第90話 パピィの冒険② 其の一
(こいつ絶対怪しいよ! 僕がやらねば誰がやる!)
ハデルの言動にパピィは不信感を抱いた。本来なら主人であるシノに確認を取るべきかもしれないが、ぼやぼやしていたらこのままどっかに消えてしまうかもしれない。
今ならまだハデルの影に直接潜り込める。影潜りは他者の影にも潜れるのが特徴、というよりは本来はそっちの使い方の方が主かもしれない。
とにかくパピィはハデルの影に潜り込むことで後は勝手にその後をついていくことが出来た。
シノに何も伝えていなかったが、きっと御主人様ならわかってくれるとなんとなくパピィはそんな思いがあった。
ハデルの動きには奇妙な点があった。他に誰かいないか妙に注意深くしていたからだ。そして地下に入り、地下室の床に手を置く。
すると驚いたことに床の一部が開き階段が現れたのだ。そしてハデルが階段を下りると自動で閉まっていく。
隠し部屋は随分と薄暗く、明かりは燭台に立てかけられたロウソクの火のみだった。
ハデルの向かった先で部屋は広がっていた。ちょっとした礼拝堂ぐらいの広さはあるだろう。
部屋には骨で作られた十字架とその後ろにはロウソクに囲まれた謎の像があった。パピィは影の中からでもある程度外の様子が確認できる。
それは何とも不気味な像であった。何本もの手が生えそれぞれの手にはギョロリした目玉が備わっていた。体には至るところに口があり、背中には蝙蝠のような翼。
顔には四つの目、頭から捻じくれた角が数本生えている。
そんな禍々しい像と骨の十字架を前にハデルが跪く。
『……ハデルかどうした?』
「はっ! 枢機卿のお力添えにより我に仇をなす存在であろう冒険者も始末することが出来ました! 更に勘ぐり深い領主の娘や厄介なメイドも片付き、後は資金を回収し、生贄を元にこれを動かすだけで目的は達成出来ます。準備は着々と進んでおりますので、どうか昇格の件も考えて頂けると――」
そこからともなく声が届く。パピィにも声の主がどこにいるかはわからなかった。おそらく近くにはいないことだろう。
『随分と自信がありそうだが、死体は確認したのか?』
するとどこかから聞こえてきた声がハデルに問いかけた。それにハデルが笑い声を上げて答える。
「ははは、勿論これから死体がやってくるでしょう。しかしあのダクネイルやヴェムとマジルが連中を見つけ死刑を執行したのはわかっております。もはや戻るのも時間の問題かと」
『……この愚か者が。死体も確認せずに目的が達成できたと思いこむなど愚かなことよ』
「も、もうしわけありません! しかしあのダクネイルが来てくれたのでしたら間違いはないかと! 私もまさか彼女をよこしてくれるとは思いませんでしたが……」
『私は頼んでなどおらん』
「……へ?」
『……どうせまたあいつの気まぐれだろう。あの女はあのマスターと同じぐらい読めんからな。あぁついでに言っておこうダンジョンの件は知ったことではないそうだ。そもそもダンジョンを攻略できない前提では造ってないと、ま、奴ならそういうだろうがな』
「そ、そんな……」
ハデルは拳をギュッと握りしめた。だが、すぐに笑顔を取り繕い。
「ですが、それも問題ありません。きっとついでに数珠丸も取り戻すことでしょう」
『……とてもそうは思えんな。全くつけられていたことにも気が付かんとは本当に愚かな奴だ』
その謎の声とハデルの会話に影の中で聞き耳を立ててたいたパピィだが、謎の声がまるでパピィに気がついたかのごとく発言をしてきた。
「な、つけられている!? 馬鹿な!」
ハデルが立ち上がり、部屋を見回すがハデルはパピィに気がついていない。
『だから貴様はまだまだだと言うのだ。影だ! そこに一匹いるぞ。後は貴様で何とかしろ。それと次はしっかりと死体を確認し準備が調ってから
呼べ。わかったな』
そして声が消え、後に残ったのは悔しそうに影を見下ろすハデルだけであった。
「小癪にも影にだと? くそ! 暗黒召喚!」
ハデルが杖を掲げると床に魔法陣が刻まれ、そして紫色をした大きな二匹のカマキリが姿を見せた。
「ゆれ! シャドウマンティス!」
「ゲゲッ!」
そしてシャドウマンティスが影に向けて鎌を振り下ろす。
「ワンワン!」
危険を察知したパピィが影の中から飛び出した。その姿にハデルが驚愕する。
「馬鹿な! 何故あの子犬がここにいる! それ以前に何故影に?」
目を丸くさせるハデル。一方シャドウマンティスの鎌が影に深々と突き刺さっていた。なんとなくだがあの鎌は影ごとダメージを与えてくる――そんな予感がするパピィであった。
「グルルルゥウゥウウウ!」
パピィが唸り声を上げて威嚇する。その姿を忌々しげに見やるハデルである。
「まさか……失敗したのか? 馬鹿なありえない……そうだこいつだけきっと生き残ったんだな! やれシャドウマンティス! その犬っころを刻んでしまえ!」
命令に従いシャドウマンティスが動き出す、それに迎え撃つ姿勢を見せるパピィ。
こうしてパピィと二匹のカマキリとの戦いが今始まったのだった――
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