて抗議した。


「試すにしても、他にやり方があるでしょう!」




 都築と同じように、この異常な現象を試した人がいるようだ。周囲から、悲鳴のような驚きの声が聞こえて来る。


 そして、状況を認識した人々は、少年の次の言葉を、固唾を飲んで待っていた。


「それでは、話を続けましょう」


 少年は、満足そうにうなずいて言った。


「皆さん、自分のポケットなどを確認してみてください。どこかに、小さな輝く珠があるはずです」


 結衣香の制服の胸ポケットにも、小さな輝く珠が入っていた。都築とみことも、全く同じものを持っている。


「すごい綺麗」


 結衣香は厳かに輝く珠を、光に透かす様に掲げて眺めていた。


 少年の説明が続く。


「全員が、必ずひとつ持っているはずです。そして……」


 彼は一呼吸置いた後、ひときわ大きな声で宣言する。



「この珠を100個集めた人は、生き返ることが出来ます!」



 全員がぽかんとして、その言葉の意味を図りかねていた。少年は人々の理解をうながすために、少し間を置いてから、その意味を補足する。


「ここにいる127人の中で、ただひとりだけ。唯一、ひとりです」

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