第98話 サムジャ、ダミールの部屋に向かう

 ダミールは焦っていた。手に持っていたワンドはハデルからいざというときのためにと譲り受けていた品だった。ダンジョンで手に入る特殊な魔法のワンドでアーティファクトとも呼ばれる類の物だ。


 これを手にしていると言葉の重みが増すというものであり、嘘でも真実と思い込ませることが可能だ。一度効果が及べばそう簡単に解けるものでもない。


 ただし、例えばミレイユのように最初から嘘だと気づかれているような相手だと効果がない。故にミレイユやメイシル、さらに言えばメイシルと小行動を共にしている冒険者にも効果は及ばないだろう。


 故にこういった連中は多少強引でも屋敷の兵や使用人を向かわせて取り押さえるほか無い。


 それがダミールの考えだった。とは言え屋敷には手練の騎士や兵士がいる。数も多い。これであれば連中を捕らえたり、場合によって殺しても致し方なしと考えており、そう時間は掛からないと思っていた。


「ダミール様。連中は兵たちを無効化しながらこっちに迫ってきてます」


 だがそんなダミールの考えなどあざ笑うかのように執事から三度目の報告がなされた。二回目の段階で半分以上の兵が返り討ちにあっていた。


 しかも傷つけることなく、眠らせたり気絶させたりしているということだ。


 実力が近いもしくは上の相手を一切傷つけることなく無力化するのは難しい。逆に言えば、ダミールの下に向かってきている連中はそれだけ強いということなのだろう。


「もういい。ならお前も戦闘に参加してこい」

「え? 私がですか?」


 戸惑いの感情が執事から見えた。執事は肉体的にもとても戦闘向きではない。実際普段から事務方のみをメインでやってるような男だった。


「いいからっさと行け! 首にされたいのか!」

「は、はいいぃいい!」


 執事が部屋から出ていった。怒鳴り追い出した後、悔しそうに机を殴りつけた。


「そしてこの後どうするかを考える――とは言え出来る手立ては多くないだろうが……






◇◆◇


 途中で襲ってきた兵や騎士を無力化し俺はダミールの下へ向かった。洗脳を受けている使用人達を助けるためにはダミールを見つけるのが手っ取り早い。もしスキルの効果ならダミールを倒せばいいし、道具によるものなら大抵はその道具を破壊すれば解決する。


「こ、ここから先は通さん!」


 目の前に鍋をかぶった執事がいた。腰が引けていて膝も笑っている。


「あ~道をあけてくれたら何もしないけど?」

「お願い。悪いのは全てダミールなの!」

「……フッ、良かろう通るが良い」

「え? いいの?」

「……君たちの目を見ていたら信じていいかもしれないと、そう思ったのだ。私は君たちに賭けてみるとしよう」

「ありがとうございます!」


 執事はこうして素直に道をあけてくれた。


「色々と言っていたが戦いたくなかっただけだろうな」

「身も蓋もないな」


 マスカが確信したように言った。そこは触れないであげたほうがいいと思うぞ。


 さて、ここまでは順当だったがもうすぐダミールの部屋の前に着くといった時に鎧騎士が立ち塞がった。


「誰か知らないけど、私達を相手しようと言うなら無駄よ」

「私達はダミールの不正の証拠を持ってきたのです。通しては頂けませんか?」


 だが、黒い鎧騎士は何も語ることなく、それぞれ剣を手にして攻撃を仕掛けてきた。


「ルン。鑑定できるか? 予想通りならあれは魔物だ」

「やってみるわ」


 ルンが鑑定している魔、俺とマスカとパピィが食い止める。


「あ! 本当だ! ブラックナイトだって!」

「それさえわかればいい。ありがとうなルン」


 相手が魔物とくれば遠慮はいらないな。


「居合忍法・抜刀烈火連弾!」


 刀から発射されたようにも見える無数の火球が黒騎士を蹂躙した。


 鎧に穴があき、次々と倒れていく。これで先に進めるな。


「シノ、さすがね。また強くなった?」

「レベルが上ったからな」

「ワンワン!」


 パピィも納得といったとこか。そしてダミールの部屋にたどり着く。


 メイシルの合図で中に乗り込むと、席に座って苛立ちの表情を浮かべるダミールの姿があった。


「くそ! やくたたず共が!」

「当家の使用人は全員真面目で仕事熱心です。十分役に立ってます。敢えていえば一番の役立たずは貴方です! ダミール!」


 メイシルがはっきりと言い放つ。ダミールの表情からは余裕が消え同時に怒りの色も滲んでいた――

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