04.絶望の証明方法

 少年の発言に、一同絶句。そして、次に来たのは、大きな失望だった。


 頭のおかしいやつだ。こんな奴の言うことなど、聞いてはいられない。


 それが、皆の総意だと思われた。


 しかし――。


「皆さんの中には、死んだ瞬間の記憶がある人もいるはずです」


 人々の反応を無視して、少年は語り続ける。


「もしくは、起き上がることも出来なかったのに、今は歩けている。または、病で痛みに耐えていたが、完治したかの様に元気になった……」


 その言葉に、一部の人々がざわめき始めた。思い当たる者が、何人もいるらしい。


 しかし、他人がいくら正しいと言っても、自身に見覚えが無ければ、到底信じられない話だ。


 都筑つづきは結衣香に視線を送るが、彼女はあわてて首を振る。彼女もここに来る直前の記憶が無いと言っていたので、信じられないといった様子だ。


 ふたりがみことを見ると、少女は先ほど言いかけた言葉を続けた。


「トラックが、すごいスピードでバスにせまって来て…… 」


 険しい表情で、結衣香が尋ねる。


「それで、どうなったの?」


 みことは少し口ごもりながら、小さな声で言った。


「たぶん……ぶつかったんだと思う……」


 その瞬間を、きちんと覚えてはいないのだろう。そして、口にするのも不吉だと、言うのをためらっていたのかもしれない。


 バスとトラックの衝突事故。それが、自分達の死因なのだろうか?


 都築は先ほど感じた、腹部の違和感を思い出す。それは、体だけが覚えている、最後の記憶なのかもしれない……。


 しかし、この話を本当に信じてもいいのだろうか?




「ふざけんじゃねえぞ!」


 人垣の中から、ひときわ大きな怒号が飛んだ。


 声を上げたのは、いかにもガラの悪そうな、角刈りの男だった。年齢は30歳ほどで、黒地に派手な金模様が入ったジャージを着ている。


 彼は大袈裟に肩をゆすりながら、少年に向かって歩いてきた。


  少年を取り囲んでいた人々は、さっとその男に道を開ける。絶対に、関わりたくない人種だからだ。


 そして、柄シャツにグレーのスーツを着た、いかにもその筋の男が、彼のあとに続く。50代半ばといった印象の男は、目立つ振る舞いこそしないが、威圧感はジャージの男より上だ。


 少年に向かって、ジャージの男が吠える。


「冷やかしなら、他でやれや。本当に何か知ってるなら、さっさと出口を教えんかい!」


 その声は少し上ずっていて、ドスが効いているというより、どこかコミカルな印象だった。それでも、一般人を震え上がらせるには、十分な迫力だ。


「冷やかすつもりは、無いですよ」


 しかし、少年に動揺の色は無い。


「真実を伝えているし。ここに、出口なんて無いです。あなたが、求めている意味ではね」


 謎解きのような言い回しに、ジャージはバカにされたと感じて激昂する。


「なめてんのか? こっちは、急いでんだよ! 殴るぞ、このやろう!」


 子供っぽい威嚇で、ジャージが右拳を高く振りあげた。


「気がすむまで、どうぞ。反撃なんてしませんよ」


 言葉は丁寧ながらも、少年は明らかに相手を煽っている。ジャージ男は顔を真っ赤にし、今にもキレそうだった。


 その場に、緊迫した雰囲気が流れる。


 先に動いたのは、年配のヤクザだった。彼はジャージを押しのけ、少年の前に立つと、顔を鼻先まで近づけて言った。


「とっとと出口、教えろや」


 ドスの効いたその声は、さすが本業といった威圧感だ。普通の人なら、腰砕けになってもおかしくはない。


「出口はありません。誰に聞かれようと、答えは同じです。これでは、堂々巡りですね」


 威圧的なその視線を涼しげに受け止め、少年は臆することも無く、そう答えた。


「とりあえず、最後まで話を聞いてもらえませんか?」


 少年の、この自信はなんだろう?


 外見も年齢も違うこの二人が、表面上は互角に渡り合っている様に見える。






 年配のヤクザこと輿田よだ 桔兵きっぺいは、間近で少年の瞳をのぞき込んだ。


 少年の目に、常に自分を俯瞰ふかんしているなのような、冷静さが見てとる。経験上、下手にイキがっているタイプより、よっぽど厄介だと感じた。


「チッ」


 輿田は苛立ちげに舌打ちをし、胸元から銃を取り出し、少年に向けた。


「え、本物?」


 周囲から、疑念の声が聞こえてくる。銃に触れる機会の無い日本では、当然の反応かもしれない。


 少年も多少驚いたが、すぐに余裕の笑みを浮かべる。


「いいもの、持ってますね」


「おもちゃだとでも、思ってんのか?」


 そう言うと、輿田は躊躇なく引き金を引いた。甲高い銃声が、部屋中に響き渡る。


「キャー!」


「やべえ! 本物だ!」


 周囲の人々が、輿田たちから後ずさる。


 撃ち出された弾は、少年の右背後で弾けた。警告を終えた輿田は、改めて銃口を少年に向ける。


 輿田は、少年の言う事を信じていなかった。いや、信じるわけにはいかないのだ。


 この部屋に来る前に、銃弾を食らった腹部を左手で軽くさする。


 今はこうして、何事もなく生きている。自分が死んでいるなど、間違いか、狂言でなければならないのだ。


 輿田は、さらにドスの効いた声で言い放つ。


「とっとと、ここから出せ!」


 そんな状況下で、少年が本当に嬉しそうに笑った。それは、どちらかというと、よこしまな微笑みだ。


「本当に、素晴らしい物を持ってますね」


 少年はゆっくりと輿田に近き、突き出された銃口に額をつける。


「撃ちたければ、どうぞ!」


「てめえ!!」


 銃を出したのは、輿田にとっても危うい賭けだった。切札として活用し、すぐさまここから出られればいいが、ぐすぐすして警察が出てくると、面倒なことになる。


 そして今、 別の意味で、その選択が裏目だったことに気付く。


 コイツは、死にたがりだ!


 少年の笑みを見て、輿田はそう悟った。頭のネジが抜けてる人間と、まともに交渉など出来るはずがない。銃を持つ手が、じとりと汗ばみ始める。


 輿田の一瞬の隙に、少年の手がするりと銃へと伸びた。


 少年はにこりと笑いながら、優しく輿田の手を包み込むと、彼の人差し指を引き金ごと握りこむ。輿田は咄嗟とっさにこらえようとするが、関節の向きが悪く、逆らうことが出来ない。


「ば、ばかやろう!」


 輿田の指先に重い感触が乗り、取り返しのつかない悪寒が背筋から駆け上がる。



 再び、鳴り響く銃声――。



 一呼吸置いて、ばちゃりという音が部屋に響いた。続く、女たちの悲鳴。


 少年は額を撃ち抜かれ、あたりに鮮血を撒き散らしながら後ろに倒れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る